♯35 重なる心
あまりにも恐ろしい〝真実〟に、レナは背筋が冷えていくのを感じた。
ここは、絶対に立ち入っていい場所でない。
「……なら、すぐ逃げなきゃ。どうやって脱出すればいいの?」
恐怖を押し殺して前に進もうとするレナに、ベアトリスが微笑した。この反応にレナは少しキョトンとする。
「やはり、レナさんは怯えて動けなくなるような方ではありませんわね。それでこそ、私のライバルというものです。貴女を認めているからこそ……まずは謝罪をさせてください。理解不足による狼藉など言語道断。先ほどの無礼を心よりお詫び申し上げます」
ベアトリスは、その場に膝をついてレナに深く頭を下げた。
ヴィオール家令嬢のそんな行動に、レナもクロエも目を丸くする。
ゆっくりと頭を上げたベアトリスは、申し訳なさそうに目を伏せてつぶやく。
「……レベッカさんへ謝罪することが出来そうにないのは、無念ですね」
「……ベア? どういうこと?」
「此処は禁忌の地。どのような理由があろうとも立ち入ってはならない場所です。ゆえに固く封印され続けてきました。その秘密は絶対に街の外部へ漏らしてはならないものです。そもそも、脱出する術などありません」
「「!」」
ベアトリスの断言に、レナとクロエは大きく目を開ける。
「古代都市リィンベルの真実を知るものは、ノルメルトにもごくわずか。ほとんどの人々は、子供のしつけのためのおとぎ話だとでも思っているでしょう。そのように教育されてきたのです。レベッカさんが他言するようなことがない限り、助けがくる可能性はありません。私たちは、もう……」
「……ここから、ずっと、出られないってこと、ですか……?」
クロエの弱々しいつぶやきに、ベアトリスは無言でうなずいた。
古に滅びた禁忌の地。
日の光さえ届かない、不死者と化した怪物が彷徨う地獄。
レナたちのような子供がたった三人で生きていくことなど出来はしないだろう。
「……お母様、お父様。不甲斐ない娘をお許しください……」
「お父さん……お母さん……う、ううっ……」
ベアトリスが祈るように手を組み合わせ、クロエが顔を隠して嗚咽を漏らす。
重苦しい絶望が、三人に襲いかかる。
――それでも。
「……レナは諦めない」
歯を食いしばったレナの一言に、クロエとベアトリスが伏していた顔を上げた。
「誰も来たことがない場所なんだから、脱出する方法が用意されてないのはわかるけど、ないと決まったわけじゃないよ。もしかしたら、昔に逃げてきた人たちが残した道とか方法がどこかにあるかもしれないじゃん!」
「「……!」」
立ち上がったレナの発言に、クロエとベアトリスはハッと目を開けた。
レナは自身の髪飾りに触れながら言う。
「『
自分を奮い立たせるように両手を握って気丈に振る舞うレナ。それでも、レナの手は震えていた。
そんなレナの気持ちが伝わったのか、クロエとベアトリスの瞳に光が戻る。
まずはベアトリスが立ち上がった。
「――そう、ですわね。諦めてしまえばすべて終わり。しかし、私たちにはまだ希望が残っている。ヴィオールの娘として恥ずかしい行為でした。まずは足掻きましょう。その先に見えてくるものがあるはずですわ」
「ベア……!」
続けて、クロエもゆっくりと立ち上がる。
「……わたしも、わたしも、まだ諦めたくありません……! レナさんと、ベアトリスさんと、ちゃんと学院を卒業して、いつか、立派な魔術師になりたいから……!」
「クロエ……!」
二人とも、レナの顔を見てそれぞれに強くうなずいてくれた。
三人は手を取り合い、協力して、ここから脱出する決意を固める。自然と笑う合う声が漏れてきたとき、もう、重苦しい空気はどこかへと消えていた。
「水を差すようですが、今後なるべく声は抑え、笑い声や物音も謹んでまいりましょう。彼らに気付かれることだけは避けねばなりません」
自身の口元に人差し指をそっと当てるベアトリスの忠告に、レナとクロエは同時にうなずく。
それからクロエが小さく手を挙げて、小声で発言する。
「あ、あのっ、一つ思いついたんですが、あの鏡を……『星天鏡』を利用して戻るということは出来ないでしょうか?」
「あ、レナもそう思ってた。あの鏡を通ってこっちに来たんだから、帰ることも出来るんじゃないの?」
二人の言葉に、ベアトリスは口元に手を当てて思案する。
「その可能性は私も考えましたが……今、あそこに置かれている鏡は大切に保護されてきた学院のそれとは違うもののはずです。魔術装置としてまだ生きているかはわかりませんし、私たちは〝鍵〟も持っておりません」
「あ」と気付くレナ。クロエも「そうですよね……」としゅんと沈んだ顔をする。
しかし、ベアトリスは笑みを浮かべていた。
「だからといって、諦める必要はありません。まずは鏡の状態を確認しに戻りましょう。私が入り口で見張りをしますから、レナさんとクロエさんで鏡の確認をお願いしますわ。三人で帰るため、協力し合いましょう」
そんなベアトリスの言葉に、レナとクロエは表情を明るくしてうなずいた。
それからレナが言う。
「わかった。でも見張りはレナがやる。だってレナが鏡を見てもよくわかんないし、ベアとクロエの方が適任だと思うから。お願い」
「レナさん……わかりました。それではそのように」
「うん。それとね、ベア」
「なんでしょう?」
「レナも、勘違いしてひどいこと言ってごめんなさい」
「え?」
「もし許してくれるなら、これからもレナのライバルとして……あと、クロエみたいに友達になってくれたら、嬉しいけど……」
小声がさらにぼそぼそと小さくなっていくレナ。その頬がほんのり赤らんでいた。
キョトンと呆けていたベアとクロエがほぼ同時に笑い出し、ベアは目元を拭いながら返事をする。
「ええ、喜んで。やはり、貴女は私が願っていたとおりのライバルですから」
「ベア……!」
「さぁ、力を合わせて学院に――ノルメルトに帰りましょう。クロエさんも、よろしいですか」
「は、はいっ! 絶対に、三人で!」
再び手を重ねてうなずき合うレナ、クロエ、ベアトリス。
こうして三人は、古代都市リィンベルから脱出するために作戦を開始した!
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