「CY上の点S」 1しぇーぷ
次の日。19日火曜日。
目覚ましの音で目を開く。重りを付けたように瞼が重い。
カーテンを開けると、昨日の雨が嘘のような快晴。道路に水たまりはあるが、昼頃には無くなっていそうだ。
私は学校の準備を終えて家を出た。
昨日はお母さんに凄く怒られた。
お母さんは玄関から廊下と階段が濡れている異変に気付き、私の部屋に突入してきたのだ。
人間業とは思えない速さで服を脱がされ、私は風呂場に投げ込まれた。
高校生にもなって、母親に服を脱がされると思っていなかった。
シャワーから上がると『床濡らしたならちゃんと拭きなさい!』とか『服濡れたなら着替えなさい!』とか『風邪ひいたらどうするの!』とか……。
がみがみと怒られたが、それはお母さんなりに普段通り接してくれてたんだと思う。
何があったのかは訊いてこなかった。きっと全てお見通しなんだろう……。
お母さんってすごいなって思った。
教室に入ると何やら騒がしい。団らんの騒がしいではなく様子がおかしい。皆真剣な顔をしている。その中心にいたのは浜田である。
謙はまだ来ていないようだ。彩月も見当たらない。
私はどうしたのか浜田に尋ねた。
「結構やばいことになった。学祭の教室割が出たんだけどさ……俺らのクラスの場所が書いて無いんだ」
浜田はそう言って教室割のプリントを見せてくれた。
確かに私たち3年C組の表記が何処にもない。
「どういうこと?」
私は混乱する。
「まだハッキリしてないけど。生徒会側での記入ミスか、本当に教室が無いかだ」
すると野球部の中田が怒鳴るように口を開いた。
「おい浜田! お前がちゃんと会議に提出しなかったんじゃねーのか?」
「会議はちゃんと出てるし、教室使用届だってちゃんと提出した!」
と浜田も怒鳴るように言い返す。
「ちょっと! 喧嘩はダメ! まだはっきりわかってないんでしょ? 生徒会と先生に確認してみよう?」
私はドキドキしながらも仲裁に入る。
教室は険悪なムード。
そんな中、教室のドアが勢いよく開かれ彩月が入ってきた。そして口を開く。
「今先生に確認してきたけど。3Cからの届は出てないって……。私も一緒に使用届のファイルの中探したけどなかった……」
「そんな……俺はちゃんと出したぞ! はっきり覚えてる! 俺も職員室行ってくる」
浜田はそう言って教室を出て行った。
「きっとあいつ提出すんの忘れてたんだろ? それをああやって誤魔化そうとしてるんだ」
と中田。
その言葉に私の何かがプツリと切れ、気付くと中田の胸ぐらを掴んでいた。
「浜田がそんな嘘つく訳ないでしょ! 浜田がもし出し忘れてたら素直に謝ってくるでしょ! あんたそれでも同じクラスメイト? きっと何か手違いがあったに決まってる!」
クラスが騒然となる。
「おいやめろ! 落ち着け! 千夏!」
と後ろから聞こえる。
私は誰かに両脇を掴まれて、中田から引き離された。
「もう、離してよ!」
私は振りほどいて、振り向いた。
私を引き離したのは謙だった。肩に鞄を掛け、今まさに来たところだろう。
私は固まる。そして少し冷静になった。
「お前らしくないぞ。どうした?」
私は謙を無視し「中田……ごめん」と中田に頭を下げた。
中田はシャツを直しながら「俺も悪かった。あとで浜田にも謝る……」と言って、自分の机に座った。
昼休みになると、教室に生徒会が入ってきた。
そして、今回のことについて謝罪をしてくる。
話によると、どうやら生徒会内で届の提出ミスがあったようだ。さらに、今から教室の再振り分けができないことも告げられた。
空いている教室は無く、あるのは校庭の一画と中庭だけと告げられる。
放課後。
いつもなら、クラス企画とステージ企画に分かれて準備するが、今日は全員でのミーティングとなった。
教室を使った模擬店をやる場合は、準備などが大変なためクラスの半分でクラス企画をやることが多いのだが、それをやる場所が無くなってしまった。
校庭の一画は、小さな露店として使うことが多い。今から露店に変更すると人手が余ってしまう。
例えば、ステージ企画にかなり力を入れる場合は3分の2以上人数を当てて、クラス企画は少人数で済む露店をやる。
だが、クラス企画とステージ企画両方を頑張ろうとしていた私たちのクラスは、もう演劇側は役者や台本が完成していて、今から変更するのはかなり無茶があるだろう。
かといって、20人近くいる女装カフェメンバーで露店は色々とおかしい。半分以上の人が手持無沙汰だろう。
私たちは最後の学校祭なのだ。そんな露店はやりたくない。
そして、もう一つ空いている場所が中庭。
