第3話これが俺が住む家ですか?

国王への謁見が終わり、来た道を戻っている。


途中、王から何かを言われた騎士が、慌てて付いてきたから何かと思い他心通を使ってみると……。


≪まさか召還した勇者を離れに追いやるなんて予想外だって……あそこって他国の王族が来訪された時にそれに付いて来た従者を泊める場所だったよな。いいのか?そんな場所で……≫


ふ~ん、ちゃんとした勇者扱いじゃなく――使用人と同じ扱いに格下げした訳ね……。

これ、俺もういじけていい場面だよな?

俺、日本では超VIP扱いよ?

召還した勇者に酷い仕打ちとか、マジありえねぇ。


王城の1階まで降りてきたと思ったら、城の裏手に回りだした。

人目に付かない所で、いきなり襲われたりしねぇよな?

前後を騎士に囲まれている上に、こちらはまだチート能力すら無い。

今、万一襲われたら――短い生涯に幕を簡単に下ろせるな!


そう、内心ビク付いていたら――前方に日本の一軒家程度の大きさで、外壁と屋根が木造の小屋が見えてきた。

もしかしてこれか?

これがこれから俺の住む場所なのか?


一軒家の周りは、雑草と森――年中日陰で湿気の多そうな家である。


なんか懐かしい感じの家だな。

家の前まで来ると騎士の1人が……。


「ここが、勇者殿にこれから住んで頂く住居になります。こちらが鍵になっておりまして、使い方は分りますか?」


丸いビー玉の様な物を見せられ、そんな事を言われたが――何これ?

分りませんとは言いたくないが……知らないものは仕方が無い。


「俺の世界には無かった代物だな。どうやって使うんだ?」


偉そうに聞いてみた。


「これが鍵になっておりまして、この扉の前でオープンと唱えて頂くと、この様に鍵が開き、逆にクローズと唱えますと――この様に閉まります」

「もしかして、魔道具なのか?」

「一般的なものですが、そうですね」


おぉ~俺テンション上がってきちゃったわ!

魔道具だぜ?これどんな仕組みなんだろ……研究者魂に火が付いちゃうよ!


やってみろと言われたので、試しにやってみた。


「オープン」


扉の中から『カシャ』と言う音が鳴った。

おぉ、開いた!


「中々便利ですね」

「この王都では、一般的に使われている物です。中の備品の使い方は後で勇者様付きのメイドにでも聞いてください」

「ああ、分った。ご苦労だった」


俺が労うと、苦笑いを浮かべて騎士の2人は今来た道を戻っていった。


さぁて、俺の異世界生活の始まりだ!

意気揚々と扉を開け、中に入ると――誇り臭い。湿気があるから余計に臭い。

カビでも生えているんじゃねぇ~のか!

すげ~臭いんだけど……。


俺は堪らず、家の中に入り直ぐに窓を開けた。

なんだよ、この家の窓はガラスを使っていないのか……。

昔の江戸時代の窓の様に、木窓をつっかえ棒で押さえて空けて置くタイプだった。

魔道具の鍵がある位だから、もっとまともかと思ったが……どうりで湿気が篭っていると思ったよ。

幸いにも、すぐ隣に井戸があったので井戸から水を汲んで……。

中に置いてあったボロイ布を使って、半日掛けて掃除した。


あれ、メイドが来るとか言ってなかったか?


掃除を終え、腹が減ってきた所で家の前に誰かが来た。

メイドさんが漸く来たか!

そう思って扉を開くと……お盆に載せた質素な料理だけが足元に置いてあった。

ちょっと!


勇者付きメイドじゃね~のかよ!

