キャバクラ三顧の礼

大和ヌレガミ

第1話 お金を払って、女子と話そう


「キミってけっこう自意識過剰なんだね。かーわーいーいー!」

 オレは十九の小娘に頭を撫でられて喜んでいた。彼女の名前はレミ。といっても本名ではない。レミのレースクイーン風の衣装がミラーボールの光にあたり輝いている。ノースリーブから出た白い肌は新鮮そのもので、ピチピチと跳ねている。肌自体が踊ってる。

 そんな気さえしてくるのは、けたたましく鳴り響くダンス系の音楽のせいだろうか? 照明は暗く、まるで海の底にいる気分だ。幸せだ。

 竜宮城というのはこの感じに近いのではないか。とはいえ、一セット四千円の竜宮城になるのだが。

 そう、オレは生まれて初めてキャバクラというところにはいったのだ。


 アルコール耐性はなく、財布のヒモは堅い。遊び人とはいえないオレがキャバクラに行くことになった。人生勉強のためでもなにかの取材のためでもなく。

 きっかけはバイトの昼休み中のふとしたトピック。五つ年下の高野くんは、なんと初めて入ったキャバクラで彼女ができたらしい。週に何回も通いつめてもデートもできず、軍資金を吸い上げられていく男がいっぱいいる……そんなキャバクラのイメージを彼が変えてくれたのだ。

 現在進行形でキャバクラに通っているバイト主任の村田さんに聞くと、早い時間にいくと九十分四千円だという。思ったよりは安い。行ってみる価値はあるのじゃないか?

 はたしてオレはどうなのだろうか? 毎晩口説かれているプロを相手にしてオレは口説き落とせるのか? それは若さゆえ、自分を試してみたい野心にかられてしまったのだ。


 そんなこんなでオレはバイトの先輩たちと、西日暮里のキャバクラにやってきたんだ。駅からキャバクラまでの道、男四人が横一列になって歩く。まるでGメン75のようだ。オレたち全員が勇み足になっている。別にこれから抗争をするわけでもないのに、ただ若い女の子と酒を飲んで喋るだけなのになぜか武者震いがする。これがキャバクラというやつなのか?


 ボーイに案内され席に案内される。席につくまでのロードでなぜか店中の女の子から拍手をされた。その拍手に値するような行為をまだしていないし、これから先もないだろう。そう思うと気がひけた。

 ソファに腰掛けると我らのリーダー村田さんが「みんな少しあいだを空けて座ってね」と言った。なるほど、女の子と交互に座るということか。

 しばらくして女の子が四人登場した。オレたち全員と握手してから女の子たちは席についた。店が薄暗いせいと、露出の多い服ということもあり、妙に女の子が可愛く見える。たぶんオレという人間は、ロングスカートをはいた清楚な女の子より、ミニスカや香水を装備した派手な女の子のほうが好きなんだと改めて思った。

 そして、オレの隣の席に着いたのが彼女、レミちゃんだったのだ。


 レミと話をしているうちに、一人暮らしで自炊をするか否かという話題になった。派手なレミは自炊などしないだろうと、オレは決めてかかったが、レミは自身の家庭らしさをアピールし、カレーを作るのはお手のものだと言い張った。

「へぇ、カレー作るの得意なんやぁ、じゃあさ、今度うちに作りにきてよ」

「うん、いいよ!」

「え! マジで?」

 冗談まじりで言ったつもりが、まさかオーケーがでるとは思わなかった。

「そのかわり今月あと二回お店に来てよ」

 レミは笑顔で言った。なんだ、条件つきのオーケーか。

「え? う、うん、いいよ」

 こうやってオレはドツボにはまるのだろうか? 二回と言っていたのが、三回も四回も通わされ、小遣いを吸い上げられるのだろうか? イヤだそんなの。

 いや待て。これは彼女に試されているのだ。

 たしか三国志でもこんなシーンがあった。三顧の礼というやつだ。劉備が諸葛亮を仲間にするとき、三回訪問したエピソードを彷彿とさせる。

 オレは彼女の前に小指をだした。

「指切りげんまんウソついたら針千本飲ーます!」

 今月はあと二回店に行く。そのかわり、その次に会うのはオレの部屋だ。カレーを作りにきてくれるのだ。そう約束したのだ。オレは約束は守る男だし、約束をやぶる人も嫌いだ。約束をやぶられたらそれまでにする。

 オレは自分に強くそう言い聞かせた。


 初めてのキャバクラで、レミちゃんに電話番号を聞かれたオレは浮かれていた。幸先いいんじゃない? ビギナーズラックなのかもしれないね。

 そんなオレに村田さんは言った。

「あれ、電話番号教えたの? お店に遊びに来てよ! って営業の電話がかかってくるよ、多分」

 水をぶっかけられた気分だ。

 だが一緒に行った小西さんは、アゴのしゃくれたあまり可愛くない女に電話番号を聞かれなかったそうだ。しかもこのシャクレ女は小西さんに彼氏の愚痴をこぼすなど、サービス心のかけらもなかったらしい。

