第16話最後の晩餐

拘束されて7日が経った。


異世界に召還されてもう27日目――。


相変わらず、俺の体は鎖に繋がれている。

唯一、トイレをしたい時だけ片脚の拘束を解かれる。

排泄物は毎日騎士が愚痴を漏らしながらも処理してくれているからそれ程、牢屋の中は臭くは無い。


毎日、メイドが食事を運んで来る時以外は、誰も訪れない。

完全に忘れ去られた様な錯覚すら覚える。



人間の体とは不思議なもので――同じ体勢でずっと固定されると、固まった様に体を動かせなくなる。

もう、腰が痛いのも通り過ぎた。

手足の関節部分は少し動かすだけで痛む。


拘束を解かれても、恐らく自由に体を動かすには時間がかかる事だろう。


はぁ~俺まだ薬さえ手に入れて無いんだけどな。

やっぱ最初のヒモが行けなかったのか?


何で、最初からそんな事を言ったのかだって?


言ってみたかったからに決っているじゃん。


日本に居た時は夜の方が勉強も捗ったから昼まで寝ているのが普通だし。


朝、早起きした時は、ゲームを午前中にしないと午後から研究で忙しくなるからだし。

飯は桜が作るか?

お手伝いさんが作ってくれたから――ほら。


ヒモみたいなものじゃん。


ヒモって言って何が悪い!


ここの王族、頭が固いんだって――。


こんな事なら、早めに他の国にでも逃げとけば良かったよ。



そんな事を考えていると、階段を下りてくる足音が聞こえた。

だらけていた騎士達が、きちんと整列したのを感じられる。


どうせまた、あの貴族でも来たのだろう。そう思っていたら――。


「勇者様。申し訳ありませんでした」


王女が、沈んだ声で話しかけてきた。


「私が勇者様を召還しなければこの様な事にはなりませんでしたのに……。本当に申し訳ありません」

「王女殿下、このような輩に頭を下げるのはおやめ下さい。王女殿下が悪いのでは無く、陛下に無礼な発言をし、勇者でありながら卑しくも盗人を働いたこの者が悪いのです」


「俺は、何もやましい事はやってねぇ!」


「黙れ!外道。証拠は既に揃っておる。お前が、何処からか少女を連れ込んで毎晩浅ましい行為をしていた事も掴んでおるわ!井戸の周囲からは大量の血が検出されておる。大方証拠隠滅の為に殺したのであろう!」