中庭は、ゴミ置き場として使われることが多い。さらに、そこで出し物をやっているのは見たことがない。過去2年ではそうだった。
でも広さは十分あるので、20人でやることはできる。
ただ、広さが十分ありすぎるため、そこで女装カフェをやってもこじんまりしてしまうだろう。
と、クラス内の意見でも同じようなことが挙げられた。
中庭でやるにしても集客が必要になる。女装というだけでは集まりが弱い。
教室を使える場合、隣からお客さんが流れてくるし、廊下を歩いているだけで目に入る。中庭は目に付きにくいだろう。
「はいはーい。中庭でやるにしても集客をどうするか。意見ある人は挙手挙手!」
浜田は朝の出来事がなかったかのようなテンションで教卓をノートで叩く。
その時一人の救世主が手を挙げた。
浜田は「はいはーい。小林! どーぞ」と声を上げる。
そう彩月である。浜田に丸めたノートを向けられるとスッと立ち上がる。
「中庭で音って出してもいいの?」
「音? どんなやつ? BGMってこと?」
浜田は訊く。
「ううん。楽器の音。ギターとかドラムとか」
「うーん」
浜田は顎に手を当てて考えている。
すると、教室の一番後ろで皆を見守っていた高崎先生が口を開く。
「音オッケーだぞ。ダメだとしても先生がなんとかしてやる」
彩月はそれを聞いて考えを告げる。
「せっかくこのクラスの男子は軽音部とダンス部揃ってるんだからさ。カフェやりながら30分か1時間おきにライブしちゃうのどう? バンドとダンスを交代でさ! 女装衣裳もあるんだし、女装してライブとか楽しそうだと思わない?」
クラスで拍手が起きる。
でも、私たちだけがそんな大規模にやっていいのだろうか?
皆同じことを考えているらしく、目線は高崎先生に向いた。
「ま、任せておけ! 先生頑張ってみるから。ちょっと職員室行ってくるな。教頭先生に訊いてくる」
先生が出て行ってから教室はしんとしている。
20分ほど待っていると先生が帰ってきた。
「許可がでたぞ! 皆好きにやれ!」
クラスは『おー!』と盛り上がった。
浜田は前に出ていく。
「よし! そうと決まったら準備やるぞー! カフェ側は忙しくなるな。俺も手伝うからよろしく!」
10月5日、学校祭前日。
最後の準備を終え、明日に備えて早めの解散となった。
かなり忙しかったが『教室がない事件』からクラスの団結力は向上し、なんとか間に合った。
団結力が向上したのはいいが、私は謙と以前のように話すことが出来なくなっていた。
準備中の会話は出来ていたが、それ以外の日常会話はしていない。プレゼントも渡せていない。
だって……。
あの時私が見たものは、まぎれもないカップルだ。腕を組んで相合傘してて付き合ってませんは無いだろう。
あの彼女だって、謙が他の女の子からプレゼント貰ったら嫌だと思う。
だからプレゼントはクローゼットの奥にしまってしまった。自分で着けようかとも思ったけど、大きすぎて変だと思う。
この出来事を彩月と浜田には相談した。
二人ともかなりびっくりしていて、見間違いじゃないのかと私を疑っていた。
長年幼馴染やっている私が見間違えるはずがないのだ。立ち方や歩き方、ポケットに手を入れているときの姿勢など、遠くからでも判別できると思う。
それを数メートルの距離で見たのだから……あれは絶対謙だ。
謙の『片思いの人』は、二人とも私のことと思い込んでいたが間違いだった。
彩月は私に何故か謝ってきた。きっと、以前にそれが私のことと言ってしまったからだろう。私は全然そのことは気にしていない。
そう。誰も悪くは無いのだ。謙に彼女がいたって普通のこと。
謙が他の女の子に冷たいのだって、ただ女の子に耐性が無いだけだ。謙を意識して見るようになってからそれは分かった。
私には幼馴染で慣れがある。だから本来の自分を出せていたんだろう。仲がいい彩月にだって普通に話している。
私の髪を切ってくれたのも、次の日美容室が休みで、自分がやってあげないと私が困ると思ったからだろう。
優しいのだって昔からのことだ。私が意識してしまっていたから……。浜田だって優しくしてくれる。つまりそういうことだ。
プレゼントくれたのだって、今に始まったことではない。
そういえばあの子も癖毛だった。パーマかもしれないけど。謙にやってもらったのかな……。
前に謙のおじさんがそんなようなことを言ってた気がする。
私がしっかりすればいいんだ! そうだ。謙はただの幼馴染! 親戚みたいなもん! そうだ。
「おーい千夏ー、帰るよー」
「あ、彩月ごめん。今行くー」
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