第3話:ダーナー・オートレイル

オムニの外の風景が過ぎ行くのをぼんやりと眺める


統合ギルドの開発部門が改善に改善を重ねているらしく重量を軽くしたり、揺れを軽減したり、車内温度をある程度調整する魔導陣などが組み込まれているらしい

そのお陰か聞こえる音もオムニを引く馬の足音くらいで、あとは耕作地にいる鳥の鳴き声が聞こえてくるくらいだ。のどかな雰囲気に包まれとても癒される——



「ペリスさぁん……」



——隣の席から悲痛なうめき声が聞こえてくることがなければ



「きっとまたステキな人に出会うからさ、そんな顔すんなって。イモ団子一個やるよ。ホラ」


「ふんっイサム様には分かんないよ。僕の気持ちは」


「俺もモテモテでもイケメンでもねえよ」


「あっ……」



ユートが気まずそうに目を伏せる



「あっ、て言うな。気まずい感じにならないで、マジでゴメンって顔するなオイヤメロ」


「というか一緒にしないでよ。勇者バカのイサムくんよりは僕の方がモテモテでイケてるんだからさ」


「モテモテって、きょうび聞かねえな」


「きょうび聞かないって、きょうび聞かないけどね」


「なんだ、喧嘩売ってるのか? 割引大特価か?」


「そっちこそ……」



しばらくにらみ合ったが二人ともため息をついて目をそらした。お互いに喧嘩するほどの気力はないのだ


一時休戦。


というかなぜ慰めようとしていたのにこうなった。ため息をもうひとつ――



「ガハハハハ! おいおい、シケた雰囲気だなあ兄ちゃんたちぃ~そんな顔すんなって。女にフラレッちまったってかぁ?」


「え? あ、はい」


「いや、フラれたんはこいつだけっす。街中で見かけた女の子に一目惚れして猛アタックして見事に撃沈しました」


「ちょっと、事細かに説明しないでよぉ」


「ガハハハハ! 青春だなあ! そうだ、そろそろ飯時だろ……ほらよ」



向かいの席のガタイのいい男は大荷物の中からガサゴソと包みを二つ取り出した



「弁当……ですか」


「ああ、いつもは王都で飯作ってるんだが、たまにこうやって弁当を売り歩いてるんだわ。今日の分は余っちまったしタダでやるよ。これ食って元気だしな」


「いや、そんな……悪いですよ」


「おお、うまいっすねコレ」


「そうか、そいつぁよかった」


「ってもう食べてるっ! サム少しは遠慮とか……」


「余ってるってことは俺らが食わなかったら捨てられちまう運命にあるかもしれないんだろ? じゃあいただこうぜ」


「ガハハハハ! その通りだ! それにしんどい時はうまい飯を食うに限るんだよぉ。さあ食った食った」


「じゃあ、いただきます……」



ユートが何か言いたげな顔で弁当の包みを開いた



「あ、自分でうまいとか言っちゃうんだ……みたいな顔すんなって本当にうめえからよ、これ」


「ホントだ、美味しい」


「ガハハハハ! そらあよかった

お兄ちゃん達、その紋章を見る限り勇者学校の生徒なんだろう? 俺の食堂——オートレイル食堂は総合ギルドの近くだから側に寄った時は食べにきな」


「……なるほど、こうやって客を増やしていく作戦ってわけか」


「へえ、意外、、あ、すいません」


「見かけの割にはクレバーだな……ってか? ガハハハハ! いいのいいのよ、違いねえ。俺は料理作ることしかできねえからな、他のことは全部家内に任せっぱなしなのよ。これも家内の作戦さ、ガハハハハ!」


「そりゃあいい奥さんですね」


「ああ、おまけにべっぴんさんなんだわ! まさしく美女と野獣ねなんて常連の連中にもよく言われんだがな! 二人で王都一の店にしようなんて仲良くやってんだわ、ガハハハハ!」


