「CY上の点S」 3しぇーぷ

 次の日。学校祭一般開放が始まった。


 昨日はカフェのメニューがすぐ完売してしまったので、今日は多めに材料を用意した。

 皆気合が入り、順調に事は進んだ。


 そして時刻は12時半。ミニステージでのダンスが終わり、お客さんの拍手が聞こえてくる。

 次は13時15分から『スニーカー』によるバンド演奏。

 

 私は女装ズから注文を聞くのと、お会計に徹しながらもスケジュールを頭で確認する。

 ワッフルを作っている岸本君に私は指示を出す。


「岸本君、次13時15分からだからここ抜けて準備行っていいよ!」

「了解です。これ、タイマー鳴ったら出しといてください」

 そう言いながらワッフルメーカーを指さしている。


「ほいほい!」


 タイマーが鳴り、私は焼きあがったワッフルを取り出した。

 すると、準備に向かったはずの岸本君が大慌てで私の元に駆け寄ってきた。


「山瀬がいません! 七崎さん! 山瀬知りませんか?」

「えー! さっきまでそこら辺にいたと思うけど……」


「皆に聞いたんですけど知らないって。どこ行ったんだろう、ライブまであと40分しかないのに」


 すると、この話を聞いていたのか。彩月の声が横から入る。


「千夏、ここは私に任せて! 山瀬君探しに行って!」

「うん。彩月お願い! それで岸本君、電話はしてみた?」


「それが通話中なのか繋がらないんですよ。もー、こんな時にどこ行ったっていうんですか……」

「とにかく繋がるまで掛け続けて。私は校内探してみる。見つけたら連絡頂戴!」


 私は校内を走りながら声を上げて探す。


 もー。ほんとどこ行っちゃったのよ!


 一階と二階、三階、屋上を全速力で走って探したがいない。あとは体育館。

 私は全力で階段を下る。そして一階に着くと誰かが私を呼びとめた。


「七崎!」


 声の主は高崎先生。かなり慌てた様子である。


「先生! 山瀬君見ませんでしたか? もうライブ始まっちゃうんですよ!」

「それなんだが。山瀬がさっき職員室に来てな――」


 先生から衝撃の事実を聞かされた。

 山瀬君の母親が事故に遭ったそうだ。父親から直接山瀬君の携帯に連絡があり、すぐに病院に向かったそうだ。

 

 私はこの事実をメンバーに伝えた。


 中庭は『スニーカー』を見ようとするお客さんで賑わっている。


 どうしよう? 女装ズは接客に走りまわっている。調理側も作るのが間に合っていない。


 どうしよう! ダンスメンバーにステージを変わってもらうか。


 どうしよう……。 


「代わりに弾ける人いない?」

 私は岸本君と相場君に訊く。


「このクラスの軽音部員は僕たちだけです。他の軽音部は自分たちのクラスで手一杯でしょうし」

 岸本君は顎に手を当てている。


 あぐらをかいて考えていた相場君が、何かを閃いたように口を開いた。


「あ! 浜田なら弾けんじゃね? あいつギター好きって言ってなかった?」


 確かに。浜田は夢がミュージシャンだったって言ってたな。でも、ギターを弾けたとしても、曲を弾けるかどうかだ。


 私は浜田に電話を掛ける。電源切って無きゃいいけど。

 すると、浜田は電話に出た。


「浜田! 大変なの! 山瀬君がね――」

 事の説明をした。


 私が電話で『浜田弾ける?』と訊いていると、中庭の向こうから電話を耳に当てたまま走ってくる浜田が見えた。

 私は電話を切り、走ってきた浜田に訊く。


「浜田! 弾ける?」

「弾けるんだけどさ……スニーカーって3ピースだろ? 俺弾きながら歌えないんだよ。ボーカルがいないと……。やる曲は俺も好きなやつだから弾くのは問題ない。『キックルズ』の曲はベースが難しいから、岸本にベースボーカルやってもらうのは無理だろうし。『キックルズ』の曲歌えるやついねーの?」


