#3
平野さんは単刀直入、探りなんて入れることなく、核心をついてきた。
仕方なく僕は告げる。
「正解」
そりゃまあ、そう答えるしかないだろう。
またシラを切ってもいいけど、正直、切り通す自信はないし。
「……そ」
はあ、と、呆れたように息を吐き、空を見上げる平野さんに向かって。
「えっと、どうやって……?」
僕は率直に尋ねた。一体どうやって、その事実を知ったのか。
すると平野さんは、再び僕の顔を見つめながら。
「……朝いちで学校に来て、ずっと生徒会室を見張ってた」
吐き捨てるように、そう言った。
「ああ、なるほど……賢いね。平野さん」
「そんなことで褒められても困るけどね」
照れたのか、わずかに頬を赤め、苦笑いを浮かべる。
その表情を見る限り、僕のした行為に対し、そこまで嫌悪感を持っているわけではないようで、そのことに少し安堵しながら、僕は続ける。
「でもさ、この高校の生徒が犯人じゃなかったら、無駄骨だよね」
「別に。朝早く学校に来るのはいつものことだし」
「僕が正直に白状しなかったら?」
「そのときはエクスちゃんを問い詰める予定だったし。あの子、意外と押しに弱いというか、顔に出ちゃうタイプだし」
言って、はは、と、軽く笑う平野さん。
何となく口調も軽くなっているのは、素が出てきているのか。
というか、そっか、そういえばこの子、天帝エクスと同じクラスか。
言い方からするに、どうやら仲が良いらしい……って、あれ……
えっと……よく考えたら、双子が僕を呼び出したのって、彼女たちの失策じゃないのか? 今朝のニュースを見て、意図的じゃなくとも、この子と同じように生徒会室を見張ってれば、僕があの犯人だと推測できてしまうんじゃ……
「で、怒られたの?」
怒られる、という表現が何か子供っぽくて、つい口元を緩めてしまうも。
「どうだろう。そうとも言えるし、違うかも知れないし」
などと、やる気のない占い師のような言葉で、僕は適当に誤魔化した。
ま、実際、間違っちゃいないわけだけど。
「……ふうん」
その返事に、無関心さを感じたのは、気のせいか。
「あの、えっと……高見君が壊したのって、その、高いんでしょ?」
「ん?」
「値段……噂だと数億とか?」
「いやいや、どこの噂なの、それ」
僕はわざとらしく、かぶりを振る。
「全然安いよ。言っても、ただのコンピュータだし」
「え、そうなの?」
「うん、普通のパソコンレベル。それがあちこちに分散してるってだけで」
「けど確か、それが1個壊されたから全部が使えなくなったって……」
「壊したというか、管理してた秘密鍵の1つを――」
と、ついそんなことを口走ってしまい、しまったと思う僕。
この情報は確か報道されてなかったはずで、これで僕がクロだと確定しまう。
いやはや、どうにも抜けてるな、と、反省するも。
「……?」
平野さんは特に気づかなかった様子。なので僕は。
「つーか、平野さん、値段の問題なの?」
しれっと、話の筋をずらした。
「や、そーゆーわけじゃないけどさ……」
うーん、と、首をひねる平野さん。
どうやらさっきから言葉を絞り出そうとしている、というか選んでいるご様子。
ま、彼女からしてみれば僕が犯人だとわかったところで、話をどう進めていいのか悩むというのはわからなくもないけど、それはこっちも同じこと。
「――けど、高見君」
平野さんは覚悟を決めたかのように。
息を飲み込んで、じっと、強いまなざしで僕を見つめる。
「高見君は……アレを公表して欲しくないってことだよね? ってことは」
「――はい、ストップ。平野さん。それはダメでしょ」
僕は苦笑いを浮かべながら、わざとらしく両手を上げて、小さく振った。
ま、結局、訊きたいのはそれだよね、と、納得する僕。
同時に、わずかながら呆れの感情を抱いたのは否めない。
「……ごめん」
眉根を寄せる平野さん。
「まあ、気持ちはわかるから」
僕はそんな適当な言葉で返した。
平野さんが確認したかったこと。
それは――僕が「能力」を持つ人間かどうか、である。
言い換えれば、僕が普通の人間かどうかを確認したかったということになるんだろうけど、果たしてどっちが「普通」なのか――それは、今この時点においては誰にもわからないというか、定義できないというか。
さておき、そう。
ある人間が「能力者」であるかどうか。
