第4話 人形勇者と王族の少年

 カイの足取りは非常に軽かった。


 ユーラリアは客観的に見ても美人だ。

 陽に透かせば溶けそうな淡い金の髪、琥珀のように甘い瞳。偶に薄紅に染まる白い肌。嫋やかな体つき。彼女の見た目は人形じみている。


 表面上の感情表現に長けた彼女が、偶にだが素で自分に堪えられなかったような微笑みを向けてくれることが、カイには素直に信じられなかった。


 横に立つ、ひどく平凡な自分に。


 既に妻となった恋人未満の友人と建設的な関係が築ける見込みが立ったのは、カイにとって喜ばしいことだ。

 自分が不妊の体であることを黙っていることに罪悪感はあったが、美女の伴侶に舞い上がっていた。

 どうせ、離婚は出来ないのだ。なるようにしかならないということを、カイは既に身をもって知っていた。




 ユーラリアがベッド、カイがソファーで寝るのはこの一週間、変わらなかったが、カイの高性能な体には些細なことだった。むしろ、何度徹夜しても平気であることを自覚してしまった。

 精神を休めるくらいしか、睡眠には意味がないのだ。


 カイに割り振られた仕事はいくつかある。

 ユーラリアと共同の作物の品種改良。魔道士長とこっそり企む人形老化魔法と生命創造魔法。ほぼ趣味の資料の数値化と教材作り。

 今日は教材を一緒に作ってみようと、御年八歳の義理の従兄弟、テオドール殿下を誘うつもりだ。

 彼は現在、パーセゴート王国の王位第二継承権の持ち主である。


「テオドール殿下〜」

「あっ、勇者どの!」


 テオドールはカイを見つけると、王家特有の金の瞳を瞬かせて一目散に駆けてきた。お付きの乳母の目が、その形と相反するように冷たい。


 テオドールのカイに対する認識としては、勇者とは呼びつつ、完全に年の離れた兄のようなものだろう。

 テオドールは、六年前に両親が鬼籍に入った際に王家に引き取られ、王族として厳しく教育されている。

 そしてテオドールは、僅か八歳にして既に無害な王族・・・・・たらんとしていた。

 そんな彼にとって、彼を子供として扱う、かつ貴族的な打算のないカイは、十分に懐くに足りる存在だったようだ。


「今日は何をして遊ぶのですか!?」

「遊びじゃない、勉強だ。一応」


 カイは落ち着きのないテオドールを注意しつつも、その顔は笑み崩れるのを抑えられなかった。迫力も何もない。

 カイが異空間から取り出したのは、二つのサイコロと沢山の小さな駒、何種類もの無地のカード、浄化の旅の間に時空魔法の応用で作った緻密な地図の三つである。


「コレは? 駒は、チェスの駒のようですけど」

「その通り! テオドール殿下は昨日までで、一通り戦略と戦術について学び終えたんだろ?」


 カイの弾んだ声に押されたのか、テオドールは話が見えないだろうに曖昧に頷く。


「で、分かったか?」

「いちおう理解しました。でも、実際にはできないと思います」

「正直で結構」


 カイはわしわしと大雑把に、テオドールの柔らかいミルクティー色の髪を撫ぜた。テオドールの髪は乱れまくっているが、顔や雰囲気は子供らしく緩んでいた。

 カイもまた、その顔は柔らかく笑っていた。


「だから、練習する場所を作ろうと思う」

「作るのですか? チェスでは駄目なのですか?」

「チェスよりもっと実践的だ。俺たちで新しいゲームを作ろう」


 カイは悪戯っぽく笑う。

 無いものを作る、というワードに、テオドールは少年らしくワクワクしていた。


 二人は書庫で様々に軍学書や歴史書を散らかし、ゲームに入れるべき要素や条件を並べ立てる。カイは軍事に関しては素人で、ともするとテオドールの方が優秀だった。

 ある程度できたら二人で対戦、浮かび上がる課題を撲滅するべく再び本と格闘。実践に近すぎてはルールが煩雑になりすぎ、簡便にすれば詰まらない。

 声は大きくないものの騒がしい二人は、司書の注意を物ともせず、ゲーム作りに没頭した。他の利用者がいなかったのが不幸中の幸いと言えるだろう。

 トライアンドエラーを繰り返し、ボードゲームはようやく実用の域に達する。


「「できたー!」」


 二人は完成した玩具を前にハイタッチしてお互いの健闘を称えた。


「これ、凄くないか!? リアさんに自慢する!!」

「リア姉さま、驚くでしょうか? 楽しみです!」

「とりあえずは、もう一戦だ」

「はい!」


 興奮しご機嫌な二人は気づいていなかった。背後で乳母と司書が腕を組み仁王立ちしていることに。


「テオドール殿下、お昼を抜かれましたね……。そして、夕飯まであと四半刻もないのですよ、早く着替えて食堂に。勇者殿、貴方もです」

「お二方、この惨状が見えますか? 誰が片付けると思っていらっしゃるか、聞きたいものですなあ」


 それはそれは低い声に、二人は今度は別の意味で手を取り合った。机の上は、切り刻んだ紙やハサミなどが散乱している。テオドールの腹は、子供らしく空腹を訴えていたが、逃げ場はないらしかった。


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