♯14 〝エレメンタル・スフィア〟
――果たしてレナの快進撃は続いた。
特殊な〝泡〟に包まれた状態で水中を動き回り、体術と魔術でボールをコントロールするという独特の感覚が必要な難しい競技であるにも関わらず、初めてプレイしたレナはすぐにコツを掴んで縦横無尽に水中を泳ぎ、単純な魔力のパワーやセンスでゴールを連発。チームメイトたちと勝利を喜んだ。
(なにこれ楽しい! 最初はちょっと戸惑ったけど、やればすぐ慣れちゃった! 海に行ったときの経験のおかげかな? だとしたら、コロネットたちに感謝かも)
かつて、クレスに誘われて同級生たちと海に行ったときのことを思い出すレナ。
あのとき魔族コロネットと出会い、《バブルエール》という魔術を使って海の中を探索したことがあった。〝エレメンタル・スフィア〟内の動きがあのときの感覚とよく似ていたため、経験が確かな力になってくれたのである。
――そして本日最後となったのは、レナのチームとベアトリスのチームとの試合だ。
片や新進気鋭の留学生。片や経験豊富な熟練者。
当然ながら、クラスメイトたちの観戦は盛り上がった。どちらのチームも今日はまだ一度も負けておらず、実質的にレナvs.ベアトリスの頂上決戦となっていたからだ。
「スプレンディッドさんもすごいけれど……やっぱり、ここはベアトリスさんかしら」
「そうですね……さすがに経験の差がありますし……」
「それに、ベアトリスさまのチームにはレベッカさまもおりますから」
「けれど、レナさんのチームにもミュウさんがおりますわよ」
「ミュウさんは……ええと、相変わらずマイペースなようですが……」
そんな観戦者の中に混じっていた話を聞いていたクロエもまた、同じような考えでいたようだった。
――そして試合が始まり、実際に押していたのはベアトリスのチームだ。
レベッカや親しいチームメイトがいたことも大きく、その巧みなチームプレイと多彩な魔術属性によるパスやシュートは見事の一言で、
一方、レナのチームも攻撃役と防御役をしっかり分けたり、作戦を立て直すことで徐々にチームワークを向上させていったが、さすがにまだ付け焼き刃といった様子でベアトリスたちには及ばない。
それに、レナチームの一人であるミュウが常にボーッとぷかぷか浮かんでいるだけでまともに動いてくれていないのがかなり足を引っ張っていた。たまに相手のシュートコースを防いでくれたりもするのだが、それが作戦に従ってくれているのか、たまたまなのか、レナたちにはまったくわからない。その間にも、二倍、三倍とみるみる得点差が開いていく。
「ああっ、また……やっぱりレナさんの負担が大きいのかな……それに、ミュウさんがもうちょっと動いてくれたら……」
そんな試合を見ていた中で、クロエはふと疑問を持った。
「…………あれ? なんだか、レナさんの動きが…………変?」
今までの試合と比べて、今回はレナの動きが妙に鈍く苦しそうだった。ベアトリスチームの強さや今までの疲労もあるだろうが、それとは別の引っかかりをクロエは感じていた。
「……あっ」
――そして気付く。気付いてしまう。
プールの外で観戦している生徒たちが何名か、こそこそと人影に隠れながら魔術を使っていたようなのだ。内部生であるクロエだからわかる。彼女たちはレベッカ同様に普段からベアトリスに付き従っている者たちであり、水を操る魔術を得意としていた。おそらくはレナの周囲の水をコントロールして動きを妨害しているのだろう。外部からの介入は完全なルール違反だ。
それだけではない。
プールの中でも、レベッカを中心としたチームメンバーが執拗にレナだけを狙って魔術で妨害をし続けている。こちらはあくまでもルール内のプレイであり、何の違反でもない。だからこそ、外で違反行為を行っている生徒の存在がわからないのだ。クロエが周りを見てみても、みんな試合に熱中して自分以外に気付いている者はどうやら存在しない。講師のエイミですらそちらに目を向ける様子もない。
――先生に言うべき? でも、でも――
クロエは悩み、動揺し、しかし行動に移すことが出来なかった。
言ったところで、その時点でプール外の生徒たちが魔術の使用を止めれば証拠などない。それにもしそのことがベアトリスやレベッカに知られたらどうなるかわからない。本当に、もう学院にはいられなくなるかもしれない。
何度もミスをしてきた。
何度も怒られてきた。
誰も才能のない自分に期待などしてくれない。
優しい両親は正直に言ってはくれないけれど。
それでも――せめてリィンベルは卒業したい。
「………………ごめんなさい……」
自分の手をきゅっと握りしめ。
クロエは、小さなそうつぶやいてうつむくしかなかった。
――いよいよ試合時間が後半に差し掛かったとき。
レナのチームが最後のタイムを取った。レナはチームメンバー(ミュウ以外)と素早く作戦会議をした後、プールの外へ向けて言った。
『せんせー! プール全体に広がるおっきな魔術でボールを操ってもいいですか! 結果的に相手も巻き込んじゃうかもですけど!』
「――はい。構いませんが、相手に怪我をさせないように」
『わかりました! 手加減しまぁす!』
大声で作戦を暴露してしまったレナに、ベアトリスたちも観戦者たちも唖然とする。
そして試合が再開すると、当然のことながらベアトリスチームは防御に専念した。すでに四倍の得点差がついているのだから無理に攻める必要などなく、なによりあんなことを宣言してきた相手を警戒するのは必然だろう。
一体レナは何をするのか。
対戦相手も観戦者たちも皆が見守る中、レナは小指の指輪に口を近づけた――。
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