♯12 リィンベルの洗礼

 レナの測定結果によって一時期は大きな騒ぎとなったものの、その後はベアトリスを落ち着かせて無事に終了。


 教室に戻ってきたレナたちは一日中座学を行い、その授業レベルの高さにレナは少々驚くこととなった。基礎が身についていることは当然であり、その上で柔軟な発想の応用力が求められる内容ばかりだったのである。実際、初等部から揃って進級してきたはずのクラスメイトたちも、突然上がった授業レベルについていくのに必死という様子だった。


 そんな中、やはり別格の存在感を現したのはベアトリスである。


 マナの解析や魔術の仕組みに至る魔術理論の基礎や応用はもちろん、複雑な魔術言語大系の解読にルーン文字の構築、魔力を込めた刻印のデザインから創造まで、そのすべてを高位の次元で会得している。授業についていくことが出来るどころか、今の授業の〝先〟まで既に見通すことが出来ているのである。講師エイミの出す難問揃いの問いにも、戸惑うことなくスラスラと答えることが出来ていた。


「ふむ、さすがはヴィオールさんですね。――さて、それでは次はこちらのルーン術式問題を……スプレンディッドさん。前に来て解答してもらえますか?」


 その指名にスッと立ち上がり、歩き出すレナ。なぜか隣のクロエの方が辛そうな顔をしていた。

 それもそのはず。授業は当たり前のように進んでいるが、ここはまだ中級魔術師の卵が習うようなレベルの知識ではまったくないからである。ベアトリスと同等以上に豊富な知識を求められていたのだ。そんな難問を、エイミはいきなり留学生のレナにも投げてきたのである。いわば〝洗礼〟のようなものであった。


 レナが黒板まで辿り着くと、最前列のベアトリスは静かな顔で。そしてレベッカが小さく微笑する。

 するとレナはしばし考え、エイミから差し出されたチョークは使用せず、自らの指を使って〝宙〟に魔力の光文字でその術式を記述して見せた。


「《ベルカナ》の刻印を使った《ベルカナ》・《イマ》・《ガラム》のルーン術式です。ここでは大地の属性を用いて成長と束縛に利用していると思います。エルンストン女王国の王妃様たちが得意としていました。えっと、チョークで書くよりこっちの方がみんな見やすいかなって」


 そのハッキリとした返答に、先ほどまで涼しい顔をしていたベアトリスが前を見たまま固まり、教壇横のエイミですら唖然としている。レベッカや他の者たちも同じだ。それはつまり、誰もレナが答えることが出来るとは考えていなかったことの証明である。


「エイミ先生? 合ってますか?」

「――え? あ、は、はい、合っています。正解です。ど、どうぞ、お戻りください」


 眼鏡を直しながら告げるエイミ。

 レナが席に戻ると、隣のクロエが「……すごい……」と小さな声でつぶやいた。


「たまたまね。エルンストンの前の王女様ってレナと名前が似てたから、なんか親近感あったんだ」


 とは言うレナであったが、留学のためにしっかりと勉強をしてきていなかったらおそらく既に置いていかれていたことだろう。フィオナやエステル、リズリットといった先達から様々な知識を学び、実践してきてよかったと内心安堵していたものであった。ついていくことが出来る実感はそのまま自信になってくれる。


 そのとき、一人の生徒がぽつりと言った。



「…………スプレンディッドさんって、すごい、ですよね……?」



 その声に応えた隣の生徒も、「……うん!」とうなずいて声を上げる。


「すごいよねっ」「ほんとに同い年?」「だってヴィオールさんに負けてないんだよ」「というか、身体測定では勝って……」「それになんだかクールで……」「素敵ですわ……」


 本来は私語など厳禁である厳しい教育の場で、拍手のように広がるレナへの感嘆の声がクラス中を駆け巡った。13才という年頃の女の子らしい姦しさで生徒たちはつい盛り上がり、その反応にレナは目をパチパチとさせた。


「……コホンッ。皆さんお静かに。授業を再開しますよ」


 すぐにエイミが場を制し、規律を取り戻して授業を始める。レベッカが不満そうに小さく舌打ちをして、それから隣を見てゾッとたじろぐ。


 最前列に座るベアトリスの顔から、余裕は消えていた。

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