「点Cが目指すもの」 2すらいす
ノックをし職員室に入ると、担任の
高崎先生は生徒から人気の高い男の教員で、教科は理系。彩月が好きそうなメガネのキリッとした顔つきで背も高い。180以上はあると思う。歳は27だったはず。ちなみに独身らしい。
周りの女子生徒たちはよく騒いでいるが、私はタイプではないからどうでもいい存在。ただの担任なのだ。
職員室窓際の奥の机、そこが高崎先生の机だ。私は向かう。
「七崎、どうだ? 決まったか?」
そう言いながら、一枚のプリントを机の上に置いた。
進路希望調査のプリントだ。予想通り。以前私が記入した『特になし』が、これからの会話の内容を物語っている。
「いえ、まだ決まってません」
「そうか……もうそろそろ決めないとな。大学に行きたいとか、おおざっぱな目標はあるのか?」
「いえ、ないです」
高崎先生は腕を組み。少し何かを考えた様子のあと口を開く。
「七崎の家はケーキ屋だから、最終的には家の仕事ある……ってので心配はしてないが。ここに書いて無いってことは、恐らくやりたい事ではないのだろう? 先生から言われると、口うるさく感じてしまうかもだが、高校からの進路ってのは、かなり人生を左右するんだ――」
「先生はなんで先生になろうと思ったんですか?」
私は話を折るように訊いた。なんとなく気になってしまったからだ。
「ん、まあ参考になるか分からんが。……先生には2つ離れてる弟がいてな、よく親から勉強教えてあげなさいって言われてたんだ。それが高2の時だ。弟の高校受験の教鞭を取れってことだな。最初は凄い嫌だったんだ。面倒臭いってな。でも、あまりにもうるさいから一回教えたことがあって、それが数学だった。弟はかなり頭が悪くてな、でも先生なりに考えて教えたんだ。そしたら、今まで赤点ばっかりだった弟が90点台を取ったんだよ。すっごい喜んで先生のところに答案用紙持ってきてな……。それが先生にとってすっごい嬉しかったんだよ。教えるのが嫌だったのに、自分の方が楽しくなっちゃってさ。小さなきっかけだけど、それが教員を目指した理由だな」
私はなんとなく、この先生が人気な理由が分かった気がした。
この人は、教員を仕事として考えていないんだ。教えるのが好きで、楽しいから。それで成長する生徒を見てさらに嬉しいんだ。
謙もそうだな。髪のことばっかり考えてて、そのことを話してる時はすっごい楽しそうで。
「おい七崎聞いてるか?」
「あ、はい」
「まあ、さっきと矛盾してしまうが、今の時代2、3年遅れても大丈夫だ。浪人で遅れる人もいれば、大学を出た後にやりたいこと見つけて、専門学校に行く奴だっている。……今日から、色んな仕事を見てみるといい、その中に七崎のやりたいことがあるかもしれないしな。それで自分に置き換えてみるといい。とりあえず今月中にはもう一回希望聞くから考えておいてくれ。今日はもう帰ってもいいぞ」
そう言って、新しい希望調査のプリントを手渡された。
私は職員室をあとにし、教室に向かう。鞄を教室に置いてきているので取りに行くためだ。
教室に入ると、謙が一人机に座っていた。私に気付くと声を掛けてくる。
「おつかれ、進路の話か?」
空のペットボトルをコンコンと机にぶつける。
「うん、謙はどうしたの?」
「お前を待ってた」
私は心臓が跳ねる。別にこういうことは珍しくもない。小中高と、長い間何度もあった普通のこと。そう普通のこと。私は自分に言い聞かせる。
「そ、そっか」
私は机に掛けている鞄を肩に掛ける。
「親父にお前ん家のシュークリーム頼まれてるのもあるんだけどな。今日はお前ん家方面で帰るよ」
「うん」
学校を出てお互いに自転車で帰り道を走る。
なんだろう、学校にいるときは普通に話せてたのに……急に会話が思いつかない。
ダメだ私……完全に意識しちゃってる。
「なんか、お前静かだな。朝はあんなにうるさかったのに。高崎になんか言われたか?」
「え、なにも」
謙は少し前に出て、私の顔を覗き込むようにしてくる。
私は顔を背ける。
「あやしいな。前にお前が言ってたみたいに俺だってお前の嘘くらい見抜ける。言ってみろ。聞くから」
言えねー! あんたを意識しちゃって、会話が思いつかないなんて言えねー!
