「点Cが目指すもの」 1すらいす

 8月16日水曜日、12時頃。


 私は今、真っ黒のクロスに包まれ、頭にはラップを巻かれている。手には、もう読んだことのあるファッション誌。

 襟足の辺りが少し痒いが我慢しよう。

 

 高校の夏休みもあと一日なためか、店内はかなり混んでいる。

 7席のセット面に、カラーやパーマの放置時間を待つ席が4席。受付横の待合。この全てが埋まっている状態。私はカラー待ちの席だ。

 ここは、雑誌が手に取れるように、テーブルの上に置いてある。

 お客さんの中に知った顔も何人かいるが、話すほどの仲ではない。もちろん名前も知らない。ただ見たことがあるってだけだ。


 ここは『ビューティーサロン さちこ』。


 店の名前の割には若いスタッフも多く、お客さんも若い層が来ている……ようだ。

 ここはお母さんが行きつけなのもあって、私も通っている美容室である。

 違う美容室に行ってみたいと思ったこともあるが、美容室を変えるって結構勇気がいる。

 美容室を変えると、なんか記入させられたり、色々聞かれるのがちょっと面倒臭い。


 ということで、結局ここに来てしまう。


 謙にカラーしてもらおうかとも思ったが、ここのポイントカードが丁度溜まっていて、割引が効くというのもあり来たわけだ。


 私の担当はいつもの無愛想な人。ちなみに女性で歳は20代だろう。ギャルっぽい雰囲気の服装に濃いメイクと明るい髪。名前は小川おがわさん。

 今日も『根元のカラーですね? いつもと同じで?』や『このまま時間置きますね』という会話以外していない。

 ちなみに『このまま時間置きますね』から20分以上経っている。

 いつもは10分位で見に来るが、今日は忙しいからか私は放置されている。

 鏡越しに見ている感じ、小川さんは私の他に2人担当しているようだ。

 一人は私と同じ位の高校生だろうか? カラーで放置されている。

 もう一人は年配の方で、パーマを掛けに来ているようだ。見るからに性格のきつそうな人で、パーマを巻かれているときもしょっちゅう『痛い、毛が抜けちゃうんじゃないの? あなた大丈夫?』などと、棘のある発言をしていた。

 きっと、その年配の方に時間が掛かり、私は放置されているのだろう。


 私はメンズ雑誌に手を伸ばし、真ん中のページあたりのモテる男子特集を見る。


『モテる男子は匂いから』という見出しで、香水よりも、柔軟剤でモテよう。など書いてある。

 まあ分からなくもない。廊下ですれ違っただけで、酔いそうになるくらい香水付けている人とか……。

 車で一緒になったら間違いなく具合が悪くなるだろう。


 メンズ雑誌もなかなか面白いな。そう関心していると、一人の女性スタッフが私の元に来る。


「カラーの確認しますね、失礼します」

 そう言って、ラップの隙間から毛を一本引っ張りチェックし「少々お待ちください」と告げ、小川さんの元に駆け寄っていく。


 すぐに慌てた様子で小川さんも来る。同じようにチェックし「シャンプーしますね、シャンプーはアシスタントに代わってもらいます。こちらへどうぞ」と、クロスを取りシャンプー台へ案内される。


 シャンプーは気持ちよくはなかった。謙のシャンプーを経験してしまったからだろうか。

 シャンプーしてくれたスタッフは男性で、今年から見るようになった人だ。恐らく新人なんだろうが、動きはぎこちないし、変に気を使っているのか、力がとても弱く洗われている気が全くしなかったのだ。


