#1
「「 ――
ふたつの凛とした声が音速の差もなく重なって。
平凡な僕の名ですら、何だか神々しい意味をもって聞こえるなあと。
ぽんつくとそんなことを思いながら、部屋の中央にひとつ置かれた椅子の上、小さく縮こまって座る僕。
普通の教室よりずっと広い生徒会室。
そのつやつやした木目の床に視線を落としていた僕は、ちらりと目をあげる。
数メートル先、深赤色のカーテンが半分ほど閉じた窓の前に、えらい社長が座るような椅子がふたつ並ぶ。
そこに腰掛けるのは、超絶美少女、我らが生徒会長――
天帝エクスと天帝マキナである。
椅子が立派すぎるせいもあり、床に足が届いてなくて、そもそも彼女たちの背丈は標準的な女子高生からすれば低い方なのだけど、それでも圧倒的な威厳と存在感を生み出しているのは、それこそカリスマ性と呼ぶべきもののせいなのか。
その小柄な身体にまとうのも、本校指定の普通のブレザーだけど、他の女子のそれと比べると、なにやら生地や仕立て方が違うように感じられる。
肩まで伸びた金色の髪は、窓から浅く射し込む朝日によって、相変わらずきれいに輝いているものの、僕を見つめるその表情に愛嬌がないというか、どうにも怪訝な色を浮かばせていて。
んだよ、せっかくの美少女が台無しだろ!
などと。
そんなことを言う資格は、もちろん僕にはない。
気まずくなって、再びしょぼくれる僕に向かって、ふたりは語りかけてくる。
「高見ヤマト」「貴方は」
「理解しているのですか?」「自分が何をしてしまったのかを」
同じ声色、そして寸分も途切れることなく。
まるでお互いの心を読みあっているかのように言葉を綴る。
ひとりの人間が発しているように聞こえるけれど、実際はふたりが交互に口を開いている。初めてみた人間であれば確実に混乱し、その事実に気付いたときには畏敬の念を覚えるのは間違いない。少なくとも僕も含め、この高校の生徒は皆そうだった。
それはさておき。
やっぱりあの件だったんだなあ、と、心の内で改めて認識する。
そりゃま、僕はいたって普通で、どうってことのない一般的な男子高校生だ。
あれ以外に呼び出される理由なんて一切ない。
「――顔を上げなさい。高見君」
双子とは違う女性の声。
僕は言われた通りに顔を上げて、声の主をチラ見する。
正面斜め、双子から少し離れた壁際、彼女たちを見守るような位置。
ひとりの美人が、すらりと背筋を伸ばして立っている。
短めの黒髪、モデル並みのスタイルの良さ、そして何より――メイド服。
佐倉クレアさん。
双子と違って明らかに大人の女性。
彼女たちに仕える秘書のひとりであり、20代前半だろうという話は聞くけれど、なんでも彼女たちが赤ん坊の頃から務めていたいう噂もあり、年齢不詳。
けど、細かいことはどうでもいい。
クレアさんは、例の授業サポートも兼業していて、僕ら生徒からすれば、頭脳明晰でクールなお姉さんといった感じ。彼女が担当している数学については、男子生徒の成績がうなぎのぼりだとかで、つーか、僕も含まれる。
普段はスーツをカッコよく着こなしている彼女が、可憐なメイド服を身につけるのは、今のように双子に尽くしているときだけであって、普段は拝むことができない貴重な場面。だから、まあ正直に言ってしまうと、今日ここに来るにあたって、それも楽しみにしてたことは否めない。
僕はクレアさんに顔を向けて、すいません、と、軽く頭を下げながらも、その立ち姿を脳裏の奥の奥の奥まで焼き付ける。
足元まで届く漆黒のワンピースに、装飾の少ない純白のエプロン。
すらりとしたその姿は、伝統ある家に仕える高貴な使用人のようで、というか実際その通りなんだけども、やっぱり素敵で素晴らしい。
思わずスマホでパシャパシャ撮りたくなるが、もちろんやらない。
「高見ヤマト」「答えなさい」
煩悩を見破った僧侶の如く、双子はぴしゃりと強い口調でそう告げる。
ひっと、僕は肩をすくめて。
「……まあ、はい」
おどおどと答えた。
「 「――曖昧な返事をしないで頂戴」 」
明らかに叱責を込めた声が、左右の耳に飛び込んでくる。
高低差ゼロのその音は、ひとり分にしか聞こえない。
僕は、しゃきりと背筋を伸ばししてから。
