♯38 女子会in異世界

 三人がようやくの思いで到達したリィンベルの古きヴィオールの屋敷は、現代のノルメルトのものと構造がよく似ていた。現代でこの屋敷を再建したのだとベアトリスの談である。

 古びた屋敷は今でも当時の繁栄を思わせる豪奢さを誇ってはいたが、当時の戦いの後か、または単純な経年劣化か、あらゆる場所で屋根や壁が崩落していたり床が抜け落ちていたりと、単純に歩き回るだけでも難しい状態となっていた。


 そんな屋敷を静かに、そして迅速に探索していた三人は、ある小部屋で足を止める。


 おそらくは召使いの居所として使われていたであろうその場所は、屋敷の外れにあり目立たぬ場所であったため身を隠すには都合がよく、しばしの休息地点となってくれた。


「……あのオバケたち、建物の中にはいないのかな?」


 先ほど屋敷のキッチンで見つけた果実の缶詰を手につぶやくレナ。割れた窓から中に侵入して以降警戒を保ち続けていたが、今のところ不死者たちに遭遇してはいない。


 ベアトリスが小声で返答する。


「喜ばしいことですが、油断はなさらず。彼らはある程度生前の記憶に基づいて動いている節があります。もしもヴィオールの召使いが不死者となっていれば、この部屋に戻ってくる可能性もあるでしょう」

「えっ……そ、それって大丈夫なんでしょうか……?」

「今のところ見かけてはおりませんし……この部屋のドアは長らく開いていた形跡もありません。積もった埃からも、出入りはないと考えてよいでしょう」

「そ、そうですよねっ? よかったです……」

「脅かすようなことを言ってしまいましたわね。申し訳ありません」


 くす、と微笑をもらすベアトリスに「いえそんなっ」と手を振るクロエ。

 一方、同じくキッチンから拝借した錆びたナイフを使い、缶詰を開封するレナ。見た目では特に腐った様子もなく、鼻を近づけてクンクンとにおいを嗅いでみる。


「……うん、アイミーの匂いだ。イケそう」

「ほ、本当ですか? で、でも、さすがにやめておいた方が……」

「けど他に食べ物なんてないし。アイミーなら魔力も補給できて一石二鳥でしょ? レナが試してみる」


 と言った次の瞬間には缶詰内のアイミーを一つ手に取り、ぱくりと食べてしまった。まさかの一口にギョッと驚くクロエとベアトリス。

 レナはしばし味わうように目を閉じて咀嚼していたが、やがてごくんと飲み込んでからパッチリと目を開く。そしてグッと親指を立てた。


「全然ヘーキ。二人も食べて」

「レ、レナさん……すごいです……!」

「適した状況で保たれた缶詰であれば、確かに腐りはしないでしょうが……だからといってこのような場所で食せてしまうとは。貴女には驚かされてばかりですわ……」

「そう?スイーツもあるなら、ちょっとした女子会みたいだね」


 レナの一言に、つい笑みをこぼすクロエとベアトリス。

 そんな積極的な毒味役のレナのおかげで、二人も安心して缶詰のアイミーに手をつけ、その慣れ親しんだ甘味にほっと一息をつくことができた。果実とシロップ蜜のおかげでエネルギーに加えて水分の補給もできたことは、水の確保が難しいこの世界では僥倖だった。またアイミーの果実には魔力も多く含まれているため、その回復にも大いに役立つ。


 食事をとれば心も落ち着く。三人の間に、少しだけ和やかな空気が戻った。それはまるで、元の世界に戻ってきたかと思えるような時間。


「私たちは幸運ですわ。缶詰が腐っていれば、私たちの命は確実に縮まっていたでしょうから」

「もしも缶詰がダメだったら、クロエの魔術で缶詰の時間を戻して食べられないかなって思ったんだけど、そのままイケてよかったね」

「ええっ? さ、さすがにそんな昔までさかのぼるのは無理ですよぉ~……!?」


 困惑するクロエの反応に笑い出すレナとベアトリス。


「缶詰の話は冗談だとしましても……時間を操るクロエさんの魔術は貴重ですわ。この世界において私やレナさんのそれより大きな可能性と汎用性を持つでしょう。クロエさん、なるべく魔力は温存しておいてくださいませ」

