5人目:後輩
午前に予定されていた面談を全て終了し、午後まではしばらく時間が空いた私は昼食をとろうと通勤用の鞄を手に取った。
そのとき教室の扉が開いた。
「いやー、仕事中すんません、全然連絡とれないんで直接きちゃいましたわ」
そこにいたのは半袖ワイシャツにスラックスという、クールビズ姿のサラリーマンだった。年の頃は20代半ばだろうか。初めて見る顔だ。
「その顔は初めて見るな」
思わず口に出してしまった。
相手は手にしていた特徴のない黒鞄を空いている机の上に置いてから、うんうんと頷いた。
「まー、でしょうね。このガワを先輩の前で使ったのは初めてなんで。どっすか? とりあえず朝の情報番組で料理作ってる俳優に似せてみたんすけど」
「知らん。それと擬態用の外見をガワと呼ぶなと言ったはずだ」
「えー、先輩だってそのガワ決めるまで色々悩んだんじゃないっすか? どんな要望だしたんすか? 黒髪ロン毛で落ち着いた感じのアラサー女子とかっすか?」
相変わらず潜入捜査の気苦労とか、正体をばれないようする努力とかを微塵にも感じさせない後輩の軽さに呆れつつ、鞄から取り出したカートリッジを耳の後ろ部分に隠したソケット部分に差し込む。瞬時に完了した動力補充を全身に感じながら、相手を睨む。
「別に深い理由などない。単にこの学校に属する職員の外見差を平均に近づける選択をとっただけだ。そんなことより連絡がとれないというのは何の話だ? 確かにここ1ヶ月ほどやけに静かでありがたかったが」
その自分の言葉にふと気づく。
ありがたいはひどくないっすか、などと愚痴る相手の声が意識の外に飛ぶ。
1ヶ月前か。
あの事件があったときからだ。
刑事の顔が浮かぶ。
「ああ、ちょうど良かった。こちらからも連絡したい事象があった」
「なんすか?」
「1ヶ月前のあの戦闘について刑事が嗅ぎまわっている」
「え? おかしいっすね、もう警察のほうとアレはひき逃げで処理することに話がついてるはずなんすけど」
「念のため、もう1回確認しといてくれ。生徒にとっても大事な時期に余計な仕事を増やされると困る」
苛立たし気な私の言葉に、相手がなぜかニヤニヤしだした。
「いやー、なんつうか、すっかり人間の先生っぽさが板についてきましたねー」
「何がおかしい。これも仕事だ。それにトラブルを起こすと余計な手間が増えて任務にも支障が出る。気を遣うのは当たり前だろう」
しかし、そうか、人間の先生っぽいか。
コイツはどちらの意味で使ったんだろう。「人間を教える先生」として自然に見えるという意味なのか、それとも「先生という職についている人間」として自然に見えるという意味なのか。
まあ、どちらでも構わない話だ。
そのいずれも仮の姿であることは間違いない。
「別にどうでもいいっす、分かりましたんで、ベースに戻る前に確認しとくっす。あの、他に何かあれば、こっちの話も聞いてもらう前に先輩の言いたいこと全部言ってもらっていいっすか? 連絡終えたらとっとと帰りたいんで」
あからさまに面倒くさそうに言われると、分かったからとっとと話せと言いたくなるが、先の刑事の件に加えて、どうしても1つ確認したいことがあった。
「マジカルチカという存在を知っているか?」
「……アレっすかー」
私の問いに顔をしかめる。
「アレ、なんなんすかね。こっちも一応色々聞いて回ってみたんすけど、どの星系のメンバーも知らないって言うんすよね。とりあえず今のところ、うちの調査班の見解としては元々の宇宙座標が3次元外に属する奴らなんじゃないかって」
「どういうことだ」
「ですよね!」
困惑した顔の私を見て、相手が満面の笑みを浮かべる。男性アイドルみたいな整った顔立ちだからまだ許せるが、そうでなかったら殴りつけたくなりそうだ。
「何がだ」
「いや、俺も意味分かんなかったんすよ! もう少し分かりやすくって聞いたら、要は外宇宙人じゃなくて異世界人だ、って言われましたわ。なんで多分大丈夫っす」
何がどう大丈夫なのかさっぱり分からないが、調査班のほうで危険視していないということは利害関係の心配はしなくていいのだろう。
「まあ、もうちょい調べてみて、何か分かったら連絡するっす」
「そういえば、それだ、連絡がつかないというのは」
「え? あ、じゃあ、先輩のほうは終わりっすね? じゃあ話しますけど、1ヶ月前のアレ、解決してないっす」
相手の言葉に一瞬理解が追いつかなかった。
「どういう意味だ」
「いや、だから先輩、仕留めそこなってたんすよ。んで、まだ活動を停止しきってないアイツが先輩を狙ってるっぽくて、通信を妨害して孤立させてるんじゃないか、しかも先輩それに気づいてないんじゃないかってんで一番先輩と仲のいい俺が来たわけっす」
後半の言葉は、音としての情報は記録されたが表層意識にはほぼ残らなかった。
生きていた?