それを第三者が調べる方法は、現時点で確認されていない。
一方、自分が能力者であるかどうか、確認する術は誰でも知っている。
それは、ちょっとした儀式のようなものであって、その手順に従うことで能力が発動するというもの。
それこそ、数年前までなら「魔法」とか「超能力」とか呼ばれて、おとぎ話とかSF小説とかに登場しまくってたわけだけど。
実のところ、まあ、それ自体は大したものじゃなかったりする。
種火ほどの小さな炎を、指先に起こせるとか。
数ボルト程度の電圧を、両手の間に発生させられるとか。
便利かも知れないけど、ライターや乾電池を持っていれば不要なもの。
その程度、なんだけど――
それを人類の進化として素直に歓喜することができなかったのは。
それを発動できるのが、日本、もしくはもう1国に生を受けた「若者」だけが。
さらに、その中でも「一部の者たち」だけであることが判明したから。
そう、それこそSF小説を読み解かなくとも。
共同体として社会を築く生物が。
表面的ではなく、根本的な機能において差異が生じた場合に。
何が起こり得るのかは、容易に推測できるだろう。
だから、今、この社会において、自分は「能力者」だ! などと、公言できる人間は、もちろんいなくはないのだけど、よほど屈強な精神の持ち主であることは間違いない。持つ者と、持たざる者がいる、このいびつな社会においては。
けどそんな中で、あの双子は、彼女たちは。
強い意志を持った上で、堂々とそれを利用している。
それは今後僕たちが生きていく未来においては、それが「普通」であることを世間に知らしめるためなわけで。
さらに彼女たちは、ライターや乾電池どころか、壮大な自然現象や超ハイテク機器を余裕で超えるような力を使いこなしていたりするわけだけど。
その理由については、よくわかってない。
もちろん研究調査は少しずつ進められていて、その結果、双子で力を合わせているからだとか何とか、色々報告はされているのけれど、何となく漫画チックで憶測の域を出ない。
しかし過去に、その「仕組み」を解明した研究者がいた。
天帝グループの研究所に所属していたその研究者は、残念ながら既に死んでいて、さらに研究成果の一切を公表しておらず、記録もしていなかった、と。
つい以前までは、そんな風に説明されていたのだけど――
そう。
ここまで言えば、僕がぶっ壊したものが何なのか、わかってくれたと思う。
「――パンドラボックス、とは、まあ、よく名付けたもんだよね」
僕は空を見上げ、心に溜まった気持ちを吐き捨てるように呟いた。
それがそのコンピュータシステムの名前。
それを知れば――恐らくは人類を破滅に導く「情報」を、閉じ込めたシステム。
種火や乾電池で何を大げさな、と、思うかも知れないけれど。
それはあくまで基本的というか、まあ、言うなればレベル1の能力というか。
それ以上のレベルに値する能力の「使い方」を知ったとき、人類はどうなるか。
実際、それが原因で国がひとつ崩壊しているのだから、決して大げさではない。
しかし一方で、双子のように、それを使いこなすことで。
科学的に停滞している人類が、新しい道へと踏み出す希望もあるかも知れない。
じゃあ、それに賭けて、箱を開けるべきかどうか。
んなもん、誰にも決断できるわけがない。で、あれば――
「じゃあさ、ま、高見君のことは置いておくとして」
平野さんは、けろっとした声で。
「本当に……なくなったの?」
それでも僕に対する後ろめたさを残したまま尋ねる。
「えっと、ほら、バックアップっていうの? それが別に保管してあるなら……」
「もちろん、その可能性はあるだろうね」
などと、僕は適当な言葉で返した。
つーか、存在している。それは僕自身、よく知っている。
「えっと、だとしたら、高見君はなんで危険を冒してまで――」
「内緒」
「……え?」
「ごめん、この件、僕が一人で動いてるわけじゃないんだ。これ以上話せば、そう、僕が――殺される」
平野さんの顔色がさっと変わったのがわかった。
「あ、え……そ、そ、そうなん……だ……ご、ごめん……」
動揺するその様子を見て、悪いことをしたなと、僕の方こそ罪悪感を覚えてしまうわけだけど。
ま、半分は嘘だ。殺されはしない、たぶん。
それこそ怒られはするかもだけど、そもそも誰かに知られたら知られたで、次の手はちゃんと考えてある。僕たちもそこまで馬鹿じゃない。