「はい、認めます。僕がやりました」
声が震えそうになるのを何とか抑えながら、僕は答えた。
それでも無理やり声をあげたせいか、開き直った風になったかも知れない。
けど、僕は本当に反省している。
悪いことをしてしまったと。
ただ、それを単なる悪行だと認めたくはないけども。
そんな心の内はともかく。
彼女たちが僕の言葉をどうとらえたのか、それはわからない。
ただ、双子はじっと僕の顔を見据えて。
「そうですか」「わかりました」
穏やかに声をかける。そして。
「それでは高見ヤマト」「貴方には」
わずかな刻、お互いに視線を合わせ、小さく頷いてから。
ふたりは僕に向かって言った。
「――褒賞を、与えましょう」
「――懲罰を、与えましょう」
不協和音。
心地良かった音楽が、急に壊れてしまったかのように。
ちらりと見ると、クレアさんが首を傾げていて。
双子の当人たちも。
「……え?」「……ん?」
不思議そうにお互いの顔を見つめあっていた。
きょとんとしたその顔は、だいぶ緩んでいて。
普通の女子高生、見ようによっては、もっと幼く見えるだろう。
なるほど 完全に心が通じているというわけでもないようだ
静寂につつまれる生徒会室。
「――お嬢様」
クレアさんが口を開いた。
「確かに、彼が行った行為は」
僕の方を一瞥してから続ける。
「校則違反どころか法に触れかねないことではありますが、心情的に理解できなくはないものです」
双子を見据えながら話すその言葉には、普段のクールさだけでなく、慈しみの音色も聞き取れる。
「しかし……少しばかり過激であり、人にとっては嫌悪感を抱きかねないもの。それでも一部の人にとっては、英雄の如き行動と捉えられなくもない。つまり」
じっと、顔を向けたふたりを見据えながら。
「一言でいえば、そう、判断の難しい問題です。お互いの意思を事前にきちんと確認しておくべきでしたね」
最後はわずかに戒めるような口調で、話を終えた。
双子はクレアさんの言葉を素直に認めたように、そろって小さく頷く。
そして。
「 「クレア、貴女は――」 」
「私は意見できる立場にありませんので」
ふたりが口を開くとほぼ同時に、クレアさんは慣れた様子で言葉を発し、視線を切った。
おそらく双子は「どう考えるの?」と続けたかったのだろう。
つんと、そっぽを向いたクレアさんに、むうと、頬を膨らませていかにも不満げな表情を浮かべるふたり。
家族のような親密さを感じさせるその光景は、微笑ましさを生み出すほどに。
けれど、その空気は一瞬で霧散した。
ふたりは何かを小声で話し。
そして、きりっと、鋭く美しい目つきをして。
双子のひとり。
天帝エクスだけが、椅子から立ち上がった。
非対称となった光景。
この空間に響く音すら無くなってしまったような、そんな中で。
「――ひとつ、尋ねましょう」
眼前に立った少女は、ふわりと羽根のような口調で。
僕のことを見下ろしながら、ゆっくりと右腕を前に伸ばして。
「嘘をつくことは、許さない」
銃口でも向けるかのように、人差し指を強くこちらに向けて、そう告げた。
すわ、と。
周囲の空気がわずかに熱くなった。
温かく、じゃなくて、熱く。
チリチリとまとわりついて、僕の周りを延々と回っているかのように。
それは、日常では決して感じることのないものであって。
だから僕は察した。
ここで嘘をつけば、確実に見破られる、と。
少女は不動のまま。
「高見ヤマト」
僕の名を呼ぶと、わずかに間を取ってから、僕に尋ねた。
「貴方が、今、最も望むものは何ですか」
「……恋、ですかね」
そう答えた。
「ん?」
「僕は、恋がしたいです」
きちんとした言葉で、言い直す。
緊張で千切れてしまいそうな中、目一杯の笑みを作って。
「……ふうん」
僕を見つめていた少女、天帝エクスはすっと右腕を下ろした。
取り巻く空気が、元に戻った感覚。
僕の前に立ったまま、腕を組んで、右手で口元を隠すように。
やがて、うーん、と、小さく唸り始めた。
前髪をざっとかき上げてから、首を傾げ、ぽりぽりと頭を掻く。
思考しているのか、戸惑っているのか、心境はよくわからないけど、このお嬢様が、こんな俗っぽい仕草を見せるのは珍しいんじゃないだろうか。