 キックルズは男性3ピースのバンド。このバンドの曲をスニーカーがコピーしてミニステージでライブしていたわけだが……。


 キックルズは、ライブバンドなので一般的な知名度は低い。野外フェスとか好きな人は知っているが、Jポップしか聞かない人は知らないだろう。


 ミニステージ公演まであと15分。


 私のクラスでキックルズの話題は聞いたことが無い。準備期間中キックルズのコピーやるって山瀬君が言いだしたときも、私と浜田しか喜んでいなかった。


 そう……私、しか……。


「……わ、私が歌う!」



 即席でスニーカーにメンバー入りした私。

 いくつもの机の上に木の板を張り付けたミニステージ。その上に立つ私。


 最前列で待ち構えているお客さん達。その後ろの手作り飲食スペース。ビデオカメラを回している誰かの親。走りまわっている女装ズ。左手には調理テント。中では彩月がせっせと働いている。


 バンドメンバーは楽器の最終チェックをしている。


 私の後ろからは内臓を震わせるドラムのキック音。


 右からはステージをも振動させるベースの重低音。


 左からは歪みの効いているギター音。


 私はマイクを握り「あ、あ」と声を出してみた。


 中庭が少しざわつき始める。『山瀬君はー?』『メンバー変わったの?』と。さらには『ちょっと千夏何やってんの!』と彩月の声まで聞こえてきた。


 急いで決めたため、クラスメイトにはこの事を告げていない。

 女装ズや調理メンバーからしたら、この光景は何事かと思っているだろう。


 私は緊張から足が震える。


 カラオケで歌うのとはわけが違う。バスケの試合とも違う。練習していたわけでもない。

 キックルズは大好きだ。CDにDVD全部持っている。キックルズのマスコットであるカエルだって大好きだ。大丈夫。歌詞だって見なくてもほとんどの曲を歌える。


 大丈夫。


 私は覚悟を決めて口を開く。


「こ、こんにちわー」

 おもいっきり声は裏返り、顔がカッと熱くなる。


 この声で中庭に笑いが起きた。


『がんばれー!』『いいぞー』『かわいい!』と声も上がる。


 横を見ると浜田は笑っている。そしてグッジョブサインを出してくる。

 狙ったわけじゃないんだけどな……。でも少し楽になったかも。


「えっと。まずギターボーカルの山瀬君なんですが、急遽事情があり出られなくなってしまいました。楽しみにしていた方々申し訳ございません」


 私は頭を下げ、続ける。


「山瀬君の代わりに私七崎がボーカル、ギターの浜田が入ってライブをやります! 精一杯頑張ります! では聞いてください」


 私が打ち合わせ通りに手を挙げると、後ろからスティックの音と共に『ワンツースリフォー』と相場君のカウントが聞こえ、ミニライブが始まった。



「ありがとうございました! 次は14時30分に、ここで最後のダンスライブがあります。よければ次も見に来てください」

 歓声の中頭を下げる。


 マイクを握っている右手は痺れているように感覚がない。肩と肘が震えている。汗が鼻先に流れる。

 色々な感情が胸を圧迫していた。皆の前で歌ったという恥ずかしさ。代役という責任。緊張感。そんな負とは逆に、楽しかったという単純な矛盾。


 そんな感情で一杯な私はニヤけ顔で涙が出ていた。それがばれないように顔を作り直しステージを下りた。

 私が真っ先に逃げるように向かったのは……。


「彩月ー!」


 オムライスを作っている彩月に抱き着く。


「千夏頑張ったね! かっこよかったよ!」

 そう言いながら私の頭を撫でてくれる。


「めっちゃ緊張したよー。彩月ー」

 私は、チキンライスの匂いが染みついた彩月の胸に顔を埋める。


「こら! 人前でそれはしない約束でしょ! でも千夏があそこに立ってる時はビックリしたよ。山瀬君なんかあったの?」


 私は事情を説明した。

 彩月はかなり驚いたようで、山瀬君の心配をしていた。私ももちろん心配だ。自分の母親が事故に遭ったなんて聞いたら、私だって飛び出して行ってしまうだろう。


 暗い雰囲気の中、私たちは作業を続けた。

 学校祭は15時30分に終わる。あと一時間しないで終わるのだ。

 


