「CY上の点S」 2しぇーぷ
学校祭当日早朝。外は少し寒い。
私は家の軽ワゴンに材料を積む。カフェで出すデザート系食材だ。
お父さんは運転席に座り、私の準備を待ってくれている。急いで支度をして乗り込む。
学校まで送ってもらい。私は荷物を両手に中庭へ向かった。
すでにバンドメンバーが来ており、小さな音で練習をしていた。
私は、早く生のライブを見たくてわくわくしている。私の好きなバンドのコピーをやるからだ。
練習風景は一度しか見れていない。だって部室で練習してるんだもん……。でも今日は見れる。調理テントの中からだけど。
私はそれを横目に、クーラーボックスに食材を詰めていく。
今日は校内解放で一般人は入れない。明日の一般開放に向けての大きなリハーサルみたいなものだ。
続々とクラスのメンバーが集まり、全員で準備を終えた。
その後、全校生徒が体育館に集まり、校長先生や生徒会から『楽しい学校祭にしましょう』的な挨拶があり学校祭が始まった。
不安はあったが、始まってしまうと中庭は生徒達で大変なことになった。
うちの軽音部メンバーは巷で有名らしく、生徒内に結構ファンがいたのだ。
そういうのは事前に伝えておいて欲しかった。
ギターボーカルの
ベースの
ドラムの
この3人の3ピースバンドで、バンド名は『スニーカー』。名前の由来は知らない。
土日にはライブハウスでライブをしているらしい。
自主制作CDもあるとのこと。今度聞いてみようかな。
学校祭パンフレットに、私たちのミニステージの予定が小さく載っているせいもあるのか、女子達がライブ15分前からミニステージの前に集まっている。
その彼女たちの目的であろう女装姿の山瀬君は、私の隣でカフェメニューの『ムンムンワッフル』の盛り付けをしている。ムンムンの要素はない。
私の右側のホットプレートでは、彩月が『男のオムライス』を作っている。彩月が作っている時点で女のオムライスなのは置いておこう。
私は周りを汚くするだけと彩月に怒られているので、お皿の準備しかさせてもらえない。一応リーダーなんだけどな……私。
ひと段落して、私と彩月も見て回る時間を貰った。
ライブを調理テントから見ることが出来たのだが、岸本君の暴れっぷりに若干引いてしまった。よくあんなに動きながら弾けるなと感心してしまう程。そして普段とのギャップ。
その事を彩月と話しながら学校内を回った。
最初に入ったのは占いの模擬店。中庭でここの占いが当たると噂になっていたのだ。
入り口で受付の女の子から『月』と書いたカードを渡された。同じ文字の書かれたブースに入ってくれとのこと。
中は黒い幕でいくつか仕切られていて真っ暗に近い。床に置かれた小さな照明が、月、太陽、星などが書かれたブースを照らしている。
私は言われた通り月のブースに入る。すると、魔女のような衣裳に身を包んだ女性に迎えられた。
「ようこそ占いの館へ。どうぞお座りください」
声はとても低い。
私は座る。
「さあ、何を占いましょうか?」
そう言いながら、魔女さんはタロットカードを机の上に置いた。
来たのは良いが、何を占ってもらうか決めていなかった。
「あ、あの、今後の人生を……」
早くしなきゃと思い言ってしまったが、今後の人生って……。
「かしこまりました」
魔女さんはカードを切ったあと机の上に並べた。そして何かを唱えながら手をかざして、一枚のカードをめくり顔を近づけてくる。
「出ました。……近いうち……あなたの前に強敵が現れるでしょう。でも、恐れてはいけません。強敵と書いて友と読みます。昨日の敵は今日の友……。もし、あなたがそれに恐れをなした時、後悔はやってくるでしょう」
かなりの迫力で言ってきた。顔もかなり近い。ちょっと怖い。
「は、はあ。近いうちって……どの位ですか?」
私は顔を引きながら訊く。
するとまたカードを一枚選びめくった。そして顔をさらに近づけてくる。
「とても近いです。明日かもしれませんし、あさってかもしれません。7日以内には現れるとカードは言っています」
「は、はい」
私はエビぞり並みの体制で顔を引く。この人すっごい近づいてくる……。
すると、小さな音で『ピピピ』と電子音が聞こえた。それを合図に魔女さんは明るい声で言ってきた。
「はーい時間でーす! ご来店ありがとうございました! 帰りにそのカードを受付の人に渡してください」
と、にっこりしている。
「は、はい。ありがとうございました」
教室から出ると、先に入っていた彩月が待っていた。
「おっかえりー! なに占ったの?」
笑顔で訊いてきた。
「うん、今後の人生……」
「え、なにそれ! で、なんて言われた?」
「強敵が現れるって。なんか意味わかんなかった……。ここ当たるって嘘だよきっと」
私は笑いながら答えた。
「ふーん、強敵ねえ……部活はもう引退してるし。なんだろうね?」
「わかんない。で、彩月はなに占ったの?」
彩月は珍しく顔が赤くなった。恋愛でも占ってもらったのかな?