「だから、ま、この話は僕と平野さん、二人だけの秘密ってことで、よろしく」
などと妙にチャラい感じの要求を発しながら、僕は頬を緩め、たぶん僕自身が鏡で見たら、むかついてぶん殴ってるだろう、うさんくさそうな笑顔を作る。
つーか、僕が犯人だってことは双子たちも知ってるわけで、別に二人だけの秘密ってわけでもないんだけど。
「……え、あ……う、うん……秘密だね、二人だけの……」
なぜか平野さんは、真に受けたというのか。
変に緊張した様子で、僕から目を逸らす。
気のせいか、その頬が赤く染まっているような……
「……あ」
僕は思い出す。
「――平野さん、君は」
そして、あまり深く考えることなく。
「最高? それとも……最悪?」
つい、そんなことを口にしてしまったのだけど。
「……え?」
ポカンと、目を丸くして僕の顔を見直す平野さん。
気づけば視界の端、空の太陽は角度をあげて、僕たちの頭上をより明るい色に染め上げていた。
「あ、いや、何でもない、うん、何でも」
僕は慌ててそう返し、自分の思考を否定するかのように、首を横に振った。
すぐに気持ちを切り替え、改めて。
「というかさ、平野さん、ここに来た理由は? 好奇心?」
単刀直入に訊き返す。
「あ、うん……えーっと、まあ、正直にいうと」
それこそ我に返ったかのような表情で。
「心配だったから、かな」
「心配? この高校が?」
「んー、全部」
再び、軽い口調に戻る平野さん。
「……全部って」
「ま、実際、勢いで行動しちゃったってのはあるんだけど、さ」
一歩だけ、僕に近づいて。
「正直ね、あのニュースを聞いて、胸がすっとしたところがあったんだ。だから」
ふわっと、表情を緩めたかと思うと。
「ありがとね、ヤマト君」
言って、ニコッと、白い歯を見せて笑った。
「あ、うん……」
感謝されたことにか、それとも急に名前で呼ばれたことにか。
「そりゃ……まあ、どうも」
どっちかわかんないけど、僕は照れくさくなって、思わず頬を掻く。
そんな僕の様子を確認する間もなく、平野さんはくるりと僕に背を向けていた。
「……ヤマトって名前って、かっこいいよね」
ぼそっと、本当にそんなことを言ったのか、それとも僕の気のせいなのか。
ゆっくりと彼女は、屋上への出入口に向かって歩き出す。
そして、そのドアの前。
「またね」
こちらに向き直り、再び満面の笑みを浮かべる平野さん。
それはとても、心地の良い笑顔であって。
「……うん」
僕がぼんやりと返事をしたときには、彼女は既に階段を下りてしまっていた――
その後、何分が過ぎたのかよくわからないけれど。
僕は、はっと我に返って、自分の胸に手を当てた。
……ああ、うん、すっごい、ドキドキしてる。
そりゃ、まあ、変な悪だくみをしているとはいえ、僕は高校1年生、青春時代のド真ん中である。
正直、ああいう元気な感じな子というか、さばさば系の女子は嫌いじゃないというか、かなり好みの部類に入る。一方、さっき顔を合わせた、お人形みたいな美少女であるところの双子とか、綺麗なお姉さんであるところのクレアさんとかは、男として眼福にあずかるところはもちろんあるけども、仲良くなりたいかと言われれば、そもそもコミュ力が低い僕としては、まあ正直微妙。会話に困って恥ずかしい思いをする絵しか浮かばない。
一方、まあ、平野さんみたいな子なら、なんだけど……
いや、こんなことをグダグダ言える立場じゃないし、っていうかさあ……
「なんだかなあ……」
僕自身の人間性を、色々と疑わざるを得ない状況であり、ちょっと凹む。
はぁぁぁ、と、屋上でひとり、僕は大きなため息をついた。
「……つーか、どんな伝統的ルールなんだよ、天帝家」
正直、出たとこ勝負な感じではあったけど。
呼び出されたのを利用して――双子の間に「隙間」を作る。
これは僕の発想じゃなくて「仲間」の提案によるものなんだけど。
正直、あんなに上手くいくとは思ってなかった。
けど確かに成功すれば「僕たちの未来」が良い方向に向かう確率は大幅に上がる。
だからまあ、見事ツボにはまって、双子が僕に宣言したときなんかは、つい調子に乗って喜んでしまったわけだけど……
さてさて、それでは改めて、その宣言の内容を思い出してみよう。
天帝エクスは、彼女の持つ
天帝マキナは、彼女の持つ
そんな内容であったのだ!
