♯18 ほんとうのお友達
突然の来訪者に驚いたレナであったが、なによりも驚いたのはその人物――クロエが自分に話しかけてくれたことだった。
先に食べ終えていたレナが、隣に座るクロエへ話しかける。
「ねぇ、レナっていまクラスみんなからいじめられてるんでしょ? クロエは話しかけてきて平気なの? 授業中も、クロエだけは気にしてくれてたし」
「あ……わたしは……その、大丈夫です。もともと、友達も全然いなくて……と、いうか……」
「と、いうか?」
「……初等部の頃は、わたしも、いまのレナさんのような状況だったので……。その、今も、似たようなものですけれど……」
寂しそうに笑うクロエを見て、レナはむしろそっちのことで腹が立ってきた。自分の体験よりも他人の体験談の方がむかむかしてくるタイプだったらしい。
そして同時に理解する。クロエはいじめられる側の気持ちや立場をわかっているからこそ、教室など表だったところでは接してこなかったのだ。
「……レナさんは、本当にすごい人だと思います……。でも、その、あまりベアトリスさんを刺激しない方が、いいと思うんです……」
「どうして?」
「それは……」
クロエは食事の手を止めて、うつむき加減に話す。
「ベアトリスさんは、中等生のトップというだけではなくて……その、ベアトリスさんのヴィオール家は、この街を創り上げたとっても偉いお家の一つなんです。聞いたこと、ありませんか?」
「うぅん。知らない」
「そ、そうですか……授業では、こういうことは教わりませんもんね……。えっと、古代リィンベルから続く始祖の家系が五つありまして、ベアトリスさんのヴィオール家と、レベッカさんのフランベルグ家、それとイオ家が現代でも有力な家系なんです」
「あとの二つは?」
「……もう、廃れてしまった家柄なんです。その3家系の中でも、代々街を治める市長を務めてきたヴィオールが断然トップで。だから、ベアトリスさんは学院はもちろん、街中のいろんなところに顔が利いて……今までにも、ベアトリスさんやヴィオール家に敵対したり、逆らってきた人たちは、大人も、先生も、先輩も、みんな、いなくなってしまったんです……」
「……ふぅん」
話を聞くことで実感したが、レナ自身、なんとなくそういう予感はしていた。ベアトリスに付き従うレベッカたちを見ていればその力関係はわかるし、あの日を境にクラスメイトたちが変わってしまったのもおそらくは〝そういうこと〟なのだろう。
そこで、クロエがきゅっと制服のスカートを握りしめながらつぶやいた。
「……ごめんなさい」
「なんでクロエが謝るの?」
「レナさんがいじめられてるのを、わかっているのに……なにも、出来なくて……」
「いいよそんなの」
「でも……わたし、わかってたのに。勇気が、出なくて。〝エレメンタル・スフィア〟の授業でも、外からレナさんを妨害してる人たちがいて……そのときも、わたし、なにも……」
「あ、クロエも気付いてたんだ」
「……え? レ、レナさんも、わかっていたんですか?」
「うん。でも試合中の抗議とか面倒だし、そういうのまとめて実力でぶっ飛ばそうと思って。ちょっとイラッとしたから、友達の力借りて全力出したけどね」
そう言って首から提げたペンダントトップの指輪に触れるレナ。クロエは目をパチクリとさせて驚いていた。
それからクロエは弱々しく微笑む。
「……ふふ。レナさんは、やっぱり、すごいです……。わたしとは、大違い、で……」
「そんなことないよ」
「そんなことありますよ……。たった一人でこの街に、学校に来て、いじめられても負けずに、むしろ立ち向かってやり返して……わたしには、そんな勇気、ありませんでした……」
「レナだって最初はそんなこと出来なかったし。クロエと同じだよ」
「……やめて、ください!」
クロエが声を荒げ、少し空気がぴりっと張り詰める。クロエはすぐにハッとして、申し訳なさそうにその瞳を潤ませていった。
「……ご、ごめんなさい。でも、慰めは、いいんです……。弱い自分が……もっと、情けなくて、惨めに、思えるから…………期待して、リィンベルに送り出してくれた家族に、申し訳、なくって……」
「…………」
今にも泣いてしまいそうに震えた声で話すクロエに、レナはしばらく無言のままでいたが、やがて口を開いて言った。