少なくとも僕は初めて見る。
彼女の後ろ姿を見つめているクレアさんが、わずかに眉根を寄せて苦々しい表情を浮かべているのは、きっとそういった態度をたしなめたいからだと思う。
思案顔だか困惑顔だかを続ける少女に向かって、おそるおそる僕は。
「理由は……必要ですか?」
そう確認する。
「――いいえ、不要です」
刹那に表情を戻して。
「それは聞かないでおきましょう」
高貴な振る舞いで、すらりと僕に背を向けると、自分の椅子に戻った。
ほぼ同時に立ち上がる、もう一人の少女――天帝マキナ。
「さらに、尋ねよう」
僕の眼前に立って、そう言い放つ。
左腕を上げ、その細い指を僕に向けると同時に。
ぶうん、と。
パソコンの電源を入れたときのような音が響いた。
周囲の空気が冷たくなる。
冬場に冷房でも入れたかのように、僕の体温は奪われていく。
だから僕は理解した。
ここで嘘をついてはいけない、と。
すっと流れるように、少女は口を開き。
「――お前が、今、最も望まないことは何だ」
そんなことを訊いてきたので。
「それも、恋ですかね」
僕はそう答えた。
「……む?」「……ほう?」
双子が同時に声をあげた。
明らかに今までとは違う視線を、僕に向けながら。
それはきっと、たぶん、彼女たちの――
などと、心の内に浮かび上がった想いを 虫のように潰して
「僕は、恋なんてしたくありません」
選手宣誓でもするかのようにハキハキと。
まるで失恋ソングの歌詞のような言葉で、僕はそう断言した。
天帝マキナは振り返り、同じ姿をした少女と顔を見合わせる。
じっと視線を合わせてから、こくんと、小さく頷きあった。
それはまるで、僕が嘘をついていないことを、確認したかのよう。
「なるほど、なるほど」「面白いですね」
ふたりは改めて僕の顔を見ながら、そんなことを言った。
言葉通り、納得した表情と、それと好奇心を浮かべた瞳を向けて。
そう。
それらは別に相反する事象ではない。
実際、僕の中ではどちらも、確固たる真実だ。
「……貴方があんなことをした理由が、少し理解できた気がします」
ぽつりと。
そんな言葉を漏らしたのは、今まで明らかに僕を訝しんでいた天帝マキナ。
僕に背を向けると、さっきまで座っていた椅子に着座する。
そして隣の少女と顔を合わせ、ささやくような声で話を始めた。
わずかに音として聞き取れるけど、何を言っているかはさっぱりわからない。
確実に日本語ではなく、きっとどこかの外国語でもない。
何でも、ふたりの間だけで通じる独自言語があるとかないとか。
そんなものをわざわざ作る必要があるのかと、そんなことを思ってしまうあたり、僕がただただ平凡な存在であることの証明であり、むしろ、彼女たちが非凡な存在であるというか、まさに人間離れした技能と感覚を持ち合わせているということでもあり。
すごいなあ、と、思わず子供のような感想を抱く。
しかし、まあ、と、無意識に僕は続ける。
それを
なるほど と 納得したのか
面白い と 確かにそう言ったのか 君たちは
「あの」
僕はおずおずと切り出す。
「――僕は生徒会長であるおふたりを、とても尊敬しています」
嘘じゃありませんよ、と、小声で付け足した。
双子は会話を止めて、こちらに目を向ける。
「僕たち生徒のことをいつも考えてくれるその姿勢には、感謝しかありません」
そんなことを言う僕を、じっと見つめるふたり。
揃って冷静な表情だけれど、決して穏やかではなく、何となくムッとした感じなのは、会話を邪魔されたのが嫌だったからだろうか。
「だから、というわけでもないのですけど……ええと、褒賞を与えるにしろ、懲罰を与えるにしろ」
僕は続けた。
「――決して手を抜くことなく、全力で、執行して欲しいのですが」
ふたりを見守るようにたたずんでいたクレアさんが、ぎょっとした表情を浮かべたのがわかった。
「……ほう」「……ふうん」
双子がそんな声をあげた。
どんな声だと聞かれたら、一言でいえば、まあ、不満げな声。
つまり――何を言っているのだ、このクズが、私たちは常に全力だ、とか。
……そんな風に他人を見下すような子たちではないと思うけど、抱いた感情はそれに近いはず。
