第3話 昼に会う彼女は

 さて、彼女は店を辞めた。具体的にいつ外で会えるのだろう? オレは里美に電話した。

「二十日の木曜から旅行に行くから、ドタバタしてるんだよねぇ」

 こんなことを言う。木曜まで働かないのなら、それなりにヒマではないのだろうか。

「オレのほうは夕方からとかでもオッケーやで。空いている日はないの?」

「うん、わかったらまた電話するね」

 と電話を切られてしまう。なぜに? 焦らしてるのか? オレを?


 こと恋愛において、会う約束さえしてしまえば、その日まではメールなどがなくても安心するのだ。けれど会うのが未定の状態は……とてもつらい。

 オレは焦らされるのが大嫌いだ。会いたいの? 会いたくないの? 好きなん? 嫌いなん? やるの? やらへんの? 駆け引きが苦手で、すぐにでも結論を求めてしまう。そんなオレにはこの状況は耐え難かった。


 もうオレと会う気がないのだったら、里美なんかどうでもいい。でも、どうでもよくないでしょ? 今までの経緯がもったいないでしょ? と、布団の中で一晩モヤモヤしたあげくに、次の日の昼

『やっぱえーわ、別に会いたくないんでしょ? オレに』

 子供じみたメールを打ってしまった。すると

『今日の夕方から錦糸町でなら会えるよ』

 とメールがすんなり返ってきた。なんだよ。会う時間なんていくらでもあるじゃないか。どうして大抵の女は忙しいフリをするんだろう? そうやって自分の価値を高めたいのだろうか。まぁ、会えることだしよしとしよう。


 だが、その日は出会い系サイトで知り合った介護福祉をしてる女の子と、夜七時から会う約束をしてたんだ。里美一筋ではないオレを責めないでくれ。彼女を作るため、当時のオレはあらゆる手段を尽くしていたのだ。

 で、どっちをとる? オレは迷った。が、二兎とも追うことにした。介護士と会うまでのわずかな時間、夕方四時から六時までのわずかな時間だが、里美と会うことにしたのだ。


       ※


 久しぶりに会う里美はなにかが違っていた。今までは夜に、しかもミラーボールがまわる店の中で会っていたこともあり、キラキラしていた。が、夏の眩しい日射しのもとでは、不健康な生活で血色の悪い彼女の肌が目だつだけだった

 それにくわえて化粧の厚さ加減もよくわかった。二週間以上会わないあいだに、里美のことを美化させていたのかもしれない。

 昼と夜、光と闇、店の中と外とではずいぶん外見も変わるものだ。ううむ、よく見たら七十二点ってとこなのか?

 恐ろしく冷めた目で彼女を見つめているオレ自身に気がついてしまったのだ。

 

 その日は三十三度。暑くて外を歩く気にはなれないので、とりあえず喫茶店に入ることにした。そこで彼女は

「暑い! 眠い! かったるい!」

 と三連コンボをオレに叩き込んできた。店の女の子と客という関係が崩れた今、彼女は本当の自分、本性を見せてくれるようになったのだ。そうだ、彼女は名前を二つ持っているのだ。あらためて、はじめまして里美ちゃん、といったところか。

「あ、暑いといっても、いちおう冷房効いてるやん」

 オレは苦笑いをする。いっしょにいるときは、すこしは楽しそうにしていてほしい。たとえそれが演技でもかまわないから。


 喫茶店の後はカラオケに入った。寝起きで声も枯れていた彼女がだらだらと歌うなか、オレは本気で熱唱していた。今思えばバカみたいだ。バカなのだろうと思う。時間が来たのでオレは駅前に向かった。改札口をぬける時

「じゃあね、気をつけてね」

 と里美は手をふった。オレの姿が見えなくなるまで笑顔で手をふりつづけている。その光景がキャバクラの見送りの時の、レミだったときの姿と完全に重なって見えた。心に焼きつけておきたい美しい瞬間だと思った。これがあるから、彼女に幻滅することができないのだ。やはりオレは彼女のことを好きなのかもしれない。

 

 そして池袋で介護士の千春と会った。似ているタレントは安倍なつみと言っていたので期待していたが、彼女は安倍なつみ似でもなんでもなく、たぬきの置物みたいな感じだった。服装もポロシャツにジーンズと地味だし、里美とは違って色気がなかった。

 居酒屋に入った。楽しかった。それは千春がよく笑う子だったので、こっちも会話のしがいがあったのだ。よく笑う相手が隣にいると、オレはどんどんと饒舌になり、頭の回転も速くなる。そして、そんな自分に満足を感じる。

 オレにたいして次々と質問をぶつける千春。たぶんオレに好意を寄せているんだろう。だが、いかんせん、オレはどちらかといえば面食いであった、残念なことに。


 居酒屋を出て、会話をしながらオレたちは歩く。オレがジョークを言うたびに、千春はいちいち肩を軽くぶつけてくる。周囲を見渡すとカップルが多かった、しかもほとんどの女の子が千春よりも可愛かったので、ベタベタされるのが恥ずかしかった。そんなふうに思ってしまう自分を嫌な人間だと思った。


