♯20 怒り


「――っ!!」


 レナは駆け出し、レベッカを押しのけて焼却炉の重たい戸を開く。ゴウッと浴びせられた凄まじい熱気にレナは身を引いた。とても手を伸ばせるような状況ではない。


「アハハッ! これでキレイになったからよかったじゃん! ね、なんならアタシが先生に言って新しい制服用意したげるから安心しなよ。それまでずっと水着でいれば? それ、割と似合ってるしさ。アハハハ!」


 悪びれた様子もなく笑うレベッカの声だけが聞こえる中、レナはその場にぺたんとへたり込んだ。


 やがて笑いを止めたレベッカは、呆然とするレナを見下ろして言う。


「はー面白かった。――で、〝ホントの探し物〟はコレ?」


 ハッとそちらに視線を向けるレナ。

 レベッカがその手につまんでいたのは、レナの探していた星の意匠のバレッタだった。


「……それっ! 返して!!」


 起き上がって手を伸ばすレナだが、レベッカは上に手を挙げながらひょいと後ろに下がってレナをいなす。


「アハッ、無視できなくなってやんの。ふ~ん、やっぱ目的はコッチなんだ? アンタいつも着けてたもんね。素材も結構イイモノっぽいじゃん。ひょっとしてカレシのプレゼントとか? なわけないか!」

「いいから返して!」

「うざっ。アンタ同じことしか言えないの? 最新型の魔導人形マナドールの方がまだボキャあるんだけど?」


 レナは溢れそうになる怒りを堪えながら呼吸に意識を向け、自らを冷静にさせる。心がいっぱいに熱くなってしまったときでも頭だけはクールにする。エステルに教わったことだった。


「……なんで、こういうことするの。あなたに何の得があるの」


 すると、レベッカは途端にしゅんと顔を伏せた。


「……アタシだって、やりたくてやってるわけじゃないし」

「……え?」

「貴族の娘っていうのはね、家柄が何より大事なの。自分より格下の相手には常に偉そうにしなきゃいけないし、格上の相手に命令されたら言うことを聞かなきゃいけないの。どんなことでも」

「…………レベッカ……」

「ねぇ。レナちゃんなら……アタシの気持ち、わかってくれるでしょ……?」


 両方の瞳にキラキラと涙を浮かべながらこちらを見るレベッカ。

 レナは、小さくため息をついた。


「やっぱりあなた、ダサイ」

「……は?」


 途端にレベッカの涙は引っ込んだ。

 レナは静かな表情で淡々と告げる。


「嘘泣きとかすぐわかるし。演技下手すぎ」

「はぁ?」

「ねぇ、あなたって貴族でしょ。立派なお家に生まれて、何不自由なく暮らして、こんなイイ学校で勉強が出来て、将来を期待されてて、それでやってることが弱いものいじめ? ホントダサイね」

「…………ッ、アンタッ……!」

「レナの知ってる貴族の子たちとは大違い。本当の自分を隠して、取り繕って、ベアトリスにくっついてヘコヘコして、恥ずかしくないの? 情けなくってかわいそうに見えてくる」

「――ざっけんなッ!!」


 激昂したレベッカは魔力を解放し、その右手に魔力の鞭を顕現した。鞭先の蛇の頭部がレベッカの意に添うように牙を剥く。


「アンタみたいなヨソ者に何がわかんのよッ!! ああうざっ! うざうざうざうざっ! ムカつくムカつくムカつくムカつくッ! こんなダッサイ髪飾り、さっさと返してやるよッ!!」

「っ!」


 レベッカが左手でレナの髪飾りを上空に放り投げる。


 レナの視線が空へと向いたとき。


 日の光を反射した髪飾りのシルエットが――バキッと音を立てて砕けた。



「――えっ」



 バラバラになって落ちた髪飾りを呆然と見つめ、歩み寄り、両手で集めるレナ。もはや修復は不可能とすぐにわかるくらいに、髪飾りは無惨な姿となってしまった。


 レベッカの鞭が――蛇の頭がその牙で髪飾りを咬み砕いたのである。


「――レナさんっ!」


 そんなタイミングでやってきたのは、胸を押さえて息を整える汗だくのクロエだった。しかしレナは彼女が来たことにも気付かず、当然その言葉に反応することもない。


 レナの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。


「はー、はー……アハッ、アハハ! なにアンタ、泣いてんの? そんな安っぽいオモチャが壊れただけで? 意外にカワイイとこあんじゃん! 最初からそういうキャラだったらベアに目をつけられなかったのにねぇ! アハハハハ!」

「そんな…………ひどい…………」


 レナの元へ駆けつけたクロエもまた、その瞳を悲しみに潤ませていた。


 存分に笑って愉しんだ様子のレベッカは目元を拭い、二人を一瞥して歩き出す。


「はー、ひさびさに面白いもの見られてよかったぁ。んじゃーね。これに懲りたらもうベア様に逆らうんじゃ――」


 そのとき、レベッカの動きがぴたりと止まった。


 レベッカの視線が下へと向く。



 真っ黒な〝深淵〟が、レベッカの両足を掴んでいた。

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