「は、はい。何か役に立てたら嬉しいですけど……」

「きっと役立つよ。ていうかクロエの魔術、やっぱりすごいよね。あんなのフィオナママでも使えないだろうし」

「い、いえそんなっ。私なんてたいしたこと」

「クロエさん。謙遜はよいことですが、卑下はよくありません。シェフィールドの娘として誇るべきことです」

「は、はひっ」


 ベアトリスにたしなめられ、多少緊張気味に背筋を伸ばすクロエ。

 その話にレナが声を挟む。


「誇るべきって……クロエのお家もすごいの?」

「あ、え、えっと」

「あら、まだ話していなかったのですか?」


 ベアトリスの言葉に、こくんと小さくうなずくクロエ。なんだか恥ずかしそうにする彼女の代わりにか、ベアトリスが話を引き継ぐ。


「それでは休憩がてらに少しだけ。レナさん。古代リィンベルに五つの名家と呼ばれる家柄があったことはご存じですか?」

「あ。前にクロエからちょっと聞いた」


 ベアトリスはこくりとうなずき、開いた手の指を一本ずつ折りながら話す。


「その中で現代のノルメルトまで名が残ったのは『ヴィオール』、『フランベルグ』、『イオ』となりますが、古くは『ネイシャ』、『ルナーリア』という家系がありました。クロエさんのシェフィーリア家はルナーリアの傍系なのです」


 レナは「へぇ」、と少し驚いたように目を開けた。


「時間を操る魔術というのは非常に難しく、また継承が困難です。『ラビ』の魔族以外で扱える種は希少。ゆえにルナーリアは名を失ったわけですが……その血を受け継いでいるクロエさんは、リィンベルの中でも特異な魔術適正を持つ生徒でしょう」

「ふぅん……そういえば、フィオナママやエステル先生も似たようなお話してたかも。クロエ、やっぱすごいじゃん。もっと偉そうにすればいいのに」

「そ、そんなっ。私なんて──あっ、え、えっと、ひ、卑下じゃないです! ただ自信がないだけなんですっ!」


 あたふたしながらも、自信がないことを自信ありげに宣言するクロエ。

 レナとベアトリスは目をパチパチとさせた後、噴き出すように笑った。それにクロエが「えっえっ?」とまた慌てだし、やがてクロエも照れたように微笑するのだった。


 体力もいくらか回復し、心も落ち着いた。そろそろ対策を再開しようと三人が立ち上がったところで、ベアトリスがあることを尋ねる。


「ところでレナさん。先ほどから何度かお名前を伺い、気になっていたのですが……フィオナママ、というのは……」

「あ、レナのママのこと。血は繋がってないけど」

「養母、ということですか?」

「うん。聖都でレナの家族になってくれたの。パパも一緒にね」

 

 その話に、クロエがちょっぴり嬉しそうに微笑む。


「ふふ。レナさん、前に私に話してくれましたよね。大切な新しいパパとママ。その方たちのことなんですね」

「そうだよ。パパの方はクレスっていうんだけど」

「「……!!」」


 レナの何気ないつぶやきに、クロエとベアトリスの表情が一瞬で固まった。二人の反応にレナが「?」と首を傾げる。


「……ク、『クレス』? えっ……レ、レナさんは、せ、聖都にいらしたん、ですよね?」

「そうだけど」

「あの……ひょ、ひょっとして……!? そ、それじゃあ、お母様の方は……!」


 慌てふためくクロエが何かを確かめるようにベアトリスへ視線を送り、ベアトリスは頷き返した後、神妙な面持ちで口を開く。


「やはり……レナさん。失礼ながらお尋ねしても?」

「なに?」

「レナさんの養父様のお名前は──『クレス・アディエル』。そして、養母様のお名前は──『フィオナ・リンドブルーム・ベルッチ』で合っておりますか?」


 あわわわと震えるクロエと、緊張した様子で返事を待つベアトリス。


 レナはキョトンとしたままうなずいた。


「うん。知ってるの?」


 思わず言葉を失うクロエとベアトリス。


 知らないはずがなかった。


 ──世界を救った勇者と、その勇者を救った聖女。

 

 レナは、自分が世界一有名かもしれない夫婦カップルの義娘という事実をあまり実感していなかったのだった。

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