長いスカートを引きずる様に、雑草の中の小道を、足早に戻って行く後姿だけが見える。



………………………………………………………………。



試しに、他心通を背後から使ってみた。


≪冗談じゃないわよ!何で王宮付きの私がこんな所へ来なくちゃ行けないのよ!あの勇者へは食事を運ぶだけで十分だわ!勇者様に断わられましたとか言って元の仕事に戻して貰わなくちゃ≫


あらあら……職場放棄しやがった。


周りに監視の目があるよりは、丁度いいのかもな……。

俺は痩せ我慢して、そう思う事にした。


家は、5人位が生活するには丁度いい広さで、一応奥には風呂もあった。

使い方は知らないが……。

寝室2部屋、リビング、台所、トイレ、風呂。

うん。一応揃っている。

台所と風呂場、トイレの使い方は全く分らない……。


食事をさっきのメイドが毎日運んで来るなら、台所はまず使わないだろう。

喉が渇いたら、井戸の水でも飲むか……。

風呂とトイレの使い方は――後で誰か捕まえて聞くか?

あのメイドが、次に来た時でもいいしな。


俺は、リビングの長椅子に横になりながら少し硬くなったパンに、何かの木の実をすり潰し、砂糖を加えたジャム?を塗って食べていた。


行儀が悪いって?

俺は別に、裕福な家庭で育った訳じゃ無い。

今でこそ、世界一の科学者だとか持て栄されてはいるが――。

それは中学に入ってからだ。


俺と妹が、共同研究を始めたのが中学1年の頃。

それまでは普通の家庭の普通の子供だった。

ただ、興味が湧いた本はどんな大人の読む本でもネットで仕入れて読んだりはしていたが……。

本格的に、勉強を始めたのは小学6年の夏……交通事故で父親は他界。母親が植物状態で寝たきりになってからだ。


最初は、母親を何とか治したくて医者になろうと思った。

だが、色々な本を読んでも、その可能性が薄い事を兄妹で知った。

それからは、寝る間も惜しんで勉強した。

物理と科学の勉強だった。


何故、物理と科学なのか?

それはこの世界。異世界なら母親の状態を良くする薬が手に入るかも――。

そう思ったからだ。

小さい頃よくやったゲームでは、蘇生魔法や、どんな重篤な患者も治す薬があった。

まだ12歳の子供だ……ゲームの中の話でも、万一の可能性に賭けて異世界へ行ける手段を探し研究した。

重力無効化システムなんかは、その過程で出来た偶然の産物でしか無い。

本命は、この異世界だったのだから。


だが……まさか偶然にしても俺が召還されちゃうとはなぁ~。

全くの予想外だ――。


そんな事を考えながら、硬いパンを食べ終えた俺は、窓の外を見渡す。

目の前は王城を背後から見る格好なのだが、表から見た時と違って――。

裏から見ると、本当にボロイ。

所々ひびが入り、場所によっては崩落している所もあった。

ここ来客が連れてきた従者の住む所だろ?

そんな者にでも、あんなお粗末な部分は見せちゃダメだろうよ!


隣を見ると森。

裏を見ても……森。

目の前に王城さえ無ければ、森の中にある別荘にでも来た気分だな。

夏には涼しくて、いい感じの避暑地になるだろう。

でもずっと住むには……湿気が多すぎで健康被害が出そうだ。


でも、これで人目を忍んで出入り自由な行動が取れそうなのは利点だな。

俺は、ステータスと唱えた。

このステータスって言うのも不思議だよな……。

目の前の、何も無い空間に、文字だけが浮かんでいる様に見える。

これ他の人には見られない様だし。

いったいどんな仕組みなんだか――。


ステータスを見ながら、何が出来そうなのかを模索する。

まずは、神足通からだ。

これってどんな能力なんだ?

そう思っていると……自然とその詳細が目の前に表示された。

光学迷彩能力、飛行能力とあった。

光学迷彩って事は、透明人間になれるのか?

飛行能力って――半世紀以上は昔の映画にいたSマークのあれか?


他心通は、もう何度も使っているから分る。


鑑定眼は、予想は付くが……台所に行って鑑定眼を使ってみた。


☆魔道具のコンロ


使用残回数0回

耐久 130/1500


一般的な家庭で使われている調理道具



使用回数の残りが0って……魔石みたいな燃料が切れているのか!

