第4話 カレーだけでなく彼をも

 やっと里美がオレの家にカレーを作りに来ることになった。

 来るのは八月下旬の日曜日の夜。最初に会ったときから二ヶ月以上経っている。

 やっとオレの部屋に来ることになるんだ。簡易ラブホテル代わりともいえる一人暮らしの男の部屋に。

 オレはいろんな知人、友人に電話で自慢をした。その中には一年以上連絡をとっていない者も数名いた。

「ま、今度キャバクラ嬢がオレんちにカレーを作りに来るねんけどな。その日はカレーだけではなく、カレ(彼)をも作ることになるかもしれんな」

 オレはお気に入りのギャグのように、そのフレーズを繰り返していた。


 カレーデイ当日。オレは朝から気合いを入れて部屋を掃除していた。遊びにくる! 久しぶりに女がオレの部屋に遊びにくる! ここで格言『女っ気のない男の部屋は汚れていくばかりである』これは部屋を綺麗にする必要性も、綺麗にしてくれる人もいないという二つの理由からそうなる。

 もしかしたら、この場所も使うことになるかもしれん。オレは浴槽までピカピカに磨いていた。


 そして当日。

「昨日、あんまり寝てなくてムチャクチャ眠いよ」

 オレに会うなり里美はそう言った。

「あ、そう……じゃあオレの部屋で少し昼寝していくか?」

「いや、いい、すぐに作るよ」彼女はアクビをしながら言った。

 オレたちはスーパーに寄ってジャガイモ、人参、玉葱、サイコロステーキ、カレールーなどを買い、オレの部屋に向かった。

「じゃあ私が全部作るからユウジはゆっくりくつろいでてよ」

 バッグから輪ゴムを出し、髪を束ねる里美。

「私のカレー、超美味いからね」

 テレビを見るフリをしながらオレは里美の料理する姿を見ていた。

 女の料理する姿って神々しい。ちょっぴり感動すらしてしまった。

 そしてカレーが完成した。だ円形のちゃぶ台に完成したカレーを二つ並べる。

「まずかったらまずいってハッキリ言ってね」

 オレたちはたいして面白くないバラエティを見ながら、頬を寄せあうようにしてカレーを食べた。机が小さいことにも利点があるのだ。

「このカレーちょっと水臭くない? もっとルーを使えばよかった」

「うん、でもキャンプで食べるやつみたいでこれはこれでなかなか……」

 家ではレトルトカレーしか食べたことのないオレには、具が大きいというだけで満足できた。

 カレーを食べ終わり、くつろぐ。オレは里美を見ながら考えた。どうすれば、より親密になれるだろうか? 言葉で示すか態度で示すべきか?

「あのさ、膝枕して」

「だめ」

 彼女は無関心そうにピシャリと言った。

 ふたたび膠着状態が続いた。かと思うと里美は急に立ち上がり、皿を洗い始めた。

「あ、そんなんオレがやるのに」

「家に帰るまでが遠足って言うでしょ? 同じように、皿を洗い終わるまでが料理なの」

 里美は皿を洗い終わるや否や「じゃあ帰るね」とバッグを持ち、玄関までワープしていた。まだ夜の八時だった。

「じゃあ池袋まで送っていくよ」

 せっかく来たのだから一分一秒でも一緒にいたい。静かな住宅街を無言で歩くオレたち。里美が口を開いた。

「あのさ……変なこと聞いていい? もし、今日ドタキャンしてたらどーする?」

「いや、どーするって?」

 なぜ彼女はそんなことを聞くんだろう? からかうような口調ではない、真剣な口調でだ。その質問には『それでも変わらず私を愛してくれる?』と試しているようなニュアンスがあった。

「怒ってた?」

「そりゃドタキャンされたら、まぁ、オレからは連絡はとらないようにするんちゃう?」

 里美のことはタイプではあるが、ドタキャンされてなお、しつこくせまるほどには好きではないのだと思う。

「そっか……そりゃそうだよね」

 彼女の声のトーンは下がった。

 いったいどういう意味なんだろう? 彼女の反応はなにをしめしているのだろう? とても気まずい……。

 もうこれ以上気まずくはならないだろう。言ってしまえ、今日でケリをつけてやれ。

「うん、ま、なんつーかな。最初に会ったときに比べてバイト中に君のことを考えてる時間が増えてんやん。たぶん、君のことが好きになったんやと思う。つきあわへん?」

 ドブに石をぶん投げるような乱雑な告白だったと、今となっては思う。だが、告白は告白だ。オレはなんらかのかたちで白黒つけたかったのだろう。

 彼女は立ち止まり、しばらく黙っていた。

「うーん……このままがいいんだ、今のままが……」

 返事はイエスでもノーでもなかった。

「なんかね……しばらくつきあっていなかったし、もう男に縛られるのは嫌なんだ……」

「そっか、ん、迷惑?」

「ううん……大丈夫」

 うつむきながら里美は言った。

 改札を抜けると電車が来ていた。急ぐ意味なんてどこにもない。オレたちは次の電車を待った。

 日曜のゴールデンタイム、上りの電車は空いていた。同じ車両にはオレたち以外に十人ほどしか人がいなかった。

 オレと里美はほんの少しだけ離れて座った。あいだに一人くらい座れそうな微妙な距離。オレは正面の窓に映る自分の顔を見たり、うつむいたり、わざとらしく大きなアクビをしたりしていた。彼女としゃべることなんてなにもなかった。

 はっきりと拒否されたわけではない。重要なのはこれから先も彼女との関係を続けたいのか、そうでもないのか……オレ個人の意思だけだった。

 かたん、ことん、電車の静かな鼓動だけが聴こえていた。

「この車両、寒くない?」里美が言った。

「うん、ちょっと」オレは言った。

 そしてノースリーブから出ている彼女の白い肩に腕をまわしてみる。

 ……なんてことはなく、オレはおとなしくしていた。

「じゃあね」

 別れ際の彼女の顔が、微笑んでいたのか、すこし淋しげだったのか、いまとなっては思い出せない。


       完

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キャバクラ三顧の礼 大和ヌレガミ @mafmof5656

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