「王女殿下、このような者に慈悲は必要ありませんぞ!」


そう騎士に諭され、王女は階段を上がり消えていった。


「お前の罪状は国王への無礼と虚偽。食材と宝物庫からの盗み。少女の殺人である。首が切り落とされるのを反省しながら待つがいい」


「俺は何もやってねぇ!」


牢屋には、俺の悲痛な声が響き渡っていた――。



そして――この国に召還されて29日目。



俺の目の前には、豪勢な料理が並べられていた。

拘束は未だに解かれてはおらず――。


メイドが付き添い、それらを食わせてくれていた。


「最後の食事となります。これは王女殿下からの慈悲で御座いますので、ちゃんと味わってお食べ下さい」


そんな事を言われてもいつものお粗末な粥と違って、香辛料がふんだんに使われた料理だ……。

思いっきり頬張って食ってやりましたとも。


俺がヒモです。などと言わなければこんな料理が毎日食べられたのだろうか?そんな後悔も少しはあった。


だが、俺が冒険者にならなければエルミューラを奴隷商から買い取る事も無く、きっと彼女は変な趣味の貴族にでも買われていた事だろう。

そう思ったら、俺がこの異世界に来た意味もあったように思える。


エルミューラのレベルは51だ。この世界の平均の20を大きく上回っている。このまま冒険者をして、無理な討伐をしなければ――幸せになれるだろう。


結局、母さんを治す薬は手に入らなかったが、それは桜に任せた。


豪華な食事を全て平らげ、メイドが去っていった後の暗い石の壁を見つめながらそんな事を考えていた。





     ∞     ∞     ∞     ∞



   ――――――王都のとある場所にある掲示場――――――





今日、王都の掲示板に明日、偽勇者の処刑が行われると掲示が貼ってあった。

罪状は、国王への虚偽と無礼。食糧庫に忍び込んでの窃盗。宝物庫に忍び込んでの窃盗。少女の殺人だった。


一緒に暮らしていたエルからすれば、一笑に付せる程――有り得ない事ばかり書いてあった。


だが、それを見た都民の反応はまるでお祭りを喜ぶように盛り上がっていた。


「これ見たか!」


「当然だろう!いよいよ明日だな」


「人の首が飛ぶ場面なんて、滅多に見られないからな――」


「下手な演劇を見るよりもずっと面白いぜ」


「まったくだ!」


「いやだよ~まったく男共ときたら、そんなに血生臭いのが好きなのかねぇ~あたしら女からすれば月1で血を見ているから興味も無いけどね」


「本当だよ――かみさんの血でも眺めてな」


「あっはっは、いやだよ~そんな気色悪い」








お兄ちゃんが、殺されるのがそんなに楽しいのか?

そんなに人の首が飛ぶのが見たいのか?



愚かな都民が集まる掲示場に背を向け、エルは姿を消した。









     ∞     ∞     ∞     ∞


       ――――――冒険者ギルド――――――


「これどうなるんでしょうね?」


「わしに言われてものぉ~まさかここまで騒ぎが大きくなるとは……」


「勇者殿は無罪なのでしょう?」


「わしの知っておる限りでは、王へ無礼な発言をしたのは本当だが、他の窃盗と少女殺害は無いと思うがのぉ」


「あれだけ討伐報酬を稼いで、コソ泥の様な真似をするとは思えませんからね――それに掲示に書いてあった少女は恐らく。」


「うむ。勇者殿の購入した奴隷でいまや王都の冒険者のトップに君臨するあの子で間違い無いだろうのぉ」


「では、あの子を証人として表に出せば――」


「いや、もうこの流れは何をやっても消せはしない。恐らく宰相以下主だった貴族が裏で関与しておる。もうわしにも打つ手は無い」


「おしいですね……魔石が未だ高騰し続けている今、彼が居なくなると、一日の獲得量が一気に9割は減少しますから」


「こればかりは――何とかならないものかのぉ」





   ――――――王城のとある一室――――――



「私が召還など行ってしまったばかりに……キラ様を苦しめる結果になってしまいました」

「エリーゼが悪い訳じゃ無いさ。あの者が自らまいた種だよ」

「でも――」


「気持は分るけど……僕達は王族なんだ。この国の発展の為に尽くしてくれる勇者でなくてはならない。それはエリーゼも知っているだろう?」


「それはそうですが――ちゃんと話もしないうちにあの様な場所へ追い遣ったのは私達ではないですか」


「本人がヒモです。そう父上の前で証言したんだよ。都民でも陛下相手にそんな無礼な事は言わないけどね」


「勇者殿の世界では、偉い人に対しても気軽に答えていいのかも知れないではありませんか?」


「それは無いと思うよ?グランシュター王国のカズオ・サトウ氏とも会ったけどちゃんと礼儀を弁えた御仁だったからね」


「それは、歳のせいなのでは……」


「だが、君の召還魔法は世界最高峰の技術者を召還すると言うものだったんだろう?それなら如何に若くても偉い人との会談には慣れていると思うんだけれどね。それに彼がこの世界に来てからの行動をメイドから聞いているけど――1日ずっと小屋に閉じこもって出てこなかったらしいよ?いったい何をしていたのやら」


「小屋から出ていないのなら何故、少女を殺したという掲示が出されたのでしょうか?」


「僕も詳しくは分らないけど――何でも彼を拘束後に小屋を検めたら少女の服が見つかったらしいよ。それと井戸の周囲には大量の血を流した形跡もね」


「その少女を殺したとお兄様もお考えなのですか?」


「う~ん――僕は何とも言えないけど、宰相の調べだからね。間違いは無いよ」

「そうですか」


兄のウイリアムに諭されエリーゼは顔を俯かせたのであった。


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