第5話:メルシー・スピンズ
メルシー・スピンズ。俺たちの級友の一人で、お姫様だ
いや、訂正とお詫び。彼女のことを俺たちは影で『お姫様』なんて呼んではいるが、本当にお姫様というわけではない
才色兼備、容姿端麗、品行方正、頭脳明晰……いや、頭脳は普通だったか。しかしまあ、そんな四字熟語を彼女の隣に並べ立てても見劣りしない、それが彼女なのだ。それゆえに男子の間では姫なんて呼ばれ憧れの的である
「美味しそうなもの食べてるじゃない、ちょっともーらい」
「はは、どうぞどうぞ」
「でもユートくんもあまり食べれてないって言ってたっけ? 私が食べちゃうのも悪いか」
「また何か頼むよ、大丈夫」
「ありがと。ユートくん優しいっ」
ユートの隣に座り、取り皿にいくらかのせるお姫様。これだ、外面の良さに加え、性格の良さ。さらに【勇者】なのだ。そのうちペリスさんの人気も抜き去るかもしれない
「で、何か用かよ」
「あら、つれない反応だねえイサムくん。何か用がないと来ちゃダメ?」
「俺たちに話しかけてくるなんて用があるときくらいだろ」
「そんなことないよ、だって私……」
机を乗り出して顔を近づけてくる。そして俺にしか聞こえないくらいの声量で――
「イサムくんのこと好きなんだもん」
「つっ……」
「なあんてね」と言いながらメルシーはそのまま席へと戻っていった。料理の匂いの中に、かすかに爽やかな香りが紛れ込む。これが美少女力っ……
「どう、可愛い女の子からいきなりのドキッとする言葉。あはは~イサムくん赤くなってるーカワイイーまあでも当然か、だってメルちゃん超絶可愛いもんね~そんな可愛い女の子がいたら近づいて来ただけで卒倒よ、卒倒」
「う、うるせ」
自分で自分のことを可愛いとかいうのか……とはならない。彼女はそれを言っても納得させるだけの容姿を持ち合わせている。そして普段はそれを嫌味にしないだけの立ち回りをする方法も身につけている。それ故に周囲の男女両方からの人気も高い。他の男子たちにとっては本当に『姫』なのだ
その姫はというと何気にしっかりと野菜を中心に奪いながら食事を続けている。くっ、健康的っ
「なのに、用事ないなら帰れよみたいな。ひっでぇの。あーあー、メルちゃん傷ついちゃったなあ」
美少女像からマッハのスピードで遠ざかっていくメルシーの態度。眉頭をキュッと寄り、食べ方も少し乱暴に。姫モード解除だ
以前ある事件をきっかけに俺たちには心を開いてしまったのだ、非常に残念ながら。以降俺たちの前では姫モードを解除するようになってしまった、とても遺憾なことに。というかユートに対してはお姫様モードなので、解除するのは実質俺に対してだけ
俺達しか知らないお姫様の一面……なんて優越感いらない。普通に俺たちの前でもお姫様して欲しい
そう、俺たちにとっては『わがまま姫』という意味で『姫』なのだ。全くやれやれ
「……スピンアトップ・スピンアトップ・スピンスピンスピン、スピンズさん許してください、スピンスピンスピン」
「イサム! その変な呪文はやめてって言ってるでしょ」
「よさないかイサム、それにスピンズさんも。仲良く、仲良く、ね」
「……メルシー」
スピンズさん……メルシーはそう言ってユートを睨みつけた。メルシーと呼んで欲しいらしい。それらしいことを確かに以前も言っていたか
「ははは、メルシーさん……メルシー。落ち着いて、アイスでも食べないかい」
「もう。ユートの優しさに免じて許してあげる」
「うん、ありがとう」
そしてご覧の通り、ユートの方がこのわがまま姫の扱いがお上手だ。もう俺の居ないところで二人で平和に世界を回しておいてくれないだろうかお姫さま
「で、何か用事があるんですかお姫さま」
「イサムくん、お姫さまだなんてそんな……照れちゃうなあ」
「はいはい、今日も可愛いございますよお姫さま。それでは、要件をさっさとすませろくださいお姫さま」
「はあ……女の子相手に、しかも傾国の美少女相手にそういう態度。そういうトコがマジで分かんねえ」
メルシーの言葉はだんだんと小さくなっていき、最後に――この童貞が――と呟いたのがかすかに俺の耳に届いた
「おうおう、こちらとしては最大限のお姫さま扱いだったんだが。というか童貞じゃねえよ!」
「えっ」「えっ」「えっ」
はい、3箇所からの同時「えっ」いただきました。ていうか……
「ガハハハハ、イサム。可愛いお嬢ちゃんの前で緊張する気持ちもわからなくはないが店の中で大声でそういうのはちょっと……な」
「うぉ、ダーナーのおっちゃん!」
背後からの声に振り向くと、いつの間にかダーナーのおっちゃんがいた。メルシーの声が途中から小さくなっていったのはそれが原因だったのか。ユートはクスクスと笑っている
気づいてやがったなあの野郎
「ほらよ、お嬢ちゃんの分のアイスだ。それとこれはサービスのクッキーな」