「……って、なんだそりゃ」
僕が二人に向かって告げた言葉は――確かに真実で、
恋をしたいけど、恋なんてしたくない、それは何一つ間違っていない。
けどまあ……それはなんつーか、哲学じゃないけど、気持ちの問題であって。
こんな奇妙奇天烈な形で叶えろと誰が言った!
……って、まあ、自業自得ではあるんだけど。
んで、僕が「全力で」とか「誰の力も借りず」とか煽ったせいなのか。
それぞれが能力を使うと、そう明言されてしまっている。
あんなカッコいい言い方をしたことからも、たぶん本気で、まさに「全力で」遂行することが予想される(なお、彼女たちが生徒会長として何か宣言するときも、その表現がカッコいいときほど本気度が高いというのは、この高校の生徒であれば誰でも知っていることである)。
校内での能力の利用は、校則で色々と制限されているけども、ああも言い切ったのだから、生徒会長としての特権を駆使して、僕に仕掛けてくることだろう。
そして、さらに困ったことに、何でも天帝家の伝統によれば、ああいう宣言をした以上、双子はそれを最後まで遂行することが求められるらしい。
しかし一方、聞き及ぶところによれば、あの双子はかなりの現実主義者だという。
つまり、ついカッとなってあんな宣言をしてしまったものの、冷静に検討し直した結果、伝統なんてどーでもいいし、やっぱやーめた、ということもあり得ないわけではないのだ。
僕からすれば、やっかいこの上ない状況なのである。
いずれにしても、今の平野さんよろしく、今後、積極的に僕に近づいてきた女子に対して、僕は――そう、まず色々と疑ってかからなくてはいけないわけでして……
あれ、青春ド真ん中であるところの僕がまず心配すべきなのは、仲間と取り組んでいる悪だくみのことじゃない気がしてきたぞ……?
冗談はさておき。
実際、心配すべきなのは、彼女たちが本当に「能力」を使ってくるかどうかということ。現時点で僕は、双子がどんな能力を持っているのか、すべてを把握しているわけではない。
例えば、他者の心を操る力や――魅了する力。
そんな能力を持っていないとは限らないのだ。
ただ持っていたとしても、そんな卑劣なことを、彼女たちが実行するかどうか。
生徒会長としての誠実な姿勢や、その清廉潔白ぶりはよく知っているし。
天帝グループの後を継ぐ者としてのカリスマというか、人心を掌握する力は、皆が聞き及んでいる。彼女たち自身も、そういったことに矜持を持っているだろうから、そんな「能力」を持っていたとしても使うことはない、と、そう考えてしまって問題ないはずである。
ただ ―― 恋愛感情については。
僕は、今日まで、双子と直接の接点はなかったわけだけど。
以前、ひとつエピソードを聞いたことがある。
双子のひとりにまつわる、そのエピソードを信じるのであれば――
少なくともそのひとりは、人を愛おしいと思う気持ちが。
世間一般的なそれとは、大きく異なっているというか、言ってしまえば。
―― 恋愛感情が、狂っている。
それを事実だと仮定した上で、今現在、僕の置かれている状況を再考すると……
朝の空気が、わずかにうすら寒さを取り戻した、そんな気がした。
まあ、あくまで聞いた話だ。悪い方に想像しても仕方がない。
なるべく楽観的に考えようと、そう決断したとき。
僕の中で警戒度が、平野さんのときの比じゃないほどに跳ね上がった。
そうか、背後にいる人間の気配とは、ここまで明確に感じ取れるものなのかと。
僕は生まれて初めて理解した。
平野さんを見送った後、僕は、ただ突っ立ったままで今に至っている。
その僕の背後とは、そう、つまり。
屋上への唯一の出入口であるドアの、反対側なのである。
背中から汗が噴き出すのを感じながら、迅速に。
それでも自分の中の恐怖心を抑えられないまま、僕は振り返った。
落下防止用の高いフェンスの前。そこから透ける水色の空と、遠く都心のビル街を背に立っていたのは、ひとりの女性。
さっき双子との対峙のときに、僕が死ぬほど脳裏に焼き付けた。
メイド姿の女性が、氷のように無表情のまま、僕のことを見つめていた。
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