 バンドライブの後客足は落ち着いていたが、ダンスライブの時間が近づくにつれてまた忙しくなりはじめる。

 私はクーラーボックスから材料を取っていると、彩月の「いらっしゃいませー」という声が聞こえた。

 すっかり受付係になっている私は急いで受付に向かった。


「いらっしゃま……」  

 私は固まった。


 注文をしに来たお客さんは二人の女性でどちらも知った顔である。

 一人はとても懐かしい人。理奈お姉ちゃんだ。しばらく会っていなかったが、おしとやかな雰囲気はまったく変わっておらず、優しい顔つき。昔のままだ。

 変わったのは、真っ黒だった長い髪が優しい栗色になったくらいだろう。


 しかし、そんな懐かしさと久しぶりに会えた嬉しさを津波のように攫っていってしまう存在が隣にいた。


 雨の日の……あの時の女の子……。


 私の思考停止を全く気にせず理奈お姉ちゃんは話しかけてくる。


「千夏ちゃん久しぶりね。すっかり大人っぽくなっちゃって。千夏ちゃんさっき歌ってたでしょ? 見てたぞー」


 まるで本当のお姉ちゃんのように接してくるその優しい笑顔で、昔を思い出す。

 私の思考は複雑だ。私の右向かいにいる理奈お姉ちゃんを見ればいいのか、左向かいを見ればいいのか……。

 理奈お姉ちゃんは続ける。


「私はワッフルにしようかな? 咲希さきは何食べる? 同じのにする?」


 咲希と呼ばれた私の左向かいにいる彼女は、まっすぐ私を見ている。思わず目を背けたくなる。

 私がその眼力に負けそうになったとき、彼女は指をまっすぐ彩月の方を指して口を開く。


「何故? ……女の子が作っているのに男のオムライスなの?」

「え?」 


 私は思わず声が出た。覚悟していた予想とは全く関係のない彼女の発言に。

 白く凛とした顔にまったく引けを取らない透き通った声。


「ちょっと咲希! 女装カフェなんだからなんとなく察しなさいよ」

「嫌。あたし気になるもの。どうして男のオムライスなのかしら? あたしはユズルンに作らせればいいと思うわ。そうすれば男のオムライスになるもの」


 ユズルン? 何を言っているんだこの人は?


