吾輩、いまいち納得出来ない!
さて、そんなこんなで『ディートハルト』とかいう転生者を探す旅に出た吾輩であるが、ヤツの足取りは全くつかめず――、
などということはない。
なぜなら吾輩には千里眼の能力があるからである。
あのハゲからは常に女を侍らせていると聞いていたのだが。まぁ良い。それはまぁ良いのだ。
とにもかくにも、こいつを取っ捕まえてあのハゲに引き渡せば済む話なのである。
なのだが――。
「いやぁ、久し振りの外!」
なぜ先生まで。
いや、確かに吾輩が不在の間、一人で
「おっ? お嬢ちゃん。随分若いのに立派な狩猟犬連れてるじゃないか。その大きさ……飛竜狩猟犬だな?」
「えっへへー、わかるー?」
問題は、なぜ、吾輩がこんな姿になっているのか、という点だ。
吾輩の背中を撫でながら、先生は得意気である。
「野生か? それとも
「ぐっふ。もち野生よね」
まぁ、野生と言われりゃそうなんだろう。ブリーダーってのはあれだろ? どんどん産ませてどんどん出荷させるヤツ。……たしかに父上はどんどん産ませてたけど。あれ? そうなるともしかして吾輩もそっち?
「ほぉ、野生か! それにしては毛づやが良いな。顔つきも精悍で賢そうだ」
「でしょでしょ。あたしの自慢の子なんだよねぇ」
「わふ」
まぁ、嬉しくないわけではないが。
魔王城を旅立つ日の朝、さて行くか、という段で、先生は「ちょっと待ったぁ」と吾輩の前に立ちはだかり、高らかにこう言った。
「人間のトコに行くわけだから、変装しないと!」
一理ある。吾輩としたことがうっかりうっかり。この姿で行けば人間共は阿鼻叫喚、この世の終わりだと大騒ぎになるだろう。先生ナイスだ。
「完全に溶け込む必要があるからね」
うむ。全くもってその通りである。さすがは先生だ。
「というわけで、魔王君は犬ね」
――はい?
「あたしが飼ってる犬」
――何だと?
「ちょっと待て。なぜ吾輩が犬なのだ!」
「あれ? 無理だった? やっぱりドラゴンとかそういうのじゃないと厳しい? こないだ超もっふもふのになってくれたから、てっきりイケるのかと思ったんだけど。なぁんだ、犬は無理なのかぁ」
「見くびるな! なれるわ、犬くらい!」
いま思えば完全に乗せられた形で吾輩は飛竜狩猟犬に変化したのである。室内用に改良された小型犬でも良かったのだが、その姿ではもしもの時の迫力に欠けるだろうという判断である。
まぁ、小型の愛くるしいヤツが、牙を剥き出しにして喉笛に噛みつくというのもなかなかぐっとくるが。
飛竜狩猟犬になった吾輩は四つん這いの状態でも小柄な先生の胸辺りまでの大きさがあり、犬というよりは牛に近いかもしれない。漆黒のように見える毛並みは光に透かすと実は濃い紫色である。先生は吾輩の背中の上に肘を起き、その毛並みをさわさわと撫でた。「思ってたより良いじゃん」とか言いながら。
当たり前だ。先生の想像くらい軽々と超えてやるわ。
「――でも、せっかく上等の飛竜狩猟犬を連れてても、この辺のドラゴンはほとんど狩られちまったぞ」
「うぇ~、マジ? そんな凄腕のハンターがいるの?」
「そうなんだよ。流れ者なんだけどさ。剣の扱いはめちゃくちゃなんだがな、それがもうすげぇの何のって。知り合いの道場の師範代曰く、型も何もあったもんじゃないみたいなんだが、それでもバッタバッタとドラゴンを切り捨てていくわけよ」
「ほぉーん」
「まぁ、山の方に行きゃまだまだいるんだろうが、業者でもなけりゃそこまでする必要はないわな」
「ふぅーん」
先生はちらりと吾輩を見た。何だ。何が言いたい。
行きたいのか、山に?
