第2話:ユート

「来年もあるんだからさ、そんな顔すんなって。串焼き一本あげるよ。ホラ」


「けっ【勇者】様には分かんねえよ。俺の気持ちは」


「そう、じゃあこれはいらない?」


「いただきます。【勇者】様の施しに感謝っ、圧倒的感謝っ!」


「ははは、すごい変わりよう……」



【成人の儀】からの帰り道、俺は勇者学校の友人――ユートと王都行きの乗り合い馬車の乗り場へ向かっていた。屋台の立ち並ぶ通り(と言っても十店程度だが)で買った串焼きが差し出される



「ありがてえ、アツアツに焼けてやがるっ!」


「やけどしないようにね」


「あっつ、熱い! 水くれ!」


「全く、手のかかる子供かよ」



手渡された水をグビグビのむ

すいませんねえ、ユート母さん。口がいっぱいいっぱいでお礼を言うこともままならないんですよ……母さん、ママならない。


「フッ、ブフッ」


「うわあ、きたな」


「オメンオメン」



隣からタオルが手渡される。オカンか。一家に一台ユートさんか



「ていうかサムまで一緒に戻ることないのに、もう少し家にいてもよかったんじゃないの?」


「ホヘハヘフヒ――」


「ははっ、食べ終わってからにしなよ。まあサムが一緒に帰ってくれると寮が寂しくなくてすむけどね。あ、でもそういう気遣いはしないでよ? 逆に悲しくなるから」


「ちげえよ、ちゃんと修行と予習をしておかないと【勇者】じゃねえ俺はお前らについていくので精一杯なんだよ」


「よくも毎日毎日あんだけ頑張れるもんだよ、まったく」


「来年までに【勇者】にならねえと【農夫】だ、いよいよ後がねえからな」


「あんまり無理しないようにね」


「大丈夫、サボるのも得意だからな。知ってるだろ?」


「深夜に限界まで魔法を使って血まみれでぶっ倒れたのは誰だったかな」



冷ややかな笑み。背筋を冷たい何かが撫でる

俺ですね、限界まで魔力を放出することを繰り返せば鍛えられるんじゃないかと思うじゃん? やって見るじゃん? 気を失ってぶっ倒れました。当たりどころがなかなか悪かったらしく(俺としては死ななかったのだから当たりどころは良かったと言いたいところだが)棚の角に頭をぶつけ血まみれになったそうだ。

音を聞いて俺の姿を確認したユートは大層心配したらしい。当然か



「そ、その折はご心配おかけしました」


「どうせ無茶はやめないだろうけど……せめて【農夫】になっておけばいいのに。ステータス補正もかかるし、なっててもジョブチェンジには支障ないんでしょ?」


「それはなんか負けた気がするだろ? なくても追い付けてるんだからいいんだよ」


「変なところで頑固だよなあ、サムは」


「こだわりと呼んでくれたまえ……んっ?」



街の出入り口当たり、通りに多少の人だかりが見えた。十数人の人々が群がっており、その中心にいるのは――



「――おおっ、王都の勇者人気ランキング3位のペリスだ。最近は見かけないなーって思ってたけどこんなところにいたのか。噂通りの美しさっ! 魅惑の身体つきっ! 天使のような微笑みっ! いやあ、やっぱり容姿が良い方が人気も出やすいのかなあ!」


「……」


「ま、俺もイケメンだからいらぬ心配か……ははは、なーんつって。あー、やっぱ【勇者】ってかっこいいなあ! なあなあ、サインとかもらえるかなあ? どう思う? うわあ、てかあの腰に下げてるあの剣が腐海で拾って来たという伝説の――」



ドサッと落下音。隣を見るとユートは立ち止まり、その手からは串焼きの袋が無くなっていた。地面に無造作に落ちている。幸運なことに中身は溢れておらず串焼きは全くの無事だ。俺は袋を拾い上げ――重っ、何本買ってんだよ――固まったまま動かない友人の横顔に目をやった



「おいおい、ユートさぁん。何か言ってくれないと俺がただの痛いやつに――」


「――惚れた」


「え、どうした? 急に」



――惚れたって言った? 俺にか? やれやれ、どうやら将来【勇者】になる俺の魅力は性別の壁さえ超えちまったらしい……違うね、うん――


黙りこくったままの親友の横顔は唐突にものすごい勢いでこちらを向いた。うぉっ、こわっ



「サァアムッ!」


「はい? はい!? はいっ!」


「その勇者ヲタクの知識で俺の恋路を手伝って!」


「いきなりだな、おい」


「いいでしょ! サムが【勇者】になれるように俺も協力するからさあ、代わりに俺の恋路を応援してよ!」


「お、おう。まあ良いけど」


「ペリスさんって言ったっけ? 何が好き? 串焼きはどうかな? お茶とか誘ってみようかなあ」


「さすがに串焼きの情報はないが……嫌いではないんじゃない? クッキーとか食べてる姿はよく見られてたらしいけど。あと――」



――ってもういない。気づいたら既に駆け寄っている

「ペリスさーん、ファンなんですよーお仕事が終わったら一緒にお茶にでも行きませんかー! 王都の美味しいクッキーの店知ってるんですよー」

と言いながら


我が親友、恐ろしい行動力だ……



「……あと、男嫌いなんじゃないかって噂があるんだけど」



既に声の届かないところにいる親友に、俺は心の中で祈りを捧げた。まあ、いつものことだし。フラれたら慰めてあげよう



「おっちゃん、イモ団子ちょーだい。5こ入りのやつね」


「はいよー」



ふと屋台から登る煙が目についた。屋台通りの煙がもくもくと何本も立ち上っていて、遠くでは火の山も同じように煙を吹いている。今年は特に煙が多いらしい

渡り鳥が列をなして飛んでいる、空は忌々しいほどに晴天だ



あーあ、今日もいい天気だなあ



一口かじったイモ団子は、懐かしい味がした

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