ピンチだ、なんとかしてここを切り抜けないと。
「し、仕事! 将来何目指すか悩んでてさ……だから進路も決めれないし」
苦し紛れだが、相談する内容としては完璧だ。さっき呼び出されてたっていう相乗効果も乗ってなおよし。
「なるほどな……お前は、接客とかいいんじゃね? 明るいしさ。リーダーシップもある方だろ? バスケ部元部長だし。だから裏方より表に出てる仕事とかいいんじゃね?」
結構本気で相談に乗ってくれてる。なんか申し訳ないけど、いい機会だから続けよう。
「接客? 裏方?」
「そう、接客はアパレル販売とかウエイトレスとか。俺ん家の床屋もだな。ようはお客さんに直に関わる仕事だな。俺が言う裏方は、製造とか農家かな? 人より物に触れてる仕事。床屋で例えると。スタイリストは表で、そのスタイリストが使う道具を作ってる人が裏って感じかな。お前は表と裏ならどっちがいい?」
「表かな」
「やっぱな、中学の劇のときだってさ、大道具より役者やりたがるお前だもん。あと、座ってる仕事は向いてないだろうな、事務とか」
謙は笑いながら言った。
「確かに、事務みたいに動かない仕事はやだな」
「表でリーダーシップ……教師! ……は、お前頭悪いから無理か。部活の顧問とかもあって向いてそうだけど。やっぱ頭がな」
「ちょ、私だってやれば出来るんだからね!」
後半は私の頭の悪さについての口論になった。そして、私の家に到着。
私は自転車を玄関に停めて店側の表から謙と一緒に入った。
「いらっしゃいませー。ってお姉ちゃんか、お帰り。今日は謙ちゃんも一緒なのね」
お母さんがショウケースの向こうから笑顔で迎えてくれた。
「ただいま。謙がシュークリーム買いに来たってさ」
「こんにちは」
謙は頭を下げている。
「謙ちゃんこんにちは。矢元さんも好きねー、シュークリーム。あ、そうだ。謙ちゃん上がっていきなさい。新作シュークリームの試作品あるから食べて食べて」
お母さんは昔から謙が大好きである。きっと、私と小春は女の子だからだろう。
「それじゃお邪魔します」
謙はそう言って、我が家を歩くようにショウケース裏の家につながっている扉へ向かう。
私は謙にリビングで待つように伝えて、鞄を置きに一旦部屋に向かった。
自分で洗濯した謙のTシャツを持ちリビングへ戻る。
ソファーに謙が座っている。その上に髪がビショビショで肩にタオルを掛けた小春が座っている。パッと見兄妹にしか見えない。
「小春、お風呂入ったの?」
私は冷蔵庫から麦茶を取りながら訊く。
「うん、汗いっぱいかいちゃったの。だからお風呂入ったの。だから美容師さんごっこして!」
謙の上で足をばたつかせてワクワクしているようだ。その反動で謙も一緒に揺れている。顔は真顔でシュールだ。
私はお盆で3つのコップを運び、テーブルに置いた。
「今日は本物の床屋さんもいるんだぞー、やったね小春!」
私は小春の頬を指でつついた。
シュールな真顔が更に激しく上下する中、私は置き鏡とドライヤーを準備した。
試作品シュークリームも運びこまれ、謙は食べながらこちらを覗っているようだ。
私は小春の頭を乾かしている。
「あついー」
と小春。
「貸せ」
と謙。右手にはシュークリーム。
私はドライヤーを渡し、場所を譲ろうとする。
「いや、お前はそこでいい。俺がドライヤーあてるから、手だけやってて」
「う、うん」
私は左側を手櫛で動かす。
「根元乾かすときのドライヤーはな、髪に直接じゃなくて、手に当てて根元に風が行くようにするんだ。こんな感じで。これだと熱さを自分で感じれるから、お客さんが熱いかどうか判断できる」
謙が持つドライヤーは、私の手のひらに風が当てられている。謙は説明を続ける。
「で、そのまま手でテンションかけたまま、毛先まで一緒にドライヤーも動かす。毛先に向かうときは、髪の毛に平行に風が当たるように、ドライヤーを少し寝せるんだ」
そう言って、ドライヤーを返された。
なるほど、手に当てるのか。
それからは、小春の『あついー』が無くなった。
一通り私なりに乾かし終え、他に乾いていないところがないか探す。
根元は乾いているようだ、しかし、毛先がまだ少しだが冷たく感じられたので乾かす。見た感じ濡れてはいないが、ちょっと冷たいのだ。
「もういいぞ」
謙が止めてきた。
「でも、まだちょっと冷たいよ?」
「それでいいんだよ。やりすぎると、オーバードライって状態になって、静電気帯びやすくなる。毛が浮いたり、バサバサになる。あとダメージにもつながる」
それを聞いて私は心当たりがあった。この前の小春の頭をやってあげたときと、美容室で私の頭をやってもらったときだ。
小春をやってあげた時は、毛先を収めようとして、一杯ドライヤーを当てていた。美容室でされたのもそうだろう。
「なるほど」
「お前コーム持ってない? どんなのでもいいよ」
「コーム?」
「櫛だよ」
私はいつも制服の胸ポケットに入れている折り畳み式の100均で買った櫛を手渡す。