しかも耐久130?

あ~これは別に問題は無いのか。

中古だしな。


鑑定眼はそのまんま、見た物の鑑定が出来る様だ。

すげ~便利だな。これ日本でならお宝を鑑定する番組でメインゲストに成れるじゃん!俺も妹もTVなんか2度と出たくは無いけどさ――。


問題の、トイレと風呂も鑑定して見よう!


☆簡易式トイレ


使用残回数0回

耐久 9990/19999


平民の家にあるトイレと同じ物


はぁ~?

どうやって使うのかは分らないのか!

使えねぇ~……。


次の風呂場へ――。


☆風呂


使用残回数0回

耐久12000/38000


普通のお風呂


だからぁ~それじゃ使い方が分らねぇ~じゃん!


まさか自分で水を汲んできて、沸かすとか?

マジで?

すげ~重労働じゃねぇ?


俺はリビングへ戻って……不貞寝した。


家の周りの木々が風に揺れて擦れる音と、『ホーホー』という鳥の鳴き声に気づいて起きたら、真っ暗だった。

少しでも光があればいいけど……何も見られない。

うろ覚えながらも外に出る扉を開けると、地球の月より小さな2つの月が天空に浮かんでいて、生憎と雲で隠れては見え、隠れてはその姿を現していた。

月が見えている内に足元を見れば――昼食よりは1品多いだけの晩飯が置いてあった。

パン。ジャム。冷め切った野菜スープ。サラダ。もう1品が……干し肉。


おい!

仮にも勇者に干し肉って……どういう事?

干し肉と言えば、冒険者とかが旅先とか外で食べる定番だよね?

ここ、王城の敷地内なんだけど!


完全に俺の存在が疎ましい様だ……。


明かりのつけ方も知らない為に、玄関口で点滅式自然発光を頼りに晩飯を食った。

何かね……涙が出そうな位みすぼらしい。


晩飯の後は、周囲が暗く人の目も気にならない事からユニークの神足通を試してみる事にした。

まずは、光学迷彩から――。


頭で光学迷彩と唱えるが……特に変わった所は無い。

と言うか……暗すぎてわからん。

気を取り直し、飛行能力を唱えた。

すると、俺の体が何もしていないのにふわふわと重力に逆らって上がり始めた。

おお!これ、俺達が開発した重力無効システムより楽だな。

俺達が開発した重力無効化システムでは、人を1名浮かせる為には最低でも、アタッシュケース程の機器を手荷物として持たなければいけない。

それに比べたら、手ぶらで空が飛べるのだ。

こんな楽な事は無い。

手始めに、王城の更に上空まで上がって見た。

背後は、森に生えている針葉樹の先が綺麗に並んで見える。

この森、人が植林して育てた森だったんだ……。


王城を見下ろすと、疎らに明かりが付いているのが見える。

街はと言うと……数件だけ明かりが付いている場所があるが、殆どの家は真っ暗で、もう就寝しているのを窺い知る事が出来た。

市壁の周囲には、一際明るく火を焚いている場所が見える。

恐らくだが、衛兵や門番の待機している場所なのだろう。

王都の外は、草原や、遠くに川が流れていて――それに沿って下ると森が続いていた。

視認出来る範囲には、人が住んでいる街や村は確認出来なかった。


こりゃ~しばらくはこの王都に滞在するしか手は無さそうだな……。

そんな事を思いながら、体が冷えてきたので小屋へ戻った。

下りる時も、頭の中で念じただけで下りられた。

まずは飛行能力は使えたな。

最悪、空を飛んで逃げればいい。


小屋の壁に手を付いて手探りで中を歩く。

途中で机の角に腰を打ち付けたりもしたが、何とかベッドまで移動出来た。

ベッドは……藁束を固めて、上から2重に折ったシーツを被せてあるお粗末な物だったが、長椅子の様な固い場所で眠るよりはずっといい。


その晩は、大人しく眠った。

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