 その後は昼間に続きカラオケに行った。里美の時より楽しいカラオケだった。オレの歌をちゃんと聴いていたし、タンバリンを振ってくれたし、そこには活気があった。

 だがオレはやっぱり千春より里美のほうが好きなんだ。なんだオレは? 性格はどうでもいいのか? 派手な女だったらいいのか? 中身が千春で外見が里美だったらいいのに。全く問題はないのに。二人とも欠けているものがある。かたや色気、かたや気配り。

 千春にはオレからはもうデートに誘ったりはしないだろう。タイプではないから。そう思うと同時に里美にたいする執着心も消えてしまった。千春との比較もあるとは思うけど、里美なんて只のわがまま女じゃないか。

 もうオレからは電話をかけたりしない。電話をしてしまったらオレの負けだ。なんの勝負だよ。


       ※


 その日、オレはへばっていた。

 詳細は割愛させてもらうが、オレはとある友人に海への旅行に誘われた。一緒に海に行くサークル仲間たちの集まりがあるから……と言うのでついていくと、夏だというのにまわりの奴らはみなスーツ姿。そこでマルチ商法の勧誘にあってしまったのだ。

「わり! ちょっとこれからキャバクラ嬢とのデートがあるし、オレ帰るわ」

 彼らをおちょくるようにして、オレはその場から逃げた。

 真夏の日曜の真昼間。オレはよく知らない街にひとりぼっち。

 もう電話をする気なんてなかったはずなのに、他にすがりつく人が思いつかなかった。オレは一週間ぶりに里美に電話をした。失うものなどないオレは強気だった。強引だった。

「今から会えへん? ていうか会おうぜ! しばらくオレが電話もメールもせぇへんから淋しかったんちゃうの? そやろ? なあ?」


 そして夕方、上野で里美と待ち合わせをした。先に着いていた彼女の姿をオレは一発で見つけることができた。

 外は暑いしかったるいね、と里美はいう。公園の日陰で涼もうとしても虫がうざくて嫌がられるだろう。オレたちは喫茶店に行くことにした。


「里美の好きなタイプってさぁ、どんな感じ?」

今さら感のある質問をオレは投げかけていた。

「いろんな人がいたからなぁ、なんとも言えないよ」

「じゃあ苦手なタイプってのは?」

 彼女の苦手なタイプは優しい人だという。たとえば男と一緒に車に乗っていて

「大丈夫? 冷房きつくない?」

 などと聞かれるとうっとうしいらしい。

「だってさ、寒かったらこっちから言うじゃん! いちいち聞いてくる人ってめんどくさいよ!」

 お、おぅ……そ、そうなんや。

「ちなみにオレはどう見えるん?」 

「うーん、まぁ優しいほうなんじゃないかな? うん、ユウジは優しいよ」

 イコール、オレは里美にとっては苦手なほうの人なのだ。女性から優しいと言われて、これだけ嬉しくないのは初めてだった。

「あのさ、もっと私に冷たくしていいよ」

 そんなフレーズを前にも彼女から何回も聞いた。だけど性格なんてそう簡単に変えれるものかよ。オレは友人が部屋に来たら、そいつが床に座る前に

「飲み物どーする? 玄米茶? ココア? コーンポタージュ?」 

 と質問を投げかけるタイプだ。やっぱり相性はよくないのかもしれない。


 彼女はテーブルの上に嬉しそうに写真を置いた。

「あたしね、この車すんごい欲しいんだ」

 彼女が言うには、それは古い型のベンツらしい。

「この車ね、七百万円するから、五年でローンを組んだとしたら月に十万円でしょ。五日で十万円稼げるとして、家賃や生活費も重ねれば……うん、月に二十日も出れば生活できるよね」

 根本的に埋めれない価値観の違いを痛感した。

「やっぱさ、漠然と働いても身が入らないのよね。目標がないとさ、働いてても虚しいし、なにか形になるものを残しとかないとね」

 オレはコホンと咳払いをする。

「あのさあ、オレってば、十日働いても七万円しか稼げへん仕事してるやん。やっぱそういうのってバカらしいと思う?」

 彼女はうつむいてしまった。

「……そんなことないよ、だってさ、私が五日で十万円稼いでるっていってもそんなのズルじゃん! ズルしてるじゃん!」

「ズルか? ズルいんかな? でも仕事は仕事ではないのか?」

「でも……やっぱズルだよ……普通に働いたらこんなにお金稼げるわけないよ! ズルだよ!」

 ズルだと思って、後ろめたく思っているのなら辞めたら? なんてことは言えなかった。

 多分、それができないからモヤモヤしてるんだろう。店にガンガンでて指名をとってガンガン稼いで、とキャバ嬢としてのプロ根性に徹してるわけでもない。むしろ、わりと休みがちで借金をしてるくらいだ。こうまでくるともう普通の飲食店などでは働けないんだろう。

 オレも将来が不安なフリーター、彼女の仕事にたいしてどうこういう資格もない。ポリシーを持ってまっすぐに生きているわけでもなく、調子よく器用に世の中を渡っているわけでもない。そんな彼女の不安定さにオレは魅かれていたんじゃないだろうか?

 尊敬できる相手、長所が目立つ相手を好きになるだけが恋愛じゃない。相手の欠点、バランスの悪さ、弱さ、そういったマイナス面を好きになるなんて生き物として非効率的な気がする。なんなのだろう?

 オレにできることは、次の店は長続きすればいいのにと祈ることくらい。なんだか矛盾した感情だ。

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