 この呆気にとられる発言で私の思考は再起動する。

 私の脳から発せられた指令は『無視』することだ。

 私の人生の中で、このようなタイプの人は無視するのが定石と脳に刻まれている。テレビでそう教わった。特にバラエティ番組で。

 大人数アイドルグループによくいる不思議ちゃん。司会にいじられて笑いを取る天然系芸人で一対一だと会話が成り立たない人。それらと同じオーラを出しているのだ彼女は。


「理奈お姉ちゃん久しぶり! ワッフルおいしいよ! なんたって材料は私ん家の使ってるからね。ってか謙の女装見た? めっちゃ笑えるよね」

「見た見た! 写真いっぱい撮っちゃったもの。ふふ、千夏ちゃんが指名したんでしょ? 女装リーダーに。グッジョブよ」

「あたしは気になるわ。女の子が作ってしまっては男のオムライスじゃないもの」


「理奈お姉ちゃんたまにはこっちに帰って来てよー。また遊ぼうよ! 昔みたいにさ」 

「こっちに来ても遊ぶところないじゃない! ふふ、また公園で鬼ごっこでもするの?」


「それもいいかな。でも一番は理奈お姉ちゃんがワインディング13分で巻くの見てみたい!」

「あら。千夏ちゃんの口からその単語が出てくるとは思わなかったわ。どういう風の吹き回し?」


「私ね、美容師目指すことにしたの! それで、謙から色々聞いてたら、理奈お姉ちゃんが美容学校でワイコン優勝したとか聞いてさ。私一本巻くのに5分も掛かったんだよ」

「千夏ちゃんが美容師かあ。ワインディングは最初皆そんなもんよ。私だって最初は巻けなかったもの。ふふ、それなら今度謙と私の家に遊びにおいで! 色々コツとか教えてあげるから」


「謙と……。一人で行っちゃだめ?」

「一人で? ……もしかして喧嘩でもしてるの? あなたたち喧嘩とかするんだねー」


「喧嘩とかじゃないんだけどね……」

「あたし女の子が作った男のオムライスにしようと思うわ。だって気になるもの」

「さっき謙と話したとき普通そうだったけど……。千夏ちゃん、何かあったなら話聞こうか? 謙が悪いなら私がぶっ飛ばしてあげるから」


 ちょいちょい不思議ちゃんの声が聞こえたが無視しておこう。というか、理奈お姉ちゃんも無視してるような気がする。

 しかし、理奈お姉ちゃんに相談してもいいのだろうか? その張本人謙の彼女である方が左向かいにいるんだよなあ。どうしよう。

 さらに、この人のぶっ飛ばすは本当にぶっ飛ばすからなあ。昔よく謙はぶっ飛ばされてた。

 優しい理奈お姉ちゃんだけど、弟に対しては鬼のように強い。


「ちょっと千夏! お客さん後ろつっかえてるから早く注文取って!」 


 彩月から怒りの催促が入った。

 確認すると、理奈お姉ちゃんたちの後ろに列が出来ていた。


「理奈お姉ちゃんごめん。ちょっと混んできちゃったからまたあとで話ししよう? 注文は何にする?」

「そっかごめんごめん。私こそ話し込んじゃったね。じゃーワッフルと……咲希は?」

「女の子が作った男のオムライスにするわ」



 その後、理奈お姉ちゃんたちはダンスを見た後私に連絡先を教えてくれた。


 ダンスライブ中、理奈お姉ちゃんと咲希さん、謙の三人で楽しく話していたのを私は調理テントから見ていた。

 プレゼントを買いに行った日の出来事が蘇り、泣きそうになったけど我慢した。


 ってかあの咲希って子は何者なの? 理奈お姉ちゃんと二人でここに来てたから友達なのかな?

 謙の彼女になってからお姉ちゃんとも仲良くなったのかな……。謙はあんな子が好きなの? 確かに容姿は綺麗で背も低いから可愛いけど……不思議ちゃんだよ?


 なんだろ……悲しさより腹立たしくなってきた。


「千夏ー、早く片付けて帰ろー」


 もう生徒しかいない中庭で、私がゴミ袋片手に呆けていると彩月から声を掛けられた。


 一般開放が終わり、今日は簡単な片づけをした後解散となる。本格的な片づけは明日行われる。その後恒例の告白タイムがある。


 私は彩月に軽く返事をし、ゴミ拾いを再開しようと足元に落ちている紙皿を拾おうとする。するとポケットの携帯が振動した。

 確認するとメールの着信だった。『矢元理奈』と出ている。


『今日夜暇? 夜ご飯ご馳走してあげるから二人で話しの続きしない?』


 私は了解の返事をして。後片付けを急いだ。



 夜7時。私は約束通り家の前で待つ。

 すると、一台の軽自動車がゆっくりと近づいて来て私の前に停まった。

 最近テレビのCMでよく見る軽自動車。色んなカラーがあり結構人気のある車種。

 目の前の車はオレンジで屋根が白。中では理奈お姉ちゃんがこちらに手を振っている。


 私は助手席に乗り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る