アイツが?
「そんな馬鹿な」
「え、いや、ぶっちゃけ俺が手が空いてたってだけですし、一番は言い過ぎだったかもしれないっすけど、仲はいいつもり……」
「アイツは確かに私が」
固く握りしめた私の拳から金属のきしみ音が漏れる。
「この手で」
拳にまだ残る、幼い地球人の肉が切り裂かれる感触。
「確かに殺した」
その押し出された言葉は自分に言い聞かせているのかもしれない。自分の犯した罪を再認識するために。
そんな私の様子に相手が恐れおののき後ずさる。
「知らないっすよ! いや、もし本当にそうならそれでメデタシメデタシってことで万々歳なんすけど、俺は単にこれ連絡しろって言われただけで本当はどうとか」
「それで?」
「え? あ、また1から調べ直しっす。何しろ一度有機生命体に取りついたら、あらゆる感知機能を欺瞞できる超ステルス状態みたいなもんすから、ホント、どうやって見つけたらいいか、調査班も頭抱えてたっす。今回特定できたのもほとんど偶然みたいなもんだったらしいですし、トドメ刺し損なったのは本当に痛いっつうか」
「そうか」
問い詰めて自白させるまでのあいだの、何も知らない少女の怯えた顔。
私が抜いた武器を前にして、怒りと焦燥に歪んだ、人のものとは思えない顔。
一生忘れないだろうと思い、二度と見たくないと願った表情。
「そうだな」
乗っ取られた側ともども、2つの生体反応が完全に途絶えたことは確認した。
しかしトドメを刺した直後、すぐは動けなかった。あのわずかな時間を無駄にせず、すぐ確認していたら、逃走前に確実に処理できていた。
「私のミスだな」
「ぶっちゃけ、そう思うっす」
知らずに立ち上がっていた私は倒れるように椅子に腰を下ろした。握りしめたままだった拳を見つめる。
「え、あ、いや! 違うっすよ!? 先輩のせいじゃないんじゃないっすかね?」
「本部の指示は?」
「え? とりあえずここまでの連絡を急ぎ預かってきただけで一度戻るっす」
ビッと敬礼のようなポーズをとると慌てた様子で教室を後にしようとして、少し迷ってから一度振り向いた。
「あんま思い詰めないでくださいね? 先輩いなくなったらマジで困るんすよ」
本当に困った様子の相手に苦笑する。
「分かった。お前に心配されるようじゃ、私もまだまだだな」
今しばらくだけは頼りになる先輩でいられるよう努力するさ、と微笑んで見せた。
私のその空元気に安堵のため息をついた相手は、しかし普段見せない真剣な表情を浮かべた。
「先輩に頼りっぱなしなのは俺だけじゃなくて、この星の人たちもだと思いますけどね」
そして、無理しちゃダメっすよ、と言い残すと姿を消した。
外では相変わらず重く黒い雲が垂れ込めてはいたが、気が付くと雨は止んでいた。
午後からは晴れるという予報だったか。
そんなことがふと思い出された。
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