俺の一大事。

もちもん

春の事件。

「おーい!おーい!トメさーん!!」

「おーいおーい!大変だよー!」

俺はトメさんとスエキチさんが住む家の戸を叩く。

力いっぱい叫んで。

トメさんを呼ぶ。

「トメさーん!スエキチさんが大変なんだよー」

どんなに呼んでも返事はない。

一大事だっていうのに!


ほんの数十分前の話だ。

近所のいつもの公園で俺は虫を追いかけて遊んでいた。

公園からは商店街が見えている。

遠くにスエキチさんの姿を見つけた。


俺はスエキチさんのそばに行こうと公園の柵を超えた。

「スエキチさん!」

俺は道路の反対側から声をかけた。

その時だった。

スエキチさんがお豆腐屋さんの前で倒れた。

苦しそうに。

「う、、う、、、。」

悶えるスエキチさんに気づいて大人たちが集まってくる。

あっと言う間にたくさんの大人たちに囲まれたスエキチさん。

あまりの大人の多さに、そばに駆け寄ることもできず俺は道路の反対側で立ち尽くしていた。


しばらくして、白い大きな車が赤いランプを点滅させて走ってきた。

ウーウー大きな音を上げて走ってきてスエキチさんのそばで止まった。

俺は、、、

俺の世界は小さすぎて。

見ていることしかできない。

「スエキチさん、、、。」


スエキチさんが白い車に乗せられている。

たくさんの大人たちを置いて、

白い車はまたウーウー言いながら走って行った。


大変だ!

トメさんに伝えなきゃ!

俺は走った。

トメさんの家までは俺の足なら10分くらいだ。

急げ。急げ。

狭い小道を抜けたら近道だ。

俺は走った。

トメさん、トメさん!大変だよ。

スエキチさんが!!


俺はトメさんに伝えることを整理しながら走った。


トメさんとスエキチさんは近所に住む60代の夫婦だ。

畑仕事をしながら暮らしている。

俺はよくおかずのおすそ分けをもらった。

トメさんが作った煮物とか

スエキチさんはおやつとかもくれた。

近所に住む俺の事を「ジロウ」と言って可愛がってくれて、よく遊んだ。

トメさんが作ったお手玉とか

スエキチさんが作った日曜大工で。

だから俺はどうしてもこのスエキチさんの一大事を、トメさんに伝えなきゃって。

いつも可愛がってくれる2人のことだったから。


俺は走った。

途中で近所の猛犬に吠えられた。

怖かったけど今日は怖がってる場合じゃない!


トメさんとスエキチさんの家は平屋で、周りが畑で囲まれている。

俺は畑を横切った。

昨日たくさん雨が降ったから、畑はぬかるんでいる。

野菜を踏まないように気をつけながら、

畝を飛び越える。

2人の大事な野菜だから、、、。


俺は玄関の前に着いた。

「トメさーん!トメさーん!」

俺は玄関を叩いた。

力いっぱい叩いた。

トントントンッッ

「トメさん!大変だよー!」

しかしトメさんは気づかないのか、一向に出てこない。

仕方ないから、縁側の窓も叩いた。

トントントンッ

「トメさーん!トメさーん」

何度呼ぶが返事はない。

曇りガラスの窓だから向こう側は見えない。

窓に耳を当ててなかの音を確認する。

ゴウンゴウン

洗濯機の音がする。

だからトメさんはいる気がする。

俺は反対側の、お風呂場あたりの窓の方へ行きまた叩く。

トントントンッ!