さっき述べた入学前のエピソードにしろ何にしろ、何事にも全力で、と。
それが彼女のポリシーのようなもので、この高校の生徒であれば、経験的に誰でも知っているはずのこと。
そもそも「手を抜くな」なんて言葉、きっと生まれてこのかた、言われたことなんてないんじゃないだろうか。
加えて、今さっきの、僕の裁決に関するお互いの判断ミス。
矜持とか、プライドなんてものが彼女たちにあるかは知らないけど。
僕の今の発言が、そのミスを揶揄したものである、と。
そう捉えられたのだとしたら、それは彼女たちに対する挑発として受け止められてもおかしくない。実際、クレアさんの態度を見る限り、そう捉えたのだとみて間違いないだろう。
そのクレアさんは、疑念と不服の混じりあった視線を、僕に向けている。
その感情をひしひしと全身で受け止めながら、僕は続けた。
「是非、誰の手も借りず、あなたたち自身の手で、確実に遂行してください」
「……!」「……っ!」
声にならない声を上げて、硬直。
目を見開いて、その淡い唇をかみしめるように。
それは怒りというより――きっと困惑に近いもので。
自分たちの内に起こった感情の変化を、即座に理解できなかったのだと思う。
クレアさんが張り詰めた表情で、その視線だけを、ふたりに戻した。
身体は、動くに動けないのだろう。
息を押し殺して立ちすくむ、その緊迫感はこちらにも伝わってくる。
そんな空気の中、双子はお互いに視線を合わせることもなく。
ただじっと、僕の方を見てから。
「 「いいでしょう」 」
覚悟を決めたように、声を揃えて。
すっと空気を切るかのような所作で、ふたりは同時に椅子から立ち上がった。
「――お嬢様っ!」
クレアさんが声を張り上げる。
これから起こるであうことを、止めるために。
それから生じるであろう彼女たちの新たな物語を、裁ち切るために。
けれど、その声から諦めの色を感じとれるのは、きっと――
自分が何を言ったところで、もう止まらないと。
そのことを十分に理解しているから。
僕が座る椅子の近くまで歩み寄り。
音もなく立ち止まったのは、同じ顔をしたふたりの美少女。
「――私たちは」「この天帝高校の生徒会長として」
ひとりの少女が突き刺すような目で、僕を見る。
ぶわっと、周囲のすべてが熱気を帯びて。
美しく輝く金色の髪が、炎の揺らめきのように。
突として、薄紅色を形のない霧が、ふわりと。
その小さな身体を包み込むかのように覆い始める。
それこそ――魔法のように。
「私は、私の持つ、
そう告げたと同時に、いや、わずかに言葉を遮るかのように。
もうひとりの少女が、冷たい瞳で僕を見ながら。
カチャリと、時間の流れが空間から乖離してしまったような感覚。
その金色の髪が、怪しく水銀の動きを思わせるかのように揺れて。
眼孔と爪先が、うっすらと蒼く、強い単色の輝きを持ち始める。
それはまるで――機械のように。
「私は、私の持つ、
ふたりの異彩な少女たちが、椅子に座ったままの僕のことを見下ろしている。
強い眼差しで、睨むように。
しんと、生徒会室にわずかに訪れた静寂を打ち破り。
「貴方に、最高の恋愛を――」
「お前に、最悪の恋愛を――」
少女たちの凛とした声が、ハーモニーを奏でた。
「 「もたらしましょう!」 」
ぞわり――と、全身が総毛立った。
心臓がどくんどくん、ドクンドクンと、僕の中で大きな音を鳴らし始める。
僕は姿勢よく着座したまま、思う。
すばらしい、と。
思わず頬が吊り上がりそうになるのを、何とか抑えながら。
続けて、思う。
大丈夫。
清濁の区別なく、君たちの想いは、すべて僕が受けとめる。
だから、願わくば。
その君たちが持つ、すばらしい力で――
天帝高等学校の自由のために! 僕と一緒に戦おうじゃないか!
まるで生まれて初めて、人を好きになったときのような。
僕の心は激しい歓喜に満たされ始めている。
わくわくと胸を躍らせ、この先に起こる未来を想像しながら。
それでも最後に、正しくも冷酷な事実を、言葉を、想いを。
僕は、つけ足した
――ただし どちらか ひとりだけ
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