 また、シャクレ女も彼氏がいると公言するということは、あまり楽しくなかったということだ。仕事で客から指名をとらなければならないとはいえ、苦手な客もいる。あまり遊びに来てほしくない客もいる。

 そう思えば、電話番号を聞かれるということはだ。つまり少しは興味をもたれているのは確実なのだ。

 まぁ、少なくとも一次選考はパスしたのかもしれない。プラスに考えることにしてみた。


       ※


 それから四日後の夕方、オレは記憶を頼りに西日暮里のキャバクラ『ルイジアナ』にたどり着いた。当初は村田さんと二人で行く予定だったが、急に予定が入ったらしく、一人で行くことになった。

 当然のように、キャバクラ慣れしていないオレは緊張した。『はじめてのおつかい』の気分だ。だけどレミが、オレが一人で来たことに驚いていたので来たかいがあった。


 『ルイジアナ』では最初に指名した女の子がずっとそばにいるわけではなく、時々よそのテーブルに呼ばれたりする。つまり九十分のあいだに約三、四人の女の子と接することになる。

 そんなわけでレミがオレのそばを離れ、代わりにツカサという女が隣に座った。


 ツカサは高校を一ヶ月でやめフリーターになり、最近十八才になったのでキャバクラに入店したばかり。『ルイジアナ』で働きはじめて三日めの新人。

 ういういしいなとワクワクしたが、彼女の話はとても退屈だった。

 高校には勉強もろくにしないで、親のすねをかじって遊んでいるくせに親の悪口ばかり言っている、そんなやつらが多くて馬鹿らしかった。だけど私は高校をやめたものの、自分の足でちゃんと立っている。そんな自分の方が高校生より立派だと思う。そんな話ばかりしてくるのだ。

 はいはいアンタは偉いね。承認欲求まるだしで自己弁護をするよりさ、男の喜びそうな下ネタの一つでも覚えなさい! それが立派なキャバ嬢なんです。そう言ってやりたかったところだが、オレは「ふうん、大変やね」「ま、いろいろあるわな」と、うなずくだけ。

 どうしてお金を払っているオレのほうが接待をしなければならないんだ……。


 やっとツカサが去り、今度は別の女の子が来た。手足が長く、くっきりした目鼻立ち、まるでバービー人形のようだ。

「桐生院みやびでっす! よろしくにゃー!」

 アニメ声の萌え萌えした話し方をする女だった。

「変な名前やね、だれがつけたん?」

「アタシが考えたのー、ちなみに前の店の源氏名はねー」

 などと、しばらくは名前ネタで盛り上がるものの、それが尽きると彼女は急に無口になった。


 ふと、オレはレミの姿が気になり、まわりをみまわし彼女の姿を探しはじめた。

 いた! レミだ。

 が、彼女は別の客に肩を抱かれている。それがお仕事だとわかっていても、ジェラシーを感じてしまう。

 おいアンタ、そのうす汚い手をはなしな。そんなことは言えない。あの人も金を払ってるんだ。しばらくしてレミが戻ってきた時にオレは思った。もうお前を一生離さない。

 少しの時間、レミと話していると黒服のボーイがやってきて、耳元でささやいた。

「お時間がきました。延長なさいますか?」

 財布をあけてみると弾薬は切れていた。一生離さないつもりが、たった十五分でレミを手放した。

 だけど、その日はレミの携帯電話の番号を教えてもらったり(こないだは自分の携帯番号を教えただけだった)「このまえ来た客の中で一番カッコよかったよ。二十五歳でしょ、見えないよ」などと言われ、ますます深みにはまってしまう。

 そして家につくなり、会話の中で得た『レミちゃんデータ』を急いで手帳に移してしまうのだった。


       ※

 

 二日後、オレはレミに電話ををかけてみた。翌日ではなく二日後というのがポイントね。いきなり次の日に電話をすると、こいつ必死だと思われてしまいそうだからね。

「あ、もしもし」

 しゃがれた声がする。だれやこのオバはん? と一瞬思うが、れっきとしたレミちゃんだった。夕方の寝起きの声、それプラス仕事で飲む酒と煙草でノドがボロボロなのだろう。キャバクラという仕事がら、客にあわせて女の子も酒と煙草をたしなんでいるのだ。たとえ未成年だろうがおかまいなしに。

「もうね、ルイジアナを辞めようと思ってるんだ。ノルマがあるし、朝礼とかもあるし、かったるいし、衣装とかも自前で用意しなきゃなんないしさ、それによその店にくらべて給料も安いしさ」

 なるほど、それで「今月あと二回お店に来て」と言ったのだ。来月はないもんな。うん、来月はキャバクラ嬢と客の関係ではなく、純粋に男と女として店の外で会うのだ。今月は仕事を休ませてもらえなくて、毎日店に出ているからオレには会えない。だけど会いたい。それで彼女は、お店に来てと言ったのだ。そうに違いない。けしてオレは利用されていないぞ。

 そう解釈することにした。

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