「トメさーん!トメさーん!スエキチさんが大変だよー。」

全く気づく気配がない。

すぐ横のトイレと思われる小さな窓も叩いて見た。

トントントンッ

「トメさーん。」

電気のついたトイレは誰もいないようだ。

裏の勝手口に回る。

地面は相変わらずぬかるんでいて、足に泥がつく。

そんなことは気にしない。

「トメさーん!、、?」

勝手口を叩いていた、少し隙間があることに気づいた。鍵がかかっていない。

のぞいてみる。

そこからまた叫んでみる。

「トメさーん!スエキチさんが運ばれたよー!トメさーん!!」

、、、。

人の気配がしない。

近くで洗濯機が回っているだけだ。

俺は戸を少し開けて中に入った。

静まり返った家の中。

ゴウンゴウン

ゴウンゴウン。

洗濯機が回っている。

土間の台所からうちの中を覗く。

「トメさーん!おーい!!」

まさかトメさんまで倒れているんじゃないかと

俺は居間に上がって家の中を歩いて見た。

「トメさーん。」

どこを見てもトメさんの姿はない。

トメさんは留守のようだ。

こんな一大事だというのに、、、。

仏壇のある広い部屋。

写真のおっちゃんと目があう。

なんだか悪いことしてる気分だ、、、。

ジリジリジリジリーーーーーーーーン!

「!!」

突然の耳をつん裂くような大きな音に俺はびっくりして急いで勝手口から逃げ出した。

外に出た。

ジリジリジリジリーーーーーーーーン!

大きな音は家の中で鳴っている。

あれは、、、あれは電話だ。黒い電話。

びっくりしすぎて背中がざわついている。

心臓はばっこんばっこん。


トメさんは留守なので電話は鳴り続けていて、しばらくして止まった。


俺は玄関に座ってトメさんを待つことにした。

でもトメさんは夕方になっても帰って来なかった。

次の日

俺は朝スミレを摘んだ。2本。

玄関の前でしゃがんでトメさんを待った。

春の日差しは優しい。うとうとしてしまう。

しかし昼になっても夕方になっても

トメさんは帰って来なかった。


次の日

スエキチさんは大丈夫だろうか、、、

トメさんは帰ってきただろうか、、、

俺は今日も朝スミレを2本摘んだ。

玄関の前でしゃがんで今日も待つ。

春の風が走っていく。

雨で濡れていた土は乾いている。

昼になる。夕方になる。

トメさんは帰って来ない。


次の日

俺は今日もスミレを2本摘んだ。

俺は手で4までしか数えられない。

4本と2本。

最初に摘んだスミレはシワシワになっている。

「トメさん、スエキチさん、、。」

心なしか呼ぶ声もかすれている。

しゃがんで待つ。

春の日差しと春の風に当たりながら夢をみた。

「ジロウ今日は釣りに行くぞ。くるか?」

スエキチさんが笑う。

「ジロウ、今日は魚をにつけたからね。お食べなさいね。」

トメさんが笑う。

「ジロウ今日はでっかいカボチャがとれたぞ。煮付けて食うか?」

「ジロウ今日はどこに行っていたんだい?」

2人の夢を見て。

お腹が空いていることに気づく。

涙が溢れてくる。

どこ行っちまったんだ、、、。

俺を置いて。

スエキチさん、、、。

トメさん、、、。


意識が遠のく。




俺は春の日差しに照らされて背中が暖かい。

俺は夢目見ている。

お腹が空いているせいか?

口の中が遠い昔に飲んだ白くて甘い、、、懐かしい味がする。。

「おーい。おーい。」

誰かが俺を呼ぶ。


俺は夢見ている、、、。

暖かい夢を。


「おーい。おーい。」

「ジロウは目をさましましたか?」

「いや。ピクピクはしているが。」

「ジロウ、起きておくれ。」

背中に感じる暖かさ。

撫でられる、懐かしい大きな手の感触。

俺は目を覚ました。

「ジロウ。」

俺は渾身を振りしぼって返事をした。


「にゃーー。」


俺はスエキチさんの膝の上で目を覚ました。

見上げるとトメさんもいる。

「ばあさん、ジロウが目を覚ましたよ。」

「ええ、ええ。よかったです。」

夢の中でみた笑顔が俺を優しく見つめる。

口のなかの味も夢じゃない。


「こんなになるまで待っているなんて。ジロウはもううちの子ですよ。ふふ。」

「そうだな。」


「明日は窓の足跡を拭かないと。」

「オラも元気になったから手伝うよ。」

「無理なさらないでくださいな。おじいさ

んは病み上がりなんですから。」

「迷惑かけたな、ばあさんにも、ジロウにも。」

そう言って俺はまた撫でられた。

「にゃー」

俺は返事をした。


今日も暖かい春の日。

俺は塀の上に座って眺めていた。


窓についた俺の足跡を2人がせっせと拭いていところを。












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