「いいんですか? ありがとうございます。わあ、可愛い形のクッキー! これもダーナーさん? が作ったんですか?」
「おうよ、料理の合間の息抜きにな」
「多才なんですね! こんなに美味しい料理も作れるのにすごいです!」
「ガハハハハ! そう言われると照れちまうなあ。嬢ちゃん、冴えない二人だけどどうか仲良くしてやってくれ」
「はい。というか、仲良くしてもらってるのは私の方ですし」
「くっ、なんていい子なんだ。俺も後10歳若ければ……」
ウンウンと唸っているダーナーさん。お姫様にメロメロだ
俺としては10歳若くなくてもどうぞ差し上げるので連れて行ってくださいどうぞといった気分である
そのお姫様が急に「あっ」と声をあげた
「ダーナーさん。女の方がダーナーさんを探してますよ」
「ん? げっ、ただいま……ただいま戻りますぅ! じゃ、じゃあな坊主たちもゆっくりしてってくれ」
厨房の方から女の人――おそらくダーナーさんの奥さん――がじっとこちらを見ていた。ダーナーさんがお姫様相手にデレデレしてるのが悪いな。うん。
ダーナーさんはそっちの方へヘコヘコしながら帰って行った。夫婦間の力関係が垣間見える。頑張れダーナーさん
「で、結局何の用なんだ」
「へ? あーそうね。3年生になったら冒険者ごっこをする実習の授業があるじゃない」
「先生の作ったゴーレムとかで安全に、安全に、やってたやつの実戦版か。俺たちもようやく外に出られるんだな」
「そう。それで私、あなたたちと同じ班になったらしいから。偶然見かけて挨拶に来ただけよ」
「はっ、ついでに喧嘩売ってくるなんて、ずいぶんなご挨拶だけどな」
「もう、イジワル言わないで。だいたい先に喧嘩腰だったのはイサムくんの方だよ。流石のメルちゃんも傷ついちゃうかなあ……」
メルシーが俯く。美少女が悲しげに顔を伏せるだけで周囲の席の客の視線や雰囲気が突き刺さった。俺か? 悪いのは俺なのか?
まあ確かに、俺もわざわざトゲのある反応をしてしまったかもしれないな……
「た、確かに俺の方が悪かったかも……喧嘩腰になってしまって、その、すまん。だからメルシー……おい、まさか——」
——泣いてるのか?——そう聞こうと、できるだけ優しい声でそう聞こうと思っていた。しかしメルシーがそれより前に顔を上げる
その顔は泣き顔とは程遠い、しかも少しだけ舌を出して——そう、人を小馬鹿にしている顔だ
「うっそー、泣いてると思った? 有象無象にどんな態度されてもメルちゃん気にしないみたいなとこあるし? ねえ、焦った? 焦ったぁ〜?」
「てっめええええ」
「ははは。二人とも、あまり僕の前でいちゃつかないでくれる? 控えめに言って爆発しろリア充が」
「いちゃついてないっ!」「いちゃついてないわよ!」
ははは……と頰をかくユート。そういうところなんだけどなあ……と小さく呟いている
「今のはたまたまタイミングが被っただけだ! ってかリア獣ってなんだ? 新しい魔物の名前か!?」
「そうよ、今のは偶然よ。はぁ、それにしてもイサムってば浅識ね。古い物語に『リア王』という書物があってね——」
「——っていうか浅識って初めて聞いたな」
「あらイサムくん、浅識を知らないあたりも浅識だわ」
「やめとけよ、覚えたての単語を言いたいだけのやつに見えるぞ」
「はいはい、ストップストップ。仲良くするならまだいいよ。何で口を開いたら3回も言葉を往復させないうちに喧嘩するのさ。そういうのは僕の目の見えないところでやってよ」
「「だからいちゃついて」ねえっ!」ないっ!」
俺たちの声が店の中に響き渡った、その反響が聞こえて俺は急に冷静になる。昨日のことがいくらか思い起こされたのだ
あーやっちまった。昨日あまり大声を荒げないようにと反省したばかりだというのに。声を張り上げる癖をやめねえと
周りの視線がじんわりと自分たちに集まっているのを感じる
そして何より——カタリと椅子を引き、俺たちの方に一人近づいてくる人影。見覚えのある人影、いやありすぎる人影。だって昨日あんなに一緒に居たんだもの。
やがて背筋を撫でるような冷たい声が俺たちを包んだ
「昨日の今日でまたお前か、イサム。どうした、そんなに私の隣で正座しておきたいか?」
その後、ペリスさんが食べ終わるまでの数十分間、俺たちは正座で過ごすことになった
ジョブが【勇者】じゃなくても『勇者』になれませんか??? 乃井 星穏(のい しおん) @noision
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ジョブが【勇者】じゃなくても『勇者』になれませんか???の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます