♯13 〝絶対に勝つ〟!

 こうして始まったレナの留学生活は、毎日がとても密度の濃いものだった。

 朝から晩まで学院でみっちりと勉学に励み、時にはスポーツの授業で汗を流して身体を鍛え、時には料理の授業を魔術に役立て、時には実習講義として街近くのダンジョンへ赴き低級の魔物と戦うこともあった。

 寮では食事と睡眠をとる程度で、余暇に遊びを満喫するような時間さえなかったが、しかしレナはストイックに学びに没頭する日々を心から楽しんでいた。新しい場所での新しい生活は、レナを確実に成長させてくれていた。


 そんな日々の中心は、常にレナとベアトリスであった。


 座学でも実技でも、ありとあらゆる授業でレナとベアトリスが火花を散らし、そしてそのすべてでレナがベアトリスの一歩先を進んだ。入学時から今まで常にクラスメイトたちのトップに立ってきたベアトリスが及ばぬ状況に学院の講師陣も、そして生徒たちも驚愕したのは当然のことだった。


 有言実行。トップになると宣言し、本当にクラストップの成績を叩きだしていくレナの自信に溢れた姿と凜々しさ、クールに見えて誰とでも分け隔てなく接する気取らない性格は自然体の親しみやすさを生み、初めは留学生のレナを遠巻きに見ていたクラスメイトたちも次第にレナへ声を掛けてくれるようになり、たわいのない話に花を咲かせることが出来るようにもなっていった。


 そのようにレナが中等部女子クラスのカーストを駆け上がっていく中で行われたのは、半日を通して行われるある日の特別な授業であった。


「え……なにこれ……」


 さすがのレナも初見ではただ驚いて見上げるしかなかった。


 学院指定の 対魔術防壁対魔コートが掛けられたスクール水着に着替えてやってきたのは、学院内のプール施設。

 しかしただのプールではなく、なんとぷかぷかぷるぷると宙に浮かぶ巨大な長方形のプールだったのだ。


「なんだかおっきなゼリーみたい…………あれ、ボールとゴール?」


 レナが見つけたのは、プールの中心に浮かぶ真っ白なボール。そしてプールの両サイドにはネットのついたゴールポストが用意されていた。

 最初の10人がプールの中に入るとチームに分かれて試合が始まり、プールの周囲に得点情報などが浮かび上がる。


 そこへ講師のエイミもまた水着姿でやってきた。


「スプレンディッドさんは初めてかと思いますので、実際に試合を見ていただきながら説明を致します。これは我がノルメルトの街で生まれました、〝エレメンタル・スフィア〟という魔術を用いた水泳球技です」

「水泳球技? 水の中でボールを蹴るんですか?」

「蹴っても投げても、魔術で操っても構いませんよ。あの〝エレメンタルボール〟は術者の込めた魔力によって複雑に動きを変え、様々な効力を発揮します。あのように」


 エイミの説明と共に、ある生徒が水中を蹴ったボールが周辺の水を凍らせながら真っ直ぐに相手のゴール目掛けて飛んでいく。そして見事に一得点を獲得した。


「うわ、あんなのアリなんだ」

「見ていただいた通りですが、〝エレメンタル・スフィア〟とはあの特殊な魔術装置によって宙に固定したプールの中に入り、五人でチームを組んでプレイする球技です。ボールを奪い合って相手のゴールにシュートを決め、その得点を競うという単純なルールですが……簡単なゲームではありません。水中移動にボールの制御、パスにもシュートにもキャッチにも、あらゆる場面で高い魔術センスが必要となります。なお、使用出来る魔術はボールと水に対してのみで、対戦相手を直接攻撃するようなものは禁止となります」

「……ん。水中で自由に動くのも大変そうだし、みんなと息を合わせたり、チームメイトや対戦相手の魔術なんかも知ってないと難しそう。頭も身体も使いそうだし」

「その通りです。魔術を複雑に使いこなしながら常に状況把握に努めてボールコントロールを行い、相手よりも多くのゴールを奪う。これは頭脳も体力も要求される知的スポーツなのですが、やはりスプレンディッドさんは飲み込みが早いですね」


 そんなエイミの発言は、ちょっぴり嬉しそうにも聞こえるものだった。


「初めてのプレイは戸惑うかと思いますが、勝敗は気にせず、まずは実際に体験して水やボールに慣れ、コツを掴んでいただければと思います」

「わかりました。でも負けたくないので勝ちます」


 レナは髪を後ろで一本に結びながら、エイミの方を一瞥して言った。


「トップになるなら絶対勝たなきゃ。そうですよね?」


 不敵に笑うレナの左手の小指には、小さな王冠のような指輪が光っていた。



 そんなレナの姿を、遠巻きに見つめている者たちがいた。

 同じく水着姿のベアトリス、そしてレベッカである。


「ねぇベア。アイツ、ひょっとしなくても勝つつもりだよ」

「そのようですね」

「……ねぇ。これ以上アイツに負けたらヤバくない? これは普段の授業と違って少しは成績に影響あるし、もしトップじゃなくなったら……」

「レベッカさんは、私がレナさんに負けると?」

「――っ!」


 ベアトリスの静かな瞳に、しかしレベッカはすくみ上げるほどに怯えた。


「いやっ、そ、そういうんじゃないけど! で、でもさベア! 実際アイツめちゃくちゃじゃん! 今まであんな留学生いなかったのに!」

「どんな相手であろうと関係はありません。〝エレメンタル・スフィア〟は私たちの街で生まれたもの。ここで負けるわけにはいきません。もう、これ以上ヴィオールの名を汚すわけにはいかないのですから」

「ベ、ベア……」

「絶対に勝ちます。絶対に。――レベッカさん、その意味がわかりますわよね?」


 ベアトリスの囁くような声に、レベッカは無言のままただうなずいて応えたのだった。

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