吾輩、天界の者に呆れ果てる!
「この度は誠に、申し訳ないことを致しまして……」
「いやいやそんな」
吾輩は、魔王。魔族の王である。もちろん名前はある。けれども、かなり長ったらしいから、もう自分でも名乗るのがめんどいし、『魔王』の方が立場とかわかって良いよね、ってことで。
さて、いま吾輩の前にはつるっつるハゲ頭のおっさんが、そのつるっつる部分を惜しげもなくこちら側に見せつける形で深々と頭を下げている。その隣には瞼をぷくぷくに腫らし、真っ赤な頬をパンパンに膨らませて、さも不服そうに口を尖らせている女が立っている。
「こンの『馬・鹿!』にはよぉっく言ってきかせましたので!」
「……そのようだな」
最早その瞼も開けているのか閉じているのかわからないような状態になっている。果たしてこちらを見ているのかいないのか。
面会ならまずアポを、と秘書のエキドナが対応したにもかかわらず、地面に頭(ハゲの)を擦り付けるようにして頼み込まれ、どうにも断れなかったらしく、彼らはかなり上等な菓子折りを持参して我が城へとやって来たのである。
しかし、その報告の通りだとすると、なぜ彼の頭は擦り傷ひとつないのか。さてはエキドナめ、菓子折に釣られたな。あの包装紙は城下町にある老舗焼き菓子店のものだったからな。あいつめ、吾輩を欺くとは。
まぁ、来てしまったものは仕方ないし、内容についてもまぁまぁ無視出来ない類のものらしいから良しとしよう。
「いや、もう良いから。とりあえず頭を上げてくれ」
そろそろお前の頭頂部を見るのも飽きたから。という言葉はぐっと飲み込む。
「吾輩も気にはなっておったのだ。南の地区の
「重ね重ね、申し訳ござい……」
「重ねるな。もう良いと言ってるだろ」
再び
「ただ別に、どんなヤツでも倒すだけだし、吾輩としては」
「何と頼もしいお言葉」
「でも、人間側からすれば誰でも良いんじゃないのか、吾輩の討伐なんて。別に勇者じゃなくても――」
「だぁぁめです!」
ハゲのおっさん(天界のどっかの部署のそれなりに偉いヤツらしい)はここ一番のヴォリュームできっぱりと言い切った。駄目なのか、やっぱり。
「魔王さんは勇者が倒してこそなんです! 太古の昔より、人間達は巨大な悪と戦ってきましたが、トドメを刺すのは選ばれし者と相場が決まっているのです!」
「そうなのか……。そうだったのか……?」
「そうなのです!」
「まぁ、そっちがそう言うのならそうなんだろ。じゃあいまからでもそいつを勇者に認定すれば良かろう」
「そんなわけにいきませんよ。まだ勇者は生きてますし。2人もいりません」
「ならばさっさとこちらに来るように伝えろ。瞬殺してやるから。そしたらそいつを勇者にすれば良いじゃないか」
「そんな簡単に……。ていうかですね、その本物の勇者もですね、そいつに頼りきってるんですよ。そりゃ死にたくないですから」
「死にたくなくても我が身を投げ打つのが勇者なのではないのか」
そうだ。
少なくとも、吾輩がいままでに屠ってきた勇者達は、皆そうだったのだ。誰だってみすみす死にたくなどない。けれど、自分がやらなければならない。その覚悟で吾輩に挑んできたのである。
ていうかそいつ、どんなポイントで勇者に任命したんだ。いまの時点で勇者としての資格ほぼ0じゃね?
人間は死ぬと生前の行いやら何やらによって天国か地獄に行くことになっている。天国はまぁ良いとして、問題は地獄の方で、これがまた「何でそんなにも?」と思うほどに細分化されている。吾輩も視察で何度か行ったことがあるのだが、ガイドなしでは歩けない。間違いなく迷う。
――で、だ。
ハゲ曰く「こンの『馬・鹿!』」が、事故で死んだ地獄行きの男(そいつは天国に行けるものと思ってたらしいが)を、予定とは違った刑場に案内してしまった、と。
まぁ地獄に落ちるようなヤツだからろくなもんじゃないのは間違いないんだが、彼にしてみればそこの分野に関しては無罪なわけで、「謂れのない罪で無駄な苦役を強いられた!」と。まぁ、そこまで強く訴えたわけではないらしいんだが、この女が過剰に反応して、そいつに言われるがまま、勝手に色々なオプションを付けて異世界――つまりココに転生させてしまったのだという。
そのことを咎めると、こともあろうにこの女は、しゃあしゃあとこう言い放った。
「最近こういうの流行ってるんだし、別に良いじゃないですか」と。
……流行ってるの?