「うーん。ナイショ! 恥ずかしくて言えない」
彩月はぶりっ子っぽく言ってきた。
いつものアホ面は何処に行ったんだ! かわいいぞこんちくしょう!
「もー教えてよ! お、ね、が、い!」
私もやり返す。
「やーだ! それより、浜田君探しに行こう! きっと実行委員でさびしい思いしてるだろうしさ!」
きっと彩月が会いに行ったら浜田喜ぶだろうな……。
「オッケー! 行こう」
私たちは差し入れの焼きそばを買い、浜田を探した。
浜田は校庭の見回りをしているという情報を手に入れ、校庭に向かうと腕章を付けて空を見上げている浜田を発見。
私は携帯を取り出し、メールチェックのフリをした。
「なんかうちのクラス忙しいみたい。ちょっとヘルプ行ってくるね! 彩月はゆっくりしてていいよ!」
「え。私も行くよ! 千夏じゃ忙しさ増すだけじゃん!」
「大丈夫大丈夫! 私の女子力信じて! じゃー行ってくる」
私は焼きそばを彩月に渡し、走ってその場をあとにした。
しかし危なかった。私の女子力の無さがこんなところで邪魔してくるとは……。
一人だとつまんないし戻るか。
中庭に戻ると、分かってはいたが全然忙しくなかった。彩月が戻ってきた時の言い訳考えておかないとな。
やることないし『女装ズ』と記念撮影でもしようかな。
「中田ー! 写真撮ろう! 写真」
私は手を振って呼ぶ。
ピンクのフリフリワンピースの中田は、こちらに気付くと変なダンスをしながら寄ってきた。頭は坊主丸出しである。さすが野球部元キャプテン。ノリの良さは完璧だ。
「おう七崎! ついにお前は俺のこの美貌に惚れたか! 一枚100円な! あ、待って、お色直ししなきゃ」
そう言ってポケットから口紅を出し、変な顔で紅をひく。
こいつ。こんな小ネタまでやってたのか。
「その感じ相変わらずうっさいわー。そのお色直し何回目さ?」
私は笑いながら言う。
「ん? 7回目。ってかお前矢元と撮んなくていいのか? 呼んでくる?」
「あーいいよいいよ呼ばなくて」
私は腕を掴んでそれを阻止する。
「いいやダメだ! 最近のお前らはらしくない! 俺は七崎劇場が結構好きなんだ。喧嘩したなら仲直りしろ!」
そう言うと、私は中田に担がれた。
「ちょ、七崎劇場って何! おろしてー」
私は暴れるが、元野球部のパワーにはビクともしなかった。
「結局お前にパシられる矢元とか、口喧嘩で結局負ける矢元とかそういうのが七崎劇場! あのスカしイケメンをコテンパンにしてるお前が面白い」
「なんだそれー!」
私の抵抗も虚しく、中庭の隅にいた謙の横にポンと下ろされた。
「ほら七崎、携帯よこせ。撮ってやるよ」
と、半ば強引に携帯を取られて『カシャ』という音が鳴った。
「じゃーな! ほらよ、携帯」
中田はそういって携帯を私に投げ渡し。変なダンスをしながら戻っていった。
重い沈黙の中、私は携帯の写真を確認した。
斜め下を向き不細工な顔の私。隣の謙は、黒のチャイナドレスにガ二股で、金髪のかつらをかぶりカメラ目線の真顔。
シュールすぎる謙の顔で私は思わずふきだしてしまった。
「なんだよ。俺にも見せろよ」
あまりにも自然体な謙の雰囲気に、私が意識し過ぎていると実感する。
謙は何も変わっていない。あの日から今日までの準備期間で、私はどれだけ乾いた態度をとっただろう。
ただの友達ならとっくに嫌われていると思う。それでも謙は変わらないのだ。
私は携帯を渡した。
含み笑いでそれを見る謙。
「なんでそんなに普通なのよ」
私はしゃがみ込んで地面の草を適当に千切る。
「普通ってなんだよ? この写真あとで送っておいて。お前の顔ウケる」
謙もしゃがんだ。
「だって……私、冷たく接してたから……」
「……たまにお前そういうときあるじゃん。試合負けた後とかさ。……で、いつの間にかまたうるさくなる。……そんなこと言うなんてどうした? お前なんかあったの?」
なんかあったよ……。でも言えないよ……。謙の口から真実を聞きたくない。絶対泣いちゃうもん……。
「なんにもないよ。じゃ、私向こう行くね」
「あのさ――」
「じゃーね」
謙が何か言いかけた気がしたが、私は逃げるようにその場から離れた。
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