♯36 唯一の希望
ベアトリスいわく、古代都市の不死者たちには特徴があると言う。
一つ、彼らにはあらゆる攻撃が効かない。〝アストラルボディ〟は魂の残滓と魔力のみで動く人形のようなものであり、物理攻撃も魔術による攻撃も意味をなさない。唯一、聖なる力を帯びた聖女の星の魔力であれば浄化して消滅させられるかもしれないとのこと。
一つ、彼らには意志がない。魂を持たない幽霊のような彼らには言葉も通じず、当然ながら和解など出来るはずがない。自由に動いているように見えるが、彼らは生者を見つけては殺し、自分たちの〝仲間〟に引き入れるだけだ。
「レナさん、もうおわかりですわね」
「見つかったら終わりってことでしょ。さっきみたいに戦ったりせず、とにかく隠れて逃げること。それであってる?」
「優秀な答えですわ。クロエさん、まいりますわよ」
「はいっ」
三人は方針を共有し、周囲に不死者たちがいないことを確認して教会の物陰から飛び出す。
まずは目の前の塔――リィンベルパレスの中に戻る三人。レナが扉のない入り口に立って、クロエとベアトリスが鏡の元へ静かに走る。
入り口から周囲を見張るレナの鼓動は速さを増し、先ほどの戦闘を思い出して緊張で身体が萎縮しかけるが、深い呼吸で自身を落ち着ける。もしもこちらに近づいてくる不死者がいればすぐに合図を出して逃げる。そういう作戦だ。
数分が経って、クロエとベアトリスがこちらへ戻ってくる。ベアトリスが指でマル印を作ったため、レナは二人と共にすぐ先ほどの教会の物陰へと戻った。
隠れ直したところで、ベアトリスが小声で話す。
「驚くべきことです。鏡は私たちの魔力に反応して数値を示しました。おそらく生きています。長年放置されていたにもかかわらず……さすがはリィンベルの魔道具、といったところでしょうか」
「そっか。それじゃあ鍵さえ見つければ……!」
「三人で……一緒に、帰れるかもしれません……!」
声を抑えながら、手を取り合って喜びを分かち合う三人。少なくとも希望は残った。
ベアトリスが完全に呼吸を落ち着けたところで言う。
「ですが、大変なのはこれからですわ。不死者の溢れる街中を移動して、現存しているかどうかもわからない鍵を見つける……もはやリィンベルの卒業試験さえ比にならないほど最難関の課題が待っているのですから」
「それでもやるしかないからやる。三人もいれば余裕だよ」
「そ、そうですよねっ。レナさんがそう言うと、なんだか私もやれる気がしてきますっ」
「本当に。今年の留学生には驚かされてばかりですわね」
クロエとベアトリスが小さく笑って、レナがキョトンと目をパチパチさせる。
こうして、レナたちのスニーキングミッションがスタートすることに。
しかし、鏡の“鍵”を見つけようにも情報が何もない。そんな状況でむやみに動き回っては危険を招くだけ。そこでベアトリスが提案をする。
「まずはヴィオールの屋敷へ向かいましょう」
「「ヴィオールの?」」
声を揃えたレナとクロエに、ベアトリスは小さくうなずいて続ける。
「『星天鏡』はリィンベルの至宝。古くから大事に扱われてきた物です。おそらくその鍵は、四大名家のように権力のある者が預かっていたはず。であれば、ヴィオールの屋敷が最も可能性の高い場所かと」
「あ……そっかっ」
「さ、さすがベアトリスさん……」
「もちろん何の確信もありはしませんが……闇雲に探し回るよりはずっとよいでしょう。それに、お父様からかつてのリィンベルの地図を見せていただいたことがあります。ヴィオールの屋敷は今と変わらず塔の近くにあったはずですから、目的地として設定するには最適。さぁレナさん、クロエさん。細心の注意を払い、まいりましょう」
「うん、わかった」
「は、はいっ!」
この街に存在しているかどうかもわからない“鍵”を見つけること。
それは今にも途切れてしまいそうな細糸のように頼りない希望だったが、しかし三人にとっては決して離せない大きな希望でもある。
こうして三人は、いよいよ不死者の街へと足を踏み入れた。
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