「最後は、こうやって根元にコームを下から入れて、軽く弧を描くように下に梳かす。で、優しく表面っと」
すると、少し乱れていた毛先が綺麗に収まった。
「すごい!」
私は素直に驚いた。
小春は元々直毛だが、いつも以上にツヤがあり、綺麗にまとまっている。
小春も自分で分かったのか、満面の笑みで鏡を見ている。
「やったー! おねえちゃんありがとう! わーい、ママに見せてくるー」
そう言って、走って出て行ってしまった。
私は、顔が気持ち悪くなっていた。腹の底から笑みがこぼれてくるとはまさにこのことだろう。
「お前、美容師いいんじゃね? 仕事さ。……今、笑いが込み上げてきてんだろ? その感じたまんねーよな?」
そっか、謙が私の髪切ってくれたとき同じ感情だったんだ。おじさんが『照れてんだよ』って言ってた理由が分かった。
私は謙に近付き顔をまじまじと見た。
「な、なんだよ」
「美容師! 私、美容師になる!」
「お、おう。ちょっと離れてくれ。……もしかすると、お前の天職かもしれないな。明るくて、話し好きで、リーダーシップあるし、学校での勉強出来なくてもいいし、出しゃばりだし。バスケでポジションポイントガードだったよな?」
「出しゃばり? バスケは
「ならかなり向いてる。視野が広いはず、あと状況判断。一つに集中しながら、他のことも考えるってのがもう出来る……よな?」
「うーん、例えば?」
「例えが難しいな。その、逆に視野狭くて、一つにしか集中できないと向いてないんだ。それは一昨日お前が身をもって経験してる」
「一昨日って美容室の?」
「そう、お前の担当は、パーマのおばさんに集中してたんだ。視野が狭くて周り見えないから、お前を放置。きっと忘れてたんだろうな。結果、どっちも最悪な結果だ。恐らく、混んでたなら予約の人も時間押してて、その日はヤバかったんじゃないかな?」
「なんか、難しい話しだね」
「お前に気付いてチェックしに来てくれたスタッフがいなかったら、根元もっと明るくなってたかもな。……で、チェック後すぐシャンプーしただろ? ってことは元々アシスタントは手が空いてたんだ。俺だったら、時間きたらチェックして、染まってればシャンプードライをアシスタントに任せて、おばさんに集中かな。ドライは半乾きで止めといてもらって、仕上げは俺がやる。仕上げなんて5分も掛からない」
「なるほど、要はうまくアシスタントを使うってことね。だから、指示出したり、攻撃を誰にさせるか考えてパス出すPGは向いてるってことか」
「そそ、周り見て最優先決めて、そのスタッフが出来る事をやってもらう。信用できるアシスタントなら仕上げ手前までしっかりやってもらう。そうやって自分の時間を作るんだ」
「へー、あんたほんとに高校生? 熟練スタイリストみたい」
「親父に仕込まれてんだよ。理論はてんでダメだけど、店を回すとか、技術に関してはまじで尊敬してる」
「おじさんってすごいんだ? ただのセクハラおやじだと思ってた」
「うん。セクハラは否定しない。で、話し戻るけど。向いてるとかの話は、お前が行ってるような美容室の場合だけどな。完全指名で担当しか触れない美容室だとまた別。個人技だからな。自分で予約管理して、最初から最後まで一人でやるわけだから」
「私は皆でやるところがいいかなー。アシスタントをこき使ってみたい」
「お前意外とSっ気あるんだな。……うん、あるな」
謙は目線を上に向けて何かを思い出してるようだ。
「ある?」
「だってよ、本屋行ったときだって、俺をこき走らせたろ! 10分で来いとか言って」
「なんのことかしら? でも、ちゃんとミルクティー準備してあげてたでしょ? 優しい私だわ」
「そこがやり方上手いよな。嫌に感じない」
「あんたMっ気あるんじゃない?」
「ねーよ」
その後、謙は店の手伝いもあるため、シュークリームを買って帰っていった。
美容師か。小春すっごい喜んでたな。ドライヤーは手に当てる。毛先はドライヤーを寝かせて風を毛先に向ける。
あれ? なんで寝かせるんだろう? あー、気になってしょうがない!
メールしようかな。……でも、今店の手伝いしてて邪魔になっちゃうかな?
んー、でも気になる。
『なんでドライヤー寝かせたの?』
私は気付くとメールを送信していた。
すると1分しないで返信がきた。
『キューティクル閉じてツヤ出すため』
キューティクル! 聞いたことあるぞ、確か髪の表面の鱗みたいなやつだ。シャンプーのコマーシャルとかでよく出てくるやつ。
やっぱり動きにちゃんと意味があるんだな。
『お手伝い中にごめんね、どうしても気になっちゃったから。そいじゃお手伝いガンバー!』
またすぐに返信がくる。
『大丈夫。暇なら遊びに来るか? 予約もなくて店誰もいないし。美容の本とか貸すよ。来るならバックルームから入ってきて』
速攻着替えた私は自転車を飛ばした。ドリフト気味に公園を曲がり、謙の家の裏に自転車を停めた。
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