♯17 悪戯

 レナが昨晩から感じていた〝異変〟は、翌朝になっても続いていた。むしろ、より大きく変化していた。


「おはよう」


 レナがそう言って朝の教室に入ったとき、レナは一瞬でその変化に気付いた。

 教室の空気が違う。


「おはようございます、レナさん」


 そう返してくれたのは、いつも通りのベアトリスのみ。

 他は誰もレナと目を合わせず、そして挨拶を返してくれることもなかった。ここだけではない。寮でも誰一人レナに近づく者がいなくなった。

 レナは教室内に視線を巡らせるが、皆すぐに目をそらしてしまう。前は自然に話しかけてくれたクラスメイトたちも、〝エレメンタル・スフィア〟のときにチームを組んで一緒に勝利を喜んだメンバーも、みんながレナを無視していた。例外は、それこそベアトリスとミュウくらいのものである。


「……ふぅん、なるほどね」


 しかしレナは特に驚くこともなく、スタスタと自分の席へつく。

 机の上こそ綺麗であったが、机の中にはごみくずや虫の死骸などが詰まっていた。


「教科書とか持って帰っててよかった」


 慣れた様子で机の中を綺麗に片付けたレナは、そのまま普段と変わらずに授業を受けていく。隣の席のクロエが、苦しそうな顔をしていた。


 とっくにわかっている。


 なんとわかりやすくかわいい〝悪戯いじめ〟なのだ。


 レナは心の中で笑った。


 ――そっちがそのつもりなら、こっちもやり返していいよね?



 それからの学院生活では、おおまかにレナの想像通りのことが怒った。


 実技の授業中、ペアやチームを組むようなときにほぼ全員から無視をされたが特に問題なく一人で授業を済ませてトップをとった。


 クラスの係における役割でも仲間はずれにされたが、特に問題なく一人で数人分の作業をこなすことで有能ぶりと実力差をアピールした。


 トイレに入ると閉じ込められて上から水の魔術を浴びせられたが、普通に予想がついていたので風のバリアではじき返し、逆に外の相手をずぶ濡れにしてやった。


 運動の授業のときには体操着の入った袋が隠されていたが、実はその袋はおとりで中にあのときのごみくずや虫の死骸をつめておいたため、どこかから聞き覚えのある生徒の甲高い悲鳴がした。


 レナが思うに、おそらく実行犯は3人程度。レベッカを含めたベアトリスに近いメンバーだろう。クロエたち他のクラスメイトは自分レナと関わりを持たないように言われているだけのようだ。見て見ぬ振りも問題だろうが、彼女たちが立場上〝首謀者〟に逆らえないのだということはレナにもわかるため、むしろ同情する。


 そんな日が数日ほど続いた。


「はー、いちいちやり返すのもめんどくさいな……」


 昼休み。レナは校舎裏の花壇を前に一人で弁当を食べていた。

 ベアトリスからまた昼食を誘われたりもしたが、人が集まるカフェテリアは面倒そうなので一人の場所を探して見つけたのがここである。ここは静かで暖かく、風の通りも良いし、色とりどりの花を見ていると心が落ち着く。

 正直なところ、レナはいじめへの対応が億劫に思うだけで心を痛めるようなことはまっっったくなかった。

 今まで自分がいた世界、今まで経験してきたことと比べれば、こんなものは幼稚な子供の悪戯だ。あそこから立ち直ってきた自分が負けるわけがない。もしも〝あの頃〟のままだったら怒りのままに魔力を暴発させて大問題を起こしていたかもしれないが、今は違う。


「レナが負けるわけないし。こういうのも、笑い話にしてやろうっと」


 レナは自身の髪飾りに触れながら笑った。


 帰る場所がある。

 大切な人たちがいる。

 家族や友人の顔を思い出せば、これくらいのことなんて余裕だ。というか、そもそも最初はこういう事態を予測していた。プライドや意識の高い子女が集まる名門校で外部の人間が目立てばそういうこともあるだろうと。

 ただ、黙っていればいじめがエスカレートする可能性があるのである程度はやり返したわけだが、これで首謀者は懲りてくれるだろうか。

 その〝首謀者〟が誰なのかは知らないし、知りたくもないし、そもそも想像がつくし。


 レナは呆れたような息をついて弁当に手を伸ばすが――


「……ん? うわ、誰かこっちくる」


 建物の影から足音が聞こえてきて、さっさとその場を離れようとしたとき。


「――あのっ!」


 レナは呼びかけられた声に驚き、足を止めて振り返った。


「こ、ここっ……好きな場所、で……! わ、私も、いい、でしょうか……?」


 そこに立っていたのは、申し訳なさそうな顔で弁当を持つ銀髪の少女だった。

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