「レナはね、小さい頃にパパとママと別れたの。戦争で」
「……え?」
突然始まった話に、クロエが呆然とレナの横顔を見た。
「レナが危ないからって、逃がしてくれたみたい。急に家族も故郷もなくなって、ひとりぼっちで聖都にきたんだ」
「……そう、だったんですか……?」
「うん。聖都ではお金持ちの人たちが何人もレナを家族にしてくれたけど、結局みんなに捨てられた。レナはいらない子なんだって。学校もつまんないし、いじめられるだけだし、毎日むかむかしてて、暴れてケンカして、いつもひとりで。なんでこんなことしてるんだろうって。早く死んじゃってパパとママに会いたいなって、ずっと思ってた。レナには、なんにもなかったから」
そんなレナの壮絶な過去を聞き、クロエは何も言えず愕然とする。
しかし、昔語りをするレナの表情は明るかった。
「でもね、聖都のアカデミーでモニカ先生ってヘンな人に会って、その人がレナを守ってくれた。レナを今の新しいパパとママに会わせてくれた。この新しいパパとママがまたヘンな人たちでね、急にレナとレナの同級生たちを海に連れて行って、そこでめちゃくちゃなことがいっぱいあって……なんかね、気付いたら、ほしいものがみんなあったの」
「……ほしいもの、ですか?」
「うん。〝宝物〟」
その一言と共に、気恥ずかしそうに頭の髪飾りに触れるレナの微笑みを見て、クロエが大きく目を見開いた。
「レナね、そのあとで気付いたんだ。大切なモノがあるから、みんな頑張れるんだよね。だから今は頑張れるの。早く成長したところ見てほしいし、話したいことこれからいっぱい増えるだろうし、寄り道してるヒマないの。だからしょーもないいじめなんて余裕なんだよね。レナがあんなのに負けるわけないじゃんって」
そう言って本当に余裕そうにレナがえへんと胸を張るものだから、クロエは小さく笑い返すことが出来た。
レナは「んー」と顎の辺りに指を当てながら少し考えるように話す。
「さっきは同じって言っちゃったけど、やっぱりレナとクロエは違うかも。レナがクロエだったらやり返すかわかんないし。クロエには、クロエの立場とか事情があるでしょ。それにやり返せる方がすごいわけじゃないし。レナは、そういう目にあっても負けずにずっと頑張ってきたクロエだってすごいと思うけど。きっと、クロエにも大切なモノがあるんだよね」
「……!」
レナはクロエから視線をそらし、ちょっぴり気恥ずかしそうに言った。
「それから、レナのこと、心配してきてくれたんでしょ? またいじめられるかもしれないのに。ありがと。あと、前にダサイなんて言っちゃったの、ごめんなさい。友達になりたい子に言うべきじゃないよね」
「……レナ、さん……」
「それとね、クロエって周りに遠慮してあんまり本気になったことないでしょ? 見てればわかるけど、もったいないよ。周りをよく見てて、物覚えも良くって、魔力の流れがいつもキレイ。ベアやレベッカに負けないくらい才能あると思うし。その証拠におっぱいだっておっきいもん。身体検査のときから思ってたけど、ミュウよりサイズあるし、クラスで一番おっきいよね? あ、ひょっとしてアイミーよく食べてる? う~ん、やっぱり遺伝なのかなぁ……」
クロエの胸元をじ~っと見つめながら、レナがそんな素直な気持ちを話していると。
黙ってこちらを見つめるクロエの瞳から、一滴の雫が胸の上に落ちた。
「…………わかって、たんです…………」
そのつぶやきに、レナが顔を上げる。
ぽた、ぽたっと大粒の涙を流して、クロエは嗚咽と共に話す。
「レベッカさんたちは……ほんとうの、お友達じゃ、ないんだって…………わたし、は、いつも、ひとりで…………なのに、家族には、ほんとうのことを、いえなくって……」
「……クロエ」
「わたし、わたし……っ」
クロエは、溢れる涙を両手で拭いながら言う。
「わたし……レナさんと…………ほ、ほんとうの、お友達に……なりたい、です……っ」
そんなクロエに、レナはただ一言だけ返して。
勇気を出した友達が泣き止むのを、しばらく隣で待っていた。
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