♯40 孤独なサボり部屋

 地下での進行は、地上の比ではない精神力を必要とした。

 暗くて狭い、静かな世界。わずかな灯りを頼りに、先の見通せない通路を進み続けるしかない。肌にぴたりと張り付くような冷気は気味が悪く、一歩、一歩と進むたびにレナたちの緊張は増していく。ひょっとしたら、次の一歩を踏み出した瞬間に目の前に不死者が現れるかもしれない。そんな想像が三人の余裕を奪い取っていく。


 そんな中、先頭を歩くベアトリスがあえて柔らかな声色で話す。


「どうやらここも大丈夫そうですわね。今となっても強力な魔術刻印で封じられていた以上、侵入者などいないはず。ましてや知能を失っている彼らにたどり着ける場所ではありません」

「そ、そう、ですよね? まさかヴィオール家の隠し通路に、あの不死者たちがいるはずないですよねっ」

「そうだったらいいけど。いつでも戦えるように、準備だけはしておこ」

「そうですわね。しかし、多少は緊張感を解いてもよさそうです。このままでは息が詰まってしまいますから、少し話でもしながら歩きましょう」


 その場の空気感を悟ってのことだろうベアトリスの気遣いに、レナとクロエもホッと呼吸を落ち着ける。特にクロエの方は本当に息が詰まっていたかのようであった。


 ゆっくりと歩きながらレナが言う。


「ねぇベア、この道ってどこまで繋がってるの?」

「私も詳しいことはわかりませんが……街のいくつかの要所に繋がっているはずです。おそらくは塔にも道が続いているはずでしょう」

「万が一のときは、いくつかルートがあった方がいいですもんね。昔のヴィオールの方たちも、ここから逃げたんでしょうか?」

「いえ。リィンベル崩壊の事件が起きたとき、ヴィオールの者たちは人々を助けるために尽力したと家には伝わっています。おそらくは誰も、この道を使っていないのではないでしょうか。“鍵”が掛かっていたのもその証拠かと」


 ベアの言葉に「あっ……」と納得したような声を上げるクロエ。実際にこの通路が使われていたのなら、わざわざ何者かが鍵を掛けるために戻ってきたということになるため、その可能性は低いと思われた。

 レナがちょっと感心したような顔でつぶやく。


「ふぅん。ちゃんとみんなを守ろうとしたなんて、偉いご先祖様たちだね」

「ええ。ヴィオールの血を継ぐ者として誇りに思いますわ。特に初代当主──パトリック様はご立派な方で、彼なくしてはリィンベルの歴史は語れないと言われます。今のノルメルトがあるのも、初代当主様が力を尽くしてくださったおかげでしょう」

「そんなにすごい人だったんだ。クロエも知ってるの?」

「も、もちろんです! 世界史を学ぶ上で必ず出てくるお名前ですし、魔術の世界でもその発展に尽力した魔術師様ですから」

「へぇ~そうだったんだ。じゃあ、ベアにとっては自慢なんだね」

「はい。初代当主様は皆を避難させるために命を落としたと言われておりますが……その貴族らしい清廉な精神は決して忘れてはなりません。そして私も、初代当主様に恥ずかしくない魔術師でありたいのです」

「そっか。ベアが学校であんな感じだったの、なんか納得した。最初はただの偉そうで生意気なお嬢様だと思っててごめん」

「レ、レナさん正直すぎますよ~!」

「本当に。ですが……ふふ、そういうところが好ましく思いますわ」


 思わず笑い出す三人。一人ではきっと一歩動くことさえ困難であっただろう世界で、しかし三人だからこそ勇気を持って踏み出すことが出来ていた。


 そんなとき、三人の瞳に希望が映る。


「──あれ? ねぇベア。あそこ」

「ええ。出口かと思いましたが、どうやら小部屋……のようですわね」


 レナが指さす方向を、ベアトリスがカンテラで照らす。その先には、簡易的ではあるがたしかに古びた鉄扉があった。


「何の部屋なんでしょう……? やっぱり避難用の物資を保存してた倉庫……とか? ど、どうしましょう?」


 クロエの発言に、レナとベアトリスは同時にうなずいて返答をした。


「行くしかない、でしょ?」

「他に手がかりもありませんから。なにか鏡の鍵に関する情報が得られるかもしれません。お二人とも、気を引き締めて」

「ん」

「は、はいっ」

「それでは開けますわ」


 二人の反応を待って、うなずいたベアトリスが扉のノブに手を掛ける。そして、警戒しながらもゆっくりと扉を開いた。


 その中は──至って普通の小部屋であった。


 奥には古びた木製のデスクが一つ。その近くには色あせた女神画が飾られており、壁際に本棚が置かれている。他にはいくつかの木箱などが置かれていたり、なにかの実験道具のような小物が散らばっていた。


「書斎……でしょうか。特に変わったところはなさそうですが……」

「ひょっとしてあれかな。ベアの家の初代当主様がサボるときに使ってたのかな。お金持ちって意外とこういう隠し部屋とか持ってるし」

「レ、レナさんってすごいこと知ってますよね。ベアトリスさんは、どう思いますか?」

「もしもそうであれば、初代当主様が少しだけ身近に感じられますわね。ともあれ、まずは探索をしていきましょう。先ほどと同じように、なにか見つけましたら連絡を」

「わかった」

「はいっ」


 ベアトリスの意見に従い、レアとクロエも早速動き出す。


 そして三人がそれぞれの場に散ってすぐに──



「──きゃあっ!!」



 突如、クロエが悲鳴を上げた。

 レナとベアトリスは瞬時に臨戦態勢に入ると同時に、クロエの元へと駆けつけた。


「クロエ! どうしたの!?」

「クロエさんっ? 一体何が!?」


 クロエは地面に尻餅をついたまま、青ざめた顔でなにかを見つめていた。


「あ、あ、あ……あっ」


 クロエがゆっくりと指さす方向に、レナとベアトリスの視線が移る。


「「──っ!!」」


 そして二人も、驚愕に声を失った。



 デスクの前に置かれていた椅子に──白骨化した何者かの姿があった。


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