♯42 愛しき末裔

 目の前で骸が立ち上がり、あまつさえ話しかけてきた。

 到底信じられない光景にレナたちは愕然とした後、すぐにそれぞれ警戒態勢を取った。


「またオバケッ!!」

「しゃ、しゃ、しゃべって……!?」


 レナの腕に魔力のリングが生まれ、回転を始める。隣のクロエは恐怖に立ちすくんでいた。ベアトリスも言葉を失い、ただ呆然としている。


 そんな三人の様子を見て、骨だけの人物が顎の辺りに手を当てて『ふぅむ』とつぶやく。


『子供にここまで怯えられたのは初めてだ。私はそれほど怖い外見をしていないと思うのだがね』


 不可思議そうに話すその声は、どうやら成人男性らしきもののようだった。つまりこの骸の性別は男らしいが、声帯など存在しないだろう骸から発せられる事にレナたちは当惑するしかない。


「なに言ってるの、このオバケ。あなた誰!」


 恐怖を押しのけるためか、あえて大きな声を上げて威嚇するレナに対して、その亡骸は『くっく』と愉快そうに笑った。


『そうか。君たちは私を知らないのだね。どうやら実験は成功したようだ』

「だから意味ワカンナイこと言わないで! この骸骨オバケ!」

『骸骨?』


 レナの指摘を受けて、少々呆然とする骸の男。

 彼は自身の姿を見下ろし、『おお』と驚いたような声を上げた。


『これは失礼。このような姿では驚かせるのも当然だ。なにぶんめかし込む必要もなかったのでね。少々待ちたまえ』


 そう言うと、骸の男は右手の指をパチンと鳴らした。


 次の瞬間──男の周囲にぶわん、ぶわんっと音を立てる魔力の波が起こり、その足元から“肉付け”が始まっていく。


『──っ!?』


 驚愕するレナたち。


 靴を履いた足元、下半身から、ローブを纏った上半身へ。そして最後には頭が形作られる。

 一呼吸するほどのわずかな間で、ただの骸だったその人物は一人の男性へと変貌していた。

 外見年齢は30代~40代といったところか。端正な顔つきは好青年のそれであり、少々切れ長の瞳や落ち着いた雰囲気は理知的な大人のそれを醸していた。


『これで怖くはないだろう?』


 そうつぶやく男に、レナが少しだけ間を置いて答える。


「骸骨も怖いけど……骸骨が変な男の人になるもの十分怖いんだけど」

『くっくっく。正直な子だ』


 愉しげに笑う男。レナとクロエは寄り添いあいながら警戒を続ける。

 そして、そのすぐそばで──


「……パトリック、様……?」


 おそるおそるつぶやいたのは、ベアトリス。

 男の視線はベアトリスへと向いた。


『──おや、のか。ならばお嬢さんに訊いてみたいことがあるのだがね』


 男は一歩一歩、レナたちの方へ近づいてくる。レナはさらに警戒を強めたが、男は特に構う素振りをもなくベアトリスの前に立つ。


 そして少し身をかがめると、愉しそうな顔で話す。


『パトリック・ブラン・ヴィオールは、良き者とそうでない者、どちらで伝わっているのかな?』


 男の質問に、レナとクロエは何を言っているのかと困惑。

 そしてベアトリスは、男から目を離さずにゆっくりと口を開いた。


「……ヴィオール家初代当主パトリック様は、リィンベルの発展に尽力し、そしてリィンベル崩壊の事件から人々を守ろうとした素晴らしき人格者。彼なくしては現代のノルメルトの繁栄もない……と、云われております」


 すると男は、興味深そうに『ほう』とつぶやいた。


『そうか。リィンベルは消滅し、今はノルメルトという街が造られ、繁栄しているのだね。つまり君たちは、その街の住民というわけか』


 ベアトリスのわずかな言葉からそれだけの情報を得た男は、とても愉しそうにうなずいていた。


 少しの間を置いて、緊張を飲み込んだベアトリスが尋ねる。


「……貴方は、本当にパトリック様……なのですか?」


『そのように認識しているがね。ふむ、となればやはり相応の時間が経っているようだ。これならば十分に──』


 そこで、ベアトリスがさらに言葉を繋げる。


「……わたくしの名は、ベアトリス・ブラン・ヴィオール」


 その一言に、男の声は止まった。


「貴方が本当にパトリック様でおられるならば……私は、貴方様の血縁です」


 男は──途端に嬉しそうに顔を綻ばせてベアトリスの肩を掴んだ。


『ほう……そうだったか! いや、そうであろう。ここへ来られるのは私の血縁くらいのものだろうからね。想像はついていたが、こうも見事に事が運ぶと面白いものだ。くっくっく』


 男は笑い、そして語りかける。


『ベアトリスと言ったね。よくぞここまでたどり着いた。さすがは私の子孫……といっては自画自賛だろうか。ともあれ、私は君を誇りに思うよ、ベアトリス』

「……パトリック様!」


 ベアトリスの表情からは、既に恐怖が抜けていた。どうやら本物の先祖に会えたこと、そして認められた喜びが大きかったのだろう。


 どこか温かく微笑ましい光景に、クロエもホッと落ち着きかけたが──


「……レナ、さん?」


 一方で一切の警戒を解かないレナの様子に、すぐにまた緊張を取り戻すクロエ。


 ベアトリスが彼を見上げるように言った。


「パトリック様、私たちはトラブルによりこの古きリィンベルの地に取りのこされてしまったのです。そのため帰る手段を探していたところ、この部屋でパトリック様の持っていたこの鍵を見つけ──!」


 ベアトリスが鍵のついたペンダントをパトリックへと示してみせる。


『ふむ。星天鏡を使うつもりか。おそらくは君たちの街へと繋がっているのだろう』

「さすがはパトリック様! はい。この鍵をお借りすれば、リィンベルパレスの『星天鏡』からノルメルトに置かれた『星天鏡』へと道を繋ぐことが出来るはずなのです。ですからどうか、この鍵をお貸しくださいませ!」

『ああ、もちろんだよ。鍵はのだからね』

「そこまで考えておいでで……さすが初代様です……!」


 優しげなパトリックの言葉に、ベアトリスは感動していたようだった。

 それからベアトリスは続けて言う。


「パトリック様、死で溢れた古きリィンベルの地は危険です。ご一緒に現代のノルメルトへと参りましょう」

『ほう。私もかね?』

「当然ですわ! まさかパトリック様が生きていらしたなんて……奇跡でしかありません! パトリック様がいらしてくだされば、きっとノルメルトの、リィンベル魔術学院の皆様もお喜びになります!」

『……ふむ。それは喜ばしいことだね』


 パトリックはふっと微笑み、手を差し出す。


『ならば共にゆこう。愛しい末裔のベアトリスよ。この手を取ってもらえるかい?』

「はい、パトリック様!」


 応えようと伸ばしたベアトリスのが、パトリックの手に触れようとしたとき──。

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