♯39 暗闇へ続く道

 こうして束の間の休息を終えた三人。目的となる鏡の“カギ”を見つけるため、再び荒廃したヴィオールの屋敷を探索していく。どうやら一階に不死者たちの姿はないようだった。


「絶対ここじゃん」


 レナがそっと、赤い扉に手を当てる。

 それは一階廊下の突き当たりにあった扉で、ベアトリスいわく屋敷の地下へと繋がるモノののようで、物理的な施錠はもちろん、魔術刻印による厳重な鍵まで掛けられている。


「確かに、怪しいのはここ、ですね……。ベアトリスさんはどう思いますか?」

「そうですわね。現代のヴィオール邸でも、万が一のための倉庫や脱出通路などを地下に設けておりますから、可能性はあるかと。ああ、このことはどうか内密に」

「いいけど、それって戻れること前提の話だよね」

「ふふ、そうですね。三人だけの秘密、です」

「助かりますわ。とりあえずここを置いて、他を探索しましょう」


 続けて二階へ。崩れた廊下から落ちぬよう気を付けながら慎重に進んだ先で、ベアトリスが小さく声を上げた。


「あちらへまいりましょう」


 彼女が示した先は、二階廊下の突き当たりにあった一室。

 レナとクロエは無言でうなずき、先導のベアトリスに続いて足音を立てぬよう、警戒しながらその部屋へと向かう。


 今もその形を残していた重厚な扉はギギ、と鈍い音を立てながら開き、ベアトリスが安全を確認した後にレナとクロエもゆっくりと足を踏み入れる。


「……わっ」

「なんだか、立派なお部屋ですね……」


 レナとクロエの反応に、ベアトリスはうなずいてから答えた。


「現代のヴィオール邸と同じならば、と思いまして。ここはおそらく、当主の部屋ですわ」

「当主?」

「それじゃあ、ベアトリスさんのご先祖様の……?」

「はい。今のヴィオール邸のそれよりもさらに豪奢な作りのようですが。残された調度品やアクセサリーなど、今の彼らには必要ないのでしょうね」


 ベアトリスは部屋の隅に転がっていた女神を象った彫刻像や、棚に残された数々の貴金属に目を向けながらつぶやく。今も輝きを失わないそれらからは、かつてのヴィオールやリィンベルの繁栄がよく想像できた。


「ヴィオールは、やっぱり昔からすごいですね……。あっ、ひょっとして、鍵があるならこの部屋に……っ?」

「あ、そうかも。エライ人が管理してそうだしさ」


 クロエとレナの発言に、ベアトリスは少し口角を上げて話す。


「そうであればよかったですが、おそらくここには置いていないでしょう。もしも盗人などが入れば、真っ先に狙われる部屋ですから」

「あ、そ、そうですよね。大事なものならなおさら、別のところに厳重に管理してますよね……」

「でもさ、その“別のところ”に向かう鍵とかはありそう」


 何気ないレナのつぶやきに、クロエが「あっ」と気付いたような声を上げた。


「レナさん、勘が鋭いですわね。そう、現代の屋敷でも同じなのです。おそらくここにはその手の鍵が保管されている。目的の鍵とは異なりますが、まずはそちらから探索してみましょう」


 レナとクロエは顔を見合わせてうなずきあい、三人は散らばって探し物を始めた。


 しかし――特にそれらしいものは見つからない。


「鍵らしいものは、見つかりませんね……」

「デスクの引き出しや絵画の裏、それらしいところにはありませんでしたわね。ひょっとすると、どこかに隠されて…………レナさん?」


 クロエとベアトリスが思案する中、レナは部屋の隅ちょこんとしゃがみ込んで何かを見つめていた。


 レナはくるっと二人の方に顔を向け、言う。


「ねぇベア。これ、壊してもいい?」

「え?」


 レナが指さしたのは、あの転がっていた女神像。


「レ、レナさん? えっと、女神像を壊すというのは、さすがに失礼な……」


 レナの発言に困惑するクロエ。

 一方、ベアトリスはハッとした表情ですぐに返答した。


「――構いませんわ。お願いいたします」

「わかった」

「ええっ!?」


 一人だけ驚いてしまうクロエ。その間にもレナは手を動かし、ちょっぴりだけの魔力を込めた『魔拳』で像をコツンと叩く。

 次の瞬間、像はガシャンと音を立てて砕けた。


 そして――



「――あった!」



 レナは女神像の中から取りだしたのは、キラリと光沢を放つ金属錠。手にとって掲げると、クロエとベアトリスがすぐに近づいて確認する。


「これは……! ヴィオールの魔術刻印が刻まれております。間違いなく何かしらの重要な鍵でしょう」

「あっ……さっきの扉もこの刻印が……! そ、それじゃあひょっとして……!」

「可能性は高いはずです。レナさん、お手柄ですわね」

「す、す、スゴイです、レナさんっ! まさかこんなところに……!」

「お金持ちの家って、こういうとこにお金隠したりしてるからね。昔引き取られた家で、こういうの見つけて怒られたりしたんだ」


 腰に手を当てながらフフンと自慢げに語るレナを見て、クロエとベアトリスはキョトンと呆けた後、揃って笑い出してしまったのだった。



こうしてまずはヴィオールの“カギ”を見つけ出した三人。一階にあった例の赤い扉の前で、三人揃ってアイコンタクトをする。

 代表して、ベアトリスが扉に鍵を差し入れた。

 すると扉に浮かび上がっていた魔術刻印がパァッと輝いてから消失し、ベアトリスが手をひねればガチャンと扉が解錠される。


 ゆっくりと、ベアトリスがその重たい扉を開いた。


 その階段の先は――暗闇。


 地下から吹く冷たい風が三人の顔を撫で、途端に空気が変わったことを三人がまったく同時に実感した。


「……屋敷に彼らがいなかったことは幸運ですが、この先にいないとは限りません。お二人とも、気を引き締めてまいりましょう」


 ベアトリスの警告に、レナとクロエは真剣な顔でうなずく。

 屋敷に残されていた魔力灯――魔力をエネルギーとする手提げ用カンテラの頼りない灯りを道しるべに、三人は地下の暗闇へと踏み入った。

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