そう思わずにはいられなかったが、どうやら女の言うことも一理あるようで、天界の者がついうっかり死ぬ予定のない者を死なせて(それはもちろんそいつが殺したとかではなく)しまったことの責任を取る形で、あるいは、もういっそシンプルに死んだからハイ異世界転生、チート付でいってらっしゃい、ってよくわからんサービスまでしたりするのが確かにちょっとしたブームだったらしい。
しかし、彼女はそれが――ある程度の地位にある者だけに許されている――いわば『戯れ』であることを知らなかった。
彼女はまだその仕事に就いてたかだか数十年のド新人であり、とてもじゃないがそのブームに乗れるような立場ではなかったのである。それでもその部署に配属されるだけあって、それを出来る能力が備わっていたことが厄介だったというわけだ。
結果として――、
レベル1の勇者よりも格段に強い一般人が出来上がってしまったというわけだった。
女の方も全くのお咎めなしというわけにはいかず、これから謹慎&減俸or出向(しかもかなり待遇が悪いところとのこと)orいっそクビという処分が下るらしいのだが、それは吾輩には関係無い。
「とにかくですね、魔王さん。こちらとしましても、困り果てているのです。何としてでもあの亡者を回収して、地獄へ送還しなければならないのですよ。ここは彼がいて良いところではないんです。あんな規格外の力を持ったヤツが好き放題暴れたら、そちらにも多大な被害が――」
「ふむ」
被害。
ふむ、被害、ねぇ。
まぁそうなんだろうな。
現に南の地区はかなり荒らされている。もちろん魔王として見過ごすわけにはいかない。さて、どうするか。
唾を飛ばしながら力説するハゲを見つめ、吾輩は、ううむ、と唸った。
「――ぃよっしゃ! ウチの魔王君にまっかせっなさぁ~いっ!」
「――む?」
「――ん?」
吾輩のマントの中に隠れていた先生――元勇者(レベル1)が元気よく発言をした。
おい、しゃべっちゃ駄目って言っただろ! お前は吾輩と戦って死んだことになっているのだぞ!
「あっ、やべっ!」
数秒遅れてやっとそのことに気付いたらしく、先生は慌てて口をつぐんだ。
「……に、にゃあ~ん」
遅いわ! それで騙される馬鹿かいるか!
「何だ、ただの猫か……」
いた―――――――――!
ここにいた―――――――!
「魔王さん、猫お好きなんですね」
こいつ、魔王城に猫がいることに微塵も疑問は感じないのか。
吾輩が飼ってるわけなかろうに。
「い、いやまぁ、少々……、たしなむ程度に、だが」
「成る程。可愛いですもんね」
可愛い……かと聞かれるとなぁ。
猫ってヤツは『可愛い/可愛くない』じゃなくて、どちらかといえば、『美味しい/美味しくない』なんだよなぁ。そんで、どちらかといえば猫は美味しくない。割と好みが分かれる味というか、そもそも小さすぎて食べれるところが少ないんだよなぁ。
それはさておき。
「いやしかし、安心しました」
「安心? 何がだ」
「引き受けてくださるんですよね? ヤツの捕獲」
「何で吾輩が」
「何でって、先ほどキャラ変かってくらいに元気よく『まっかせっなさぁ~い』って仰ってたじゃないですか」
「うぐっ……! そ、そうであったな」
くそぅ、先生め、余計なことを……。
いまさら『ごめん』なんて腰に書いても遅いわ。ていうかそこは腰というかほぼほぼ尻だからな。
まぁ、勇者がそいつを当てにしているということは、しばらくの間、ヤツが自らここへ乗り込んで来ることもないわけだ。仮に吾輩不在の隙をついて乗り込んで来たとしても、部下達に『勇者への手出しOK』と言えばすむ話であるわけで。
仕方ない、行くか。
「一応確認だが」
「はい?」
「捕獲オンリーか? 万が一殺してしまったり、ということも考えられるのだが」
「さすが魔王さん、頼もしいですね。もちろん、心配はありません。それならそれでも」
「わかった」
……だから先生よ、ぴょんぴょん飛び跳ねるのを止めろ。隠れてれば良いというわけではないのだぞ。こいつもさすがにそこまで馬鹿じゃないだろう。
「おや、マントの下に……」
ほら見ろ。
「い、いやこれはだな。えぇっと、その……」
「いえ、良いんですよ。わかってますって」
「何と、わかっておったのか」
「ふふふ。もちろんですとも。私を誰だと思っているのです」
「そりゃただのハg……ごぉっほ! ぐぉっほん! いや、すまん。正直見くびっておったわ」
やはりこんな頼りなさそうなヒョロハゲでも天界ではかなり位の高い人物らしいのである。それこそ、亡者を勝手に異世界に転生させても許されるくらいの。そうか、だったら別に隠さなくても良かったな。
「いやいや、やはり魔王さんの猫ともなればかなり大きいのですねぇ」
はい馬鹿――――――――!
はい馬鹿確定――――――――!
純度100%、混じりっけ無しの馬鹿、ここに極まれり!
とっとと帰れ!
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