♯32 封印と禁忌
そこで――クロエがそっと口を開いた。
「……わたし、思い返して、気付いたことがあるんです」
「……は?」
怪訝な目をするレベッカに、クロエはレナやベアトリスの注目を受けながら話を続けた。
「ノルメルトの街にとって、リィンベルの者にとって、ヴィオール家は特別です。特別な家に生まれたベアトリスさんは、小さな頃からずっと一番で、すごくて、わたしは、よくベアトリスさんに叱られていました。なんでこんなことも出来ないのか。なんで言う通りにやれないのか。わたし、嫌われているのかな、いじめられているのかなって思っていました。そして、そんな自分に納得してしまっていました。わたしなら、いじめられても当然だって」
「……クロエ、さん……」
ベアトリスの方に目配せをして、クロエは小さく微笑む。
「でもさっき、気付いたんです。どんなミスをしたときでも、どんな授業のときでも、ベアトリスさんはちゃんとベアトリスさんの言葉で、直接わたしに教えてくれました。厳しい言葉だったかもしれないけど、ちゃんと、わたしと向き合って話してくれました。ベアトリスさんは、誰かを利用したりいじめたりするような人じゃない……。権力を振りかざして他人を脅したりしない……。レベッカさんの言う通りです。自分にも他人にも厳しい、とってもバカ真面目な方なんです!」
呆然とその声を聞くベアトリスが、「バ、バカ……」と小さくつぶやいた。
レベッカはイライラした様子で言う。
「は? だから何? ベアがバカなお嬢様だってわかっただけでしょ?」
「レベッカさんは……ベアトリスさんに脅されたことがありますか?」
「――っ!」
そのとき、レベッカの反応が変わった。
「ないはずです。だってベアトリスさんはそういう人じゃないから。大人たちみたいに、他の権力者みたいに、レベッカさんに命令したりしなかったはずです」
「……だから、何よ」
「どうしてベアトリスさんを利用するだけで、ちゃんと話をしなかったんですか? ベアトリスさんなら、きっと、きっとレベッカさんの悩みを一緒に考えて――!」
「うっっっっっっっっっっざいんだよッ!!!!」
レベッカの黒い鞭が瞬時にクロエの身体を拘束する。クロエが小さな悲鳴を上げた。
「クロエ! えっ――」
「これは、い、いつの間に……!」
クロエを助けようとしたレナも、そしてベアトリスも同時に自分たちが拘束されていることに気付く。三本の鞭が強くレナたちを縛り付けていた。
「こ、これ……さっきより、ずっと硬い……!」
脱出を試みるレナだが、強度を増したレベッカの鞭をほどくことが出来ない。レベッカやベアトリスとの戦闘で力を使ってしまったこともあるが、それを差し引いても抗えないほどこの鞭には強い魔力が込められている。ベアトリスやクロエも苦しげな声を上げていた。
「アハハハ! どう? 今度は抜けられないでしょ? こういうときのためにちゃんと力を残しておいたなんて、レナちゃんは気付かなかったかな? 手加減してやったのはこっちも同じなんだよ」
「うぅ……レ、レベッカ……!」
「さーて、じゃあもう終わらせよっか」
そう言うとレベッカは鞭から手を離す。蛇と化した黒鞭はレベッカの手を離れてもレナたちをしっかりと拘束したままだった。
自由になったレベッカはスタスタと歩き、レナたちの横を抜けると、あの大きな姿見の方へ――『星天鏡』の前に立った。
そして――懐から古びた〝鍵〟を取り出す。
先ほど拾っていた、リィンベルパレスの特別な魔術刻印の入ったあの鍵だ。
クロエとベアトリスがすぐに気付く。
「レ、レベッカさん……まさか……」
「レベッカさん……おやめなさい! 封印を解いてはいけません! それは我が街、我が学院最大の禁忌! 私たちヴィオールとあなた方の家がこれまで何のために――」
「うるさいアタシに命令するなッ!!」
レベッカの一喝でベアトリスは黙り込む。それほどの気迫がレベッカにはあった。
何度も床を踏みつけながら、レベッカは怒号を飛ばす。
「うざい、うざい、うざい、うざいっ! アタシはアンタが世界で一番キライ! アンタの顔見てるだけでイライラして反吐が出そうになる! アンタなんだよ、アンタがいるからアタシはこうなったんだっ! 責任とってさっさと消えろッ!」
凄まじい剣幕と心からの叫びに、ベアトリスはただ青ざめて震えるだけだった。
レナには意味がわからない。レベッカは一体何をしようとしているのか。そもそもこの場所で、クロエに何をさせようとしていたのか。
するとレベッカは――その鍵を鏡の中に差し込んだ。
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