 そのまま、乾かすのもやってくれた。

 仕上がりは、左側が跳ねている。更には全体的にバサバサでボリュームがすごい。まさに寝癖のようになっている。

 とてもじゃないが、このまま外に出るのは恥ずかしい。


 この新人君には何度か乾かしてもらったことはあるが、私の髪がまだ長い時の話だ。

 短くしてから来るのは初めてで、私のくせ毛とつむじの流れを理解していないと仕上げられないのだろう。


 もちろん、経験を積んでいるスタイリストなら、何のこともないのだろうけど……。


 私は鏡越しに新人君の顔を見て、既視感を覚えた。この前小春の頭をやってあげた時の私の顔……。


 そっか、この新人君も私と同じで悔しいんだ。思った通りに出来ない自分に。


「た、担当が来ますので、このまま少々お待ちください」


 私はまた放置される。


 小川さんはというと、パーマのおばさんの仕上げをしているようだ。「ここ、長いんじゃない?」などと聞こえてくる。

 鏡の中の鏡に写る小川さんも新人君と同じ顔をしている。


 この美容室って……。私は今まで無かった不快という感覚が生まれた。


 乾かしているときは気付かなかったが、リタッチしてもらったところもかなり明るく染まっている。

 きっと10分以上も長く時間を置いたからだろう。いくら素人の私でもそれくらいは分かるつもりだ。


 その後たんまりとスタイリング剤を頭に付けられて私はお会計を終えた。


 仕上がりの確認で鏡を見せるときも、一瞬すぎて確認なんて出来なかった。

 いつもより1時間以上長くかかってしまったことに対しても何の言葉もなかった。もちろん明るすぎる染まり具合に対してもだ。



 18日金曜日。今日は始業式。恐らく多くの学生が憂鬱を迎える日。私もその一人である。


 約1ヶ月ぶりの制服に袖をとおした。紺色のスカートに白のトップス、襟は紺で白ラインの入ったメジャーなタイプのセーラー。タイは赤。


 学校に着いた私は、夏休みが終わってしまったことより、美容室での一件を誰かに聞いて欲しい心中である。

 ということで、美容室での愚痴をマシンガンのように連発する。受ける相手は彩月と浜田だ。


「ほんとありえない! 待たされるし、明るすぎるしボサボサだし! 会話もないし、謝罪もないし! クレームの電話してやろうかしら! どんだけカラーの痒みを我慢したと思ってんの!」

「まあまあ、七崎落ち着けよ。次から行かなきゃいいことだ、それにクレームで行っても、また同じように施術されるだけだぞ。とりあえず座れ。俺を蹴るな」


 浜田は、腕組みをしてプンスカしている私を椅子に座らせる。


「じゃあさ、今度から私と同じ美容室に行く?」

 と、彩月。


「うーん、どこの美容室行ってるの?」 

「私は街の美容室だよ。完全指名制だし、私の指名してる人かっこいいよ?」


 その言葉に、浜田の顔がピクリとするのを私は見てしまった。


「か、かっこいいって俺とどっちがかっこいいんだよ?」 


 浜田はなんて無謀な賭けに出るのだ。やめておけば良いものを。相手は美容師だぞ。私は見守ることにした。

 彩月は顎に手を当てながら言う。


「んー、顔だけなら浜田君かな? なんか、かっこいいのタイプが違うんだよね。浜田君はイケメン系だけど、担当の人はワイルドな感じ! 髭生えててさ。男! って感じ」

「おっしゃ!」

 浜田は両手でガッツポーズをしている。


 きっと浜田には最初のフレーズしか耳に入っていないのだろう……。

 意外と彩月ってイケメン系が好きなのかな? 私の勝手なイメージだと、メガネかけた秀才でキリッとした感じがタイプだと思ってたけど。好きな漫画のキャラとか全部メガネ男子だったし。


「あ! 浜田君、下の自販機まで付き合ってくんない? すっごーい喉乾いちゃってさ」

 彩月は、入り口の方を見ながら言った。ちなみに棒読みである。


 彩月は、浜田の手を引き教室の入り口に向かう。


「ちょい、もうチャイム鳴るぞ!」

 と、浜田が抵抗しているが、顔はにやけている。


 二人が出て行くと同時に謙が教室に入ってきた。


 そういう事か……。私は納得した。

 謙は鞄を肩に掛け、右手にはミルクティーのペットボトルを持っている。

 なにくわぬ顔で私に「よ!」と手を上げて後ろの自分の席に着いた。

 窓側の一番後ろのいい席である。席決めは、クジ引きで決まったわけだが、実は壮絶なじゃんけん争いがあったのだ。


「あの二人どこ行ったんだ? 告白か?」

「んなわけあるかい! なんかジュース買にいったみたい」  


「ふーん、そういえばこれ忘れていっただろ? 俺のはいつでもいいよ」

 そう言って、鞄から私のTシャツを出し渡してくる。


 その瞬間教室でガヤガヤしていた数名がヒソヒソになる。


『やっぱりあの二人付き合ってんの?』

『あれTシャツだよな? お泊りの時忘れたやつか?』


 あっちゃー、完全に誤解されてるよ……。


「ちょっと、こんな目立つ渡し方しなくてもいいじゃん!」

「なんかまずかったか? ってか、お前頭どうした!」


 謙はいきなり大声を出して立ち上がる。


「そんな言い方したら、なんか私が頭狂ってるみたいじゃない! 一昨日美容室で染めたらこうなったの」

 少し怒りを込めて言った。


「だから次からは俺が染めるって言ったのに」

 謙は頭を抱えている。 


 謙はやっぱり髪の毛見てるんだ。彩月と浜田は言うまで全く気付かなかったのに。

 根元のカラーなんて、注意して見ないと気付かないだろうに。


「ポイントカード溜まってて、割引効くから行ったの。せっかく溜まったしもったいないかなーって思って……でもね、もう絶対行かない! あとね――」


 私は美容室での出来事を愚痴った。

 溜まっていたものをすっきりさせた頃チャイムが鳴る。彩月と浜田も走って教室に入ってきた。

 

 

 どうでもいい始業式が終わり、教室で帰りのホームルームまでの時間を潰す。

 周りでは、この後遊びに行く話や夏休みに何をしていたなどと盛り上がっている。

 今日は始業式だけなので昼頃に下校となる。……と思っていた。


 ホームルームが終わり、私も帰ろうと準備していると担任から指名が入ったのだ。『七崎、この後職員室な』と。

 何故呼び出しをくらったのかは想像できている。


 私は職員室へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る