第2話 プロ意識のうすいキャバ嬢
六月最後の日、この日は給料日だった。
オレは同僚の村田さん、矢尾さんとともにルイジアナに向かった。この日は村田さんもお気に入りのミキちゃん、矢尾さんもサキちゃん、そしてオレもレミちゃん、全員がお気に入りを指名した。
あと二回お店にきてね……その約束は守った。でも、もうこの店で会うのは最後だ。そう思うとなぜかしんみりとしてしまい、オレは沈んでいた。それに、普段はわりと無口な同僚が、酒と女の力で饒舌になっているのを冷静に見つめると、なんだかみっともないような気がして、はしゃぐ気分にはなれない。
だが、レミの一言でオレの内部は燃えあがった。
「私が夜の仕事をしてるのはさ、寂しい病のせいなの」
そんな病は聞いたことがないけど、オレがお前の寂しい病を治したる! 寂しい夜はオレが隣で寝たる! と心の中で絶叫した。
だが、一セット九十分が終わった時、オレは冷静に延長を断わっていた。
『キャバクラに、はまれば最後、借金さ』一句できた。
※
次の日、レミからメールが入った。
『もうお店には来なくていいよ! 外で!』
オレはようやく荷物を減らす事ができたのだ。
電話をかけるのなら夕方が狙いめ、キャバクラ嬢は午前中は眠っているものだ。夕方四時になり、オレはレミに電話をかけた。
「あの、いつ外で会える?」
「ん、店を辞めるのは十五日だからしばらくは無理だね」
「そっか、二週間も会えへんのは寂しいから、また一度だけ店に行くわ」
「今は店に来ないほうがいいよ。絶対に延長させられるから」
「え? そんなの、オレが延長しなかったらええだけの話やん」
「売り上げ倍増を狙っている期間だから、店も必死なんだよ。それに客を九十分で帰すと怒られるし」
この前、オレたちは三人とも指名をしたというのに、三人とも延長をしないで帰った。その事でレミたち三人はスタッフに怒られたらしい。
「無理して来なくてもいいよ お金もかかるでしょ」
この子は本質的にはキャバクラという仕事はむいていないのじゃないか? オレはそう感じた。
※
次に電話をかけたのは三日後の夕方だ。決してオレは毎日電話をかけたりしない。いったい毎日なにを話すことがある? 沈黙を望んで電話するのか? そんな馬鹿な。逆に一週間も電話をしないで放っておくとさすがに『あまり私に興味ないんだ』と思われそうなので、あいだをとって三日を基準にしてみたんだ。『あれ? 電話をくれないな? どうしたんだろ?』そう思うとしたら、たぶん三日めあたりだろう。
「あ、もしもし? ユウジ?」
電話の声はいつもより荒れていた。ひどい声だった。どうやら彼女は風邪をひいているらしい。
「そっか。じゃ、お大事にね」オレは電話を切ろうとした。
「あのさぁ」
「なに?」
「昨日また借金しちゃったんだよね。ほんとにバカだよ私」
否定も肯定もできない。オレは「うん」と相槌だけを打った。
「返そうと思ったらすぐに返せる額なんだけどさ……のんびりできないよね。またすぐに別のお店を探さなきゃならないよ」
「なに? 本当はキャバクラで働くこと自体をやめたいの?」
「う~ん、よくわかんない」
「前はなにしてたの?」
「彼氏と一緒に住んでるときはね、定食屋で働いてたんだ」
「そういや昔のことって全然聞いてないなぁ」
オレたちはいろんな話をした。お店の人間関係や、たがいの家族のこと、高校のときのこと、半年前に水商売をしようと思ったときのこと、東京には彼氏と一緒にでてきて同棲してたこと、などなど、いろんなことを聞いた。
オレもオレで、夢をあきらめたときの気分や、将来の不安など、あまり他人に話してもしかたなく思っていることを話した。
騒々しいキャバクラの店内では、とてもできなかった話だ。
「あ、そや。聞きたい事があってん!」
「え? なに?」
「君の名前は?」
「え? だからレミじゃん」
「そうじゃなくってぇ! 本名のほう!」
レミは黙った。
「もしもし? 聞こえてる?」
「なんか、あんまりお客さんにそういうこと聞かれたことないから照れるな」
「もしかして教えるのはいや?」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃ教えて! もうオレ客じゃないやん! 友達やん、これからは!」
「なんか恥ずかしいな、笑わないでね、絶対に」
「まぁ、笑わないけど。なんて名前?」
「西野里美」
「なんかしっくりこないなぁ、西野里美かぁ」
「だから言うの嫌だったんだよ」
「冗談! あのさぁ、レミって呼ばれるのと里美って呼ばれるのとどっちがいい?」
「いいよ、好きなほうで呼んで。でも名前聞かれたのってほんと久しぶり」
キャバクラ嬢とつきあいたい、毎晩いろんな男から口説かれ、それをスルリとかわしている……そんなキャバクラ嬢とつきあっています!というステータスが欲しい!
「あのさぁ、ユウジ君って彼女いたっけ?」
「うん、いるよ」
「へぇ、どこで知り合ったの?」
「キャバクラで」
「マジで? やっぱりお店には足しげく通ったの?」
「うぅん、三回だけ」
「すげぇ!」
こんな会話をして羨ましがられたい。そんな不純な気持ちがオレの中のどこかにあった。だが、そんな気持ちも徐々に薄くなってきた。
あれ? もしかしてオレは本気で里美のことを好きになってきているのか? いや、まさか、そんな、どっちだ? 職場のみんなに羨ましがられたいだけなのか? それともただ純粋に恋してるのか? なんだか自分の気持ちがわからなくなってきたんだ。
そして七月のなかば、彼女はルイジアナを辞めた。
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