「それは良かっ——あ、待って、そのくらいでストップ! 惚気に当てられて失恋の傷口が開いたユートが死んじまう!」


「ペリスさぁん……」



弁当で少し持ち直しかけていたユートの心がまた元どおりに戻っていた。その落ち込みようからか体の周りに暗いオーラが見えるような……

——って実際に出てる! 黒い煙的なの出てる! 【勇者】にもなるとそのレベルで魔力を扱える身体になるってのか——



「羨ましいな、こんチクショウ!」


「え、なに急に? 脈絡無さすぎるんだけど!?」


「ガハハハハ!——」




「——失礼、少しいいかな」




突然声をかけられて振り向いた先には話中の人物——ペリスさんがいた



「他の客も乗っているし、中には疲労で気がたっている者もいるんだ。もう少し静かに頼む」


「そうですね、ごめんなさい」



それだけ伝えるとペリスさんは御者台の方へと戻っていった

一緒に乗っていたのは、気づかなかったな。それより……

俺は恐る恐る隣に座っているユートに目をやる


黒いやつの量は増えていた。「今のでもっと嫌われちゃったかなあ、あはは」などとぼやいている

うん、俺にはもうどうしようもない。とりあえずその黒いのしまえよ



「ひどい落ち込みようだな、まったく」


「あはは、すんません。ご一緒しているのにこんな感じで」


「ユートっていうんだっけか? ユート、俺だって今の奥さんと出会ったのはお前よりも大きくなってからだ。だからそれまでにもっといい男になりな」


「……いい男?」


「ああ料理と一緒さ。新しい料理を作る時はいろんな味や食材、調理法を試してみて、何度も失敗して、何度もやり方を変えたりして、ようやく美味い一品にたどり着くんだ

お前さんもフラれてしまっても落ち込むばかりじゃなく、何が悪かったのかを考えて次の出会いへと活かしていくのがいいんじゃねぇか」


「おおっ……なんどもやり直す……確かに、その通りかもしれない……なんか、目からウロコって感じです! 師匠っ、お名前を伺っても!」


「ガハハ……師匠って柄じゃあないが。オートレイル食堂店主、ダーナーだ」


「勇者見習いのユートです! ぜひまたお店に伺います師匠!」


「あ、イサムです。サムって呼ばれることが多いっすかね。あ、こいつはこれが通常運転って感じなんでそんな気にしないでくてくださいっす。鬱陶しくなったら殴って連れて帰るんでいつでもご連絡ください」


「ガハハハハ! まあ食いに来てくれる分にはいつでも大歓迎だ!」



すっかり元気になったユートの調子の良さにこちらは揃って苦笑いだ。まあ、くよくよ黒いの出されるよりはいいか

それに【勇者】になれなかったショックはあまり感じていない。こいつがいつも通りバカなことでワーワー言っていたおかげで気が紛れたというか……



「ユート、ありがとな」


「ん、なに急に。さっきからちょくちょく脈絡ないの怖いんだけど?」


「なんでもねえよ」


「男のツンデレほどどうでもいいものはないよ」


「ツンデレいうな」


「ガハハ、二人共元気になったようで何よりだ」


「ええ、師匠のおかげです」


「師匠ってのは……むず痒いんだが」


「ではダーナー様とお呼びいたします」



「なんならオッチャンとかでもいいんだがなぁ……」とダーナーさんもユートの勢いにタジタジだ



「普通にやりにくいと思うんだけど。お前これからもダーナーさんにそういう態度でいくわけ?」


「サム! 師匠に失礼であるぞ!」


「どうどう! 落ち着け、落ち着け!」




「騒がしいと思ったら、また君たちか……」



呆れた声とため息が一つ聞こえてくる。聞き覚えのある声に騒いでいた俺とユートが凍りついた。再びペリスさんだ

今回は相当怒っているらしく、空気がピリつくような雰囲気を纏っている



「君たちも勇者見習いなら勇者としての立ち振る舞いを身につけるべきだ。そうは思わないかい」


「思いますっ」「ごめんなさいっ」


「じゃあ残りの時間は私の近くで静かに座っていなさい」



こうして俺とユートはそこから王都まで、ペリスさんの近くで正座したまま静かに過ごしたのだった。到着後しばらく乗り場で二人がうずくまっていたことだけを報告しておこう


ちなみにダーナーさんは俺たち二人の様子を見ながら時折「ガハハ……」と控えめに笑っていた

笑ってるくらいなら何か助け舟でも出して欲しいもんだ、まったく

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