♯43 真実は己がのみ知る


「ベアッ!!」


 レナの上げた大声が部屋中に響き、ベアトリスの手が止まった。


「レ、レナさん? どうされたのです?」


 困惑した様子のベアトリスに詰め寄り、レナは言った。


「ベア、落ち着いて考えて」

「え?」

「リィンベルは、もう滅びてるんだよ」

「え、ええ」

「昔に脱出した人以外、生きてる人なんていないよ」

「ですが、パトリック様は」

「この人は、間違いなく死んでたよ。なんでこうやって人の姿になって喋ってるかわかんないけど、そんなのまともな方法じゃないよ」

「レナさん? な、何を仰って……」

「みんな死んじゃって、オバケになって、理性もなく襲いかかってくるのに、この人だけそうじゃないのはおかしいよ」

「そ、それはきっと、パトリック様が何かの魔術で奇跡を──」

「そんな魔術聞いたことない。魔術で奇跡は起こせない!」


 レナの一言に、クロエもベアトリスも、そしてパトリックも表情が変わった。


「それにこの人、『待ちくたびれた』って言ってた。誰かが来るのを待ってたんだよ」

「え、ええ。ですから助けがくるのを──」

「鍵を持ってる人がなんでそんなの待つ必要があるのっ?」

「「!!」」


 レナの疑問に、クロエとベアトリスがハッと同時に気付く。

 滅びたリィンベルの世界で、今もなお存在する異質な人間。そして鍵を持っている彼ならば、いつでも『星天鏡』を利用することが出来たはずだった。


 ──違和感。


 全身をぞわっと襲うような寒気が部屋中に流れている。レナがずっと感じていたであろうそれを、クロエとベアトリスもようやく感じ取ったようだった。


 レナはパトリックの方を睨み付けるように話す。


「それに、レナにはこの人が助けを待ってたなんて思えない。どう見たってそんな感じじゃないじゃん。この人絶対変だよ!」

「し、しかしっ、ただ怪しいというだけでリィンベルの英雄を──」

「ホントにこの人がリィンベルの英雄ならさ、一人だけこんなところで生き延びてる方がおかしいじゃん! みんなを守ってくれた人なんじゃないの!?」

「──っ!」

「確信なんてないし証拠も何もないけど、レナはこの人信じられない。だってすごく嫌な感じするもん!」


 そう断言するレナの迫力に、クロエもベアトリスも言葉を失う。それは二人がレナの言葉を“理解”した証だった。


 ベアトリスが、呆然とつぶやく。


「……ならば、ならば、パトリック様は……」

「あの……ひょ、ひょっとして……待っていたのは、“助け”じゃなくて……」


 そこでこわごわと声を漏らしたのは、クロエ。



「……“子孫”……?」



 クロエが恐れたその疑問は、しかし核心を突いていた。



『……くく、くっくっくっく!』



 男は顔を押さえて笑い、それから怪しい笑みを浮かべて言った。


『私は恥ずかしいよベアトリス』


「……え?」


『どうやらお友達の方が賢いようだからね。それでも私の子孫なのかい?』


 そう言うパトリックの目を見たとき、ベアトリスはすぐに身を引いて距離を取る。レナとクロエもベアトリスのそばに並んだ。


「──近づかないでくださいませっ!」


 そう叫んだベアトリスが魔力を解放し、竜の形をした“オーラ”を発現させる。その呼吸は浅く荒くなっていた。


『ほう。その年で《竜焔気ドラゴニア・エフェメイル》が使えるのか。申し訳ないベアトリス。先ほどの言葉は撤回しよう。さすがは私の子孫だ』

「もう一度尋ねます! 貴方は……本当にパトリック様なのですか!?」


 厳戒態勢となった三人の視線が集まる。

 対するパトリックはまるで動じた様子もなく、淡々と返した。


『真実は己がのみ知る。君も魔術師ならば、解るのではないかね?』


 次の瞬間。

 パトリックの周囲に白い魔力が溢れ出し、それは彼の背後でぐねぐねと形を変えて竜の姿へと変貌した。


『──っ!!!』


 レナたち三人は、その光景に言葉を失った。


 ──《竜焔気》


 ベアトリスの家系が操る特異な魔力。それを扱えることは、明確な証左であった。


「パトリック様……一体何があったのです!? なぜ貴方は、貴方だけは生きていて、こんなところにいたのですか!? 貴方は人なのですか!? 貴方の目的は──なんなのです!?」


 震える拳を握りしめて声を張り上げるベアトリス。


 パトリックは、にこやかに言った。


『すべては魔術の発展のためさ』


 レナたちは、その言葉の意味が理解できなかった。

 パトリックはまた顎に手を添えながら、まぶたを閉じて語る。


『リィンベルが滅びたことは残念だったが、なに、大した失敗ではない。進化と滅びは表裏一体だ。そのおかげで得られたものは大きい。私がいる限りすべての失敗は成功へと変わる。きっと犠牲になった“彼ら”も喜んでくれることだろう』


「……なにを、何を、仰っているのです……」


 くっく、とパトリックは笑いながらまぶたを開いた。


『時間は掛かったが、すべては想定通りに進んでいる。我が子孫ベアトリス──君がここに来たことがその証明であろう。くっくっく。一体人は、そして魔術はどれほどの進化を遂げているのだろうか。ようやく研究を再開出来るのが楽しみだよ』

「パトリック様……何を、い、一体何を語っているのです!」

『すぐに解る。──その身体は私のものになるのだからね』


 パトリックが右手を動かすと同時、竜腕と化した彼の魔力が鋭くベアトリスを狙う。


「ベアッ!!」


 レナの叫びが聞こえる前に、ベアトリスは既に動いていた。

 自らもまた《竜焔気》を操り、パトリックの竜腕をなぎ払う。たったそれだけの攻防で部屋中が重たく振動し、壁や棚が激しく崩れて入り口がふさがれてしまう。


「脱出します! レナさんクロエさんッ!」


 ベアトリスが呼びかけたとき、レナは既に魔力を込めた拳を放ち扉の前の瓦礫や障害物を吹き飛ばしていた。パトリックはベアトリスへの攻撃の手をやめることなく、しかし視線だけはレナの方に向けて『ほう』と興味深そうな声を上げた。


「ベア!」

「ベアトリスさんっ!」


 先に部屋を出て呼びかけるレナとクロエ。

 ベアトリスはパトリックの攻撃に対応しながら、必死に逃げるチャンスを探る。


「パトリック様! 想定通りとはどういう意味です!? まさか、まさか……リィンベルで起きた悲劇は全て……!」

『悲劇などではない。全ては進化の過程で起きる必然に過ぎないのだからね。それに今はさまよえる亡霊でしかない“彼ら”も、その時がくれば糧となるだろう。そう──人が望む最終進化の形、“永遠の命”を得る魔術のね』

『!!!』


 パトリックの求めるものを知り、レナたちは驚愕するしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る