♯34 リィンベルの真実


「――うっ!?」


 詰まるような声を上げるレナ。

 とても子供とも思えない異常な速度で駆け抜けてきた少女の突き出すナイフは驚愕していたレナの左肩をかすめ、わずかな血が飛び散る。

 何者かも知れぬ少女は素早く振り返り、再びレナへとそのナイフを差し向けてきた。


「レナさんっ!!」


 クロエが悲鳴に近い声を上げたとき、レナはとっさに右腕に一連の魔方陣を生み出し、強力な魔力を込めた魔拳でもって反撃を繰り出した。


「うあああああっ!!」


 拳を振り抜く。無防備な側面からレナの拳を直撃で受けた少女は吹き飛び、リングの爆発を受けて塔内部の壁に激突。ぐったりと倒れた。


「はっ! はぁ、はぁっ……! な、なに、あれっ……!?」


 レナは大きな動揺と共に倒れた子供を見据え、警戒態勢をとる。

 いきなり襲ってきたとはいえ、レナは自分よりも小さな女の子を殴り飛ばしてしまったことをまったく気にとめていなかった。

 目を見たとき瞬時に理解したからだ。


 あれは〝人〟ではないと。


 そして、レナはさらに目を疑う。


 壁にぶつかって倒れていた女の子が、ぴくりと反応した。

 あらぬ方向にぐにゃりと曲がっていた腕で、生気のない瞳で、白っぽいオーラのようなものを身に纏いながら、ゆっくり起き上がろうとしている。


「レナさんこちらへ!」

「っ!? ベ、ベア?」


 そのときレナの腕を掴んだのは、鬼気迫った顔のベアトリスだった。


「今のうちに逃げますわよ! クロエさん!」

「は、はい!」


 ベアトリスの声に応え、クロエもすぐに立ち上がる。レナはベアトリスに手を引かれながら走り、クロエがすぐあとを追ってきた。


「ねぇ! あれ、なにっ!?」

「いいから早くっ!」


 レナの問いに答える暇もなく、ベアトリスはレナの手を引いたままリィンベルパレスの入り口から脱出。 三人は〝外〟へと飛び出す。



「――え?」



 レナの口から呆然とした声が漏れた。


 薄暗い闇に覆われた街。


 見覚えのない建物。

 見覚えのない街灯。

 見覚えのない木々。


 知らない匂い。

 知らない世界。


 そこはリィンベル学院でもなければ、レナの知るノルメルトの街でもなかった。


「クロエさんこちらへ!」

「は、はいっ!」


 クロエも出てきたところで、三人はすぐさま近くにあった教会の建物の影に隠れる。


 この世界に日の光はない。夕闇のようにうっすらとした魔力灯だけが街を照らす中で、三人はただ必死に息を潜めた。


 やがて、塔の入り口から先ほどの子供がゆっくりと出てくる。

 全員の鼓動が強まり、それぞれが口に手を当てて呼吸音を抑えた。

 両手にナイフを持った女の子は、ぼうっと辺りに視線を巡らせたあと、なにごともなかったかのようにどこかへ歩き出していった。やがてその姿は見えなくなる。


 途端に、レナたちは手を下ろして安堵の息を漏らす。


 古びた教会の外壁にもたれかかりながら、レナは汗を拭って尋ねる。


「ねぇ。あれ、なんなの? それに、ここどこ? ノルメルトの街じゃないよね」


 レナの純粋な疑問に、ベアトリスとクロエが目を合わせてアイコンタクトをとった。


 それから、ベアトリスが神妙な顔で口を開く。


「まず、一つ目の問いに対する答えですが……〝あれ〟は、禁忌の魔術実験によって生み出された不死者です」

「……え?」


 想像もしていなかった答えに、レナは唖然とした。

 ベアトリスは軽く周囲に視線を巡らせてから、声量をしぼって話を続ける。


「かつてリィンベルでは、より大きな繁栄のために魔術によって人を高次に進化させる術を、永遠の命を模索しておりました。しかし、どれほど魔術を極めたところで人の理を覆すことは出来なかった。そこでリィンベルの魔術師たちは己の肉体を諦め、魂を人工培養体――自在にカスタマイズ可能なホムンクルスの肉体に移し替える術を考案したのです」

「……なに、それ……」

「傑出した才を持つ魔術師たちのたゆまぬ努力によって実験は成功しました。リィンベルの魔術師たちは自身の老いた身体を、病に冒された身体を、傷ついて治らない身体を、気に入らない身体を捨て、己が望むホムンクルス体に次々と魂を移していきました。魔術師たちは歓喜しました。これで死の恐怖から解放される。さらなる進化を遂げられる。世界中のどこよりも豊かな生活を手に入れたのだと。――しかし、それこそがリィンベル最大の過ちでした」


 ベアトリスは、あえて感情を込めぬようにただ淡々と必要なことだけを説明する。


「人の魂とホムンクルス体はやがて強烈な拒絶反応を起こすようになり、魂は崩壊してホムンクルス体に吸収され、意志持たぬ幽霊ゴーストのような〝魔力生命体アストラルボディ〟と化し、まだ何も知らない街の人々を襲い始めたのです。そして、殺した人々の魂を他のホムンクルスの肉体に移し替えていきました。まるで、自分たちの仲間を増やすかのように」

「……!」

「こうしてリィンベルはわずか一日で滅びました。今のノルメルトの街があるのは、そのときリィンベルから逃げ延びた一部の魔術師や勇気ある人々がこの地を封印してくださったからです。そして誓いました。もう二度とこのような過ちを犯さないと。その生き残った魔術師の中の一人が、私、ヴィオールの祖先だったのです」

「……この地を、って……それじゃあ……ひょっとして、ここって……!」


 もはや確信をもって尋ねるレナに、ベアトリスはハッキリとうなずいてから言う。


「魔術都市ノルメルトの地下深くに封印された不死者の国。魂を失い、殺戮人形と化した亡霊たちがさまよい歩く、決して人が踏みいってはならない禁じられた墓場。それこそがここ――〝古代都市リィンベル〟です」

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