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乗用車のような鍵がついていて、捻ってみるとエンジンが駆動した。ハンドルも車のそれに酷似していた。そういった船種なのかもしれない。紙箱がいくつか積まれていて開けるとマスクが入っていた。着用するときに妹と義弟の顔を思い出した。この舟にあの二人を乗せたくなかった。八時に出発すると言っていたから、それまでに弔いを済ませて海岸へ戻ればよいはずだった。それで文句はないはずだった。周囲は静穏を保っていた。潮の匂いにも泥の感じ、生きている気配の強すぎる感じがなく、週末には台風が来るとしても明け方までは何事もなかろうと踏んで私は航行していった。捉えどころのない液状の墨色は漠として拡がり、物体の帯びた色彩をことごとく濃淡を欠いた黒と白に分けてしまっていた。灯台は黒く、灯台の光は白く、潮水は黒く、その表面の波濤の気泡は純白で清潔だった。モーターの音は波濤のさざめきよりも大きな重量感で響いた。船体は前後に絶え間なく揺れて、舳先は海を左右に分け水の黒と波の白に分けた。私は前方を確認し、灰褐色を帯びた黒が引っ繰り返した椀の形状で隆起するのを見とめた。星が光らないのっぺりとした夜空へ鱗を生やしたようにいびつな稜線を食い込ませていた。私は真夜中から左へ旋回するためにゴーカートのように小さなハンドルを切った。案内音声が座礁への注意を呼びかけた。四囲は彩度を失っていた。灯台だけが生きているように輝いていた。
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