通りすがりの村人が去った後で、吾輩は先生に問い掛ける。
「先生、どうした」
「んー? 何が」
「さっき吾輩を見ただろ」
「見ちゃ駄目なん?」
「駄目ということではなく。何か言いたいことでもあるのではないかと思ってな」
「べっつにー」
そんなわけはない。
先生とは(いままで出会った人間の中では)長い付き合いなのだ。この『べっつにー』は本来の『別に』という意味ではないことくらいわかっている。
しかし、問題はその内容である。
これまでのやりとりで吾輩は学習した。こういう場合、質問攻めにしてそれを明らかにしようとするのはかなりの愚か者である。この何よりも厄介な『先生』という生き物をまるで理解していない素人がやりがちな愚行だ。吾輩も何度それを行って彼女の御機嫌を損ねたか。いや、あの頃の吾輩は青かったと言わざるを得ない。
では、先生の良き理解者となった吾輩がとるべき行動、それは何か。
察する、これに尽きる。
あの時、どんな会話の流れから先生が吾輩をもの言いたげに見つめていたかをよーく思い出すのである。
そうだ、山にならまだ紅竜がいるはずだ、という話をしていたのだ。
ということは、だ。
もしかしたら先生は山に行きたいのかもしれない。
ずっと狭い寝室にこもりきりだったのだ。広い世界を歩きたいのだろう。
「……先生よ。吾輩、ちょっと山の様子を見に行きたいのだが」
「ほ?」
「さっきの男の話だとディートハルトは平地の紅竜のみを狩っていたようだが、仲間の危機を察知して山に棲む者達も下りてきているかもしれない。紅竜はドラゴン属の中でも繁殖力が弱いからな、絶滅でもされたらことだ」
「良いの? アイツすぐに捕まえに行かなくても」
「構わん。吾輩がその気になれば捕まえるなど一瞬だ」
「ぃよし! そんじゃ行こう! 山だ山だぁ! ハイキング! 登山!」
どうやら先生はやはり山に登りたかったようだ。
両手でガッツポーズを決めている。
ただ、紅竜が生息するのはそんなハイキング気分で行けるような山ではないのだが。まぁ、もしもの時は背中に乗せていけば良いか。
「……ほ、ほほほほわぁぁぁぁ――――――……!!」
バッサバッサと翼をはためかせた紅竜が、吾輩達の頭上20mにいる。小さな群れのようで、その数は7匹だ。
案の定早々にバテた先生は、吾輩の背中にしがみついて奇妙な声を上げた。
山から下りてきているかもしれないというのは単なる憶測だったのだが、あながち間違いではなかったらしい。紅竜は繁殖力が弱いからこそ仲間同士の結び付きが強い生き物なのである。
食料を求めて狩りに出掛けた仲間が戻って来ないので偵察しに来たのかもしれない。
「かなり怒ってるな」
「怒ってるの?」
「そうだ。目が真っ赤になっているし、爪と牙の先が黒くなっている。体内の毒をそこに集めているのだ」
「魔王君、目ェ良いのね。あたし全然見えない。ていうか、何でそんなに怒ってるの? あたし達が山に来たから?」
「まぁ、そういうことだろうな。ただ、ここはまだあやつらの縄張りではないはずだから、恐らく吾輩達を
「あぁ、仲間を殺したヤツだって思われてるってことね。えー、どうすんの、これ?」
「案ずるな先生よ。吾輩を誰だと思っておる」
「わお、恰好良ぃ~い」
のんきな先生を地面に下ろし、変化を解いていつもの姿に戻る。すると紅竜達は慌てて陸地に下り、羽を畳んで
『魔王様とは気付かず、とんだご無礼を致しました』
『良い良い、構わん』
『しかし、連れているのは人間の娘ではありませんか』
『……う、うむ。いや、これには少々訳があってな』
「――ちょっと」
マントをぐい、と引っ張られる。
眉間にしわを寄せた先生が吾輩のマントを尚も引っ張りながら不満気に見上げていた。
「何だ、先生よ」
「あんさ、ギャオギャオガオガオしか聞こえないんだけど」
「まぁドラゴンの言葉だからな」
「通訳してよ。仲間外れ嫌じゃん」
「む……、すまんかった」
通訳か……。
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