♯31 楽しくないから

 いつの間にかその手に鞭を握っていたレベッカが、嘲笑を浮かべながらレナたちの前に立っている。

 確信と共にレナは言う。


「やっぱり……レベッカが全部仕組んでたんだね。レナをいじめたのも、本当は全部自分の考えだったのに、ベアトリスの命令だってウソついて、クロエやクラスのみんなをだましてたんだ」

「アハハハ! そーゆーことだよレナちゃん! 今までのはぜーんぶアタシがやったこと! ベアの命令だっていえば、どんなヤツでもみーんな勝手に言うこと聞いてくれんだから楽だったわ~。バカしかいないから今まで誰も気付かなかったのに、よく気付いたねぇクロエちゃん? グズのくせに!」


 ケラケラと笑うレベッカに、クロエは悲しげに目を伏せる。レナがクロエを守るように前に立った。


「あ、安心していーよ? いじめたのはレナちゃんやクロエちゃんだけじゃないから。今まで目に付いた気に入らないヤツら、みーんなそれで消えてってもらったの! 講師も生徒も留学生も、街のヤツらもみーんなね? そんなことなーんにも知らずに、長年権力を振りかざす傲慢な〝女王様〟になってくれたベアには感謝してるよ? ありがとね♥」


 驚愕の真相を明かすレベッカに、ベアトリスは絶句して声も出せないようだった。

 元々リィンベルの教育は厳しく、ついていけずに辞めていく者は多かった。ゆえに近年裏でレベッカが暗躍していたことなど、誰も気付けなかったのである。それは街の権力者たるヴィオール家の子女ベアトリスを盾にされていたためなおさらだった。


「――むかつく」


 と、つぶやいたのはレナだった。


 レベッカの嘲笑が止まる。


 レナが握る拳に力が入った。


「なんでそんなことするの? なんでそんなことできるの? レベッカがなに考えてるのかぜんぜんわかんない」

「はぁ? うざっ。アンタなんかにわかるわけねぇだろ」

「レベッカはそれで満足なの? それでなりたいなにかになれるの? そんなことして楽しいの? 未来のことも考えず好き勝手にストレス発散して、一番バカなのはレベッカだと思う」

「――っ!」


 レナの言葉に、レベッカはカッと目を見張ってその手の鞭を地面へ叩きつけた。


「楽しくないからやってんだよォっ!!」


 その叫びが、レベッカの心からのものであると誰もが理解した。


「アンタらにわかるの? ねぇ? 生まれたときからヴィオール家の子分みたいな扱いされてきたアタシの気持ちが!」


 レベッカはギリギリと歯を軋ませて、感情を露わに叫ぶ。


「生まれた家が違うだけで明確に差別されて! ヴィオール家の役に立つためだけに育てられて! 逆らうことなんて許されなくて! 家族のためにひたすら我慢し続けて! ひたすら権力に怯えてお人形になるしかなかったアタシの気持ちが、毎日毎日同級生にヘコヘコしてダサくてつまんなくて、生きてる意味なんてなんにもないアタシの気持ちがわかるヤツがいんのかよッ!」


 何度も何度も、レベッカは床に鞭を叩きつける。レナもクロエもベアトリスも、何も言えずに聞いているしかなかった。


 ハァハァと荒い呼吸をして、レベッカはベアトリスを睨み付ける。


「誰にもわかるわけないよね? 結局自分のことは自分で助けなきゃいけないんだから。だからアタシは権力を利用してやることにしたの。ベアは自分にも他人にも厳しいバカ真面目なヤツだから利用しやすくて助かったわ。で? それの何が悪いの? 普段から権力者がやってることでしょ? アタシは悪いことをしたなんて思ってない。反省なんてしない。力も意志も弱いヤツは負ける。頭のないヤツはいなくなる。それだけのことじゃん! そういうもんじゃん! この世界がそういう風に出来てるだけでしょ!? ねぇ!?」


 レベッカの叫びは塔の内部に響き渡り、レナたちの心にまで振動する。

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