♯11 身体測定

 そんなレナたちが辿り着いたのは、学院の地下にある重厚な門の前。そこには特徴的な紋様の魔術印が刻まれており、一見しただけで普通の場所ではないとレナにもわかった。

 エイミが懐から取り出した鍵にも扉と同じ魔術印が刻まれており、それを鍵穴に差し込むことで扉は開かれる。


 その先に広がる景色は――


「……え?」


 呆然とするレナ。


 そこにあったものは、一枚の古びた姿見。


 ただそれだけだった。

 扉の中はかなり広い空間となっていて、天井も見えないほどに高く、石かレンガ造りのような壁にはレナが見たこともない種類の蔦が絡んでおり、どこかから木漏れ日のように淡い光が差し込んできている。そんな神秘的な部屋の奥に、大きな鏡だけが一枚ぽつんと取り残されていた。


 鏡の近くまで進んだところで、エイミが生徒たちの方に振り返る。


「さて、この『リィンベル魔術学院』の歴史は古く、そもそもは古き時代の魔術師たちがこの地に〝始まりの街リィンベル〟を創りあげたところから始まります。魔術と共に発展してきたリィンベルには世界中から著名な魔術師たちが集まるようになり、魔術師協会が設立され、聖都などとも深く関わりを持ちながら繁栄を極めましたが……やがて滅びのときが訪れます。そして、かつての始まりの街は〝古代都市リィンベル〟と呼ばれるようになりました」


 その話の内容はおそらくほとんどの生徒が知っていることであろうが、レナはエイミが留学生じぶんに向けて話してくれているのだと理解した。


「古代都市リィンベルが滅びたのは、その繁栄の影で多くの〝禁忌〟たる魔術を生み出したからだと云われています。我が学院は、そんなリィンベルより歴史と、伝統と、知識と、そしてその名を継ぎました。だからこそ我々はリィンベルの民と同じ過ちを繰り返さぬため、より世界に繁栄をもたらすために知を学ぶのです。そして此処は、今の時代に残された唯一のリィンベルの地……そう、『リィンベルパレス』の中です」


 レナは驚愕した。

 ただ校舎の中を移動してきたようにしか思っていなかったが、いつの間にかあの高い塔の中に入っていたのだ。そしてあの重厚が扉こそが入り口であったのだと思い知る。


 エイミが眼鏡のフレームに触れながら話す。


「我が国の魔術師たちにとって聖地たるリィンベルパレスの中に入れるのは、リィンベルの学院長と彼女が授けたキーを持つ者のみ。皆さんは今とても貴重な経験をしていることを自覚なさってください。そしてこの特別な鏡――『星天鏡』によって皆さんの身体測定を行います。では、クラス番号順に測定を始めてください。結果はこちらで記入いたします」


 説明はそこで打ち切られ、中等生たちは言われた通りの順番に並んで列を作る。ほとんどの生徒たちが不安と緊張の面持ちでいる中、トップのベアトリスだけは余裕綽々といった様子で鏡の前に立った。


 一体何が起こるのかとレナが興味津々に眺めていると、鏡の中になにやら細かい数字や情報が浮かび上がっていった。

 レナがちょっと驚いた顔をしていたせいか、一つ前に並んでいるクロエがチラッとこっちを見てからおずおずと補足説明をしてくれる。


「あの鏡に身を映すと、細かい身体情報や病気の有無、魔力の量や質までわかるんです。古代の貴重なマジックアイテムだそうで……」

「へぇ~そうなんだ。面白そう!」

「えっ」


 レナの素直な言葉に、クロエは心底びっくりしたように目を見開く。それはわずかに覗く前髪の隙間からも見て取れるほどだった。


 クロエは何度か口をぱくぱくさせた後、おそるおそるに尋ねた。


「……怖く、ない、ですか?」

「え? どうして?」

「え……だ、だって……」

「……クロエは怖いの?」


 レナがそう尋ね返すと。

 クロエは、胸元の前で両手をきゅっと握りながらうなずいた。


「鏡の前に立てば……全部、わかってしまうから……。わたしは……わたしは、ベアトリスさんたちみたいには、なれないんだって……」


 うつむき加減につぶやくその声尻は、今にも消えてしまいそうに儚いものだった。

 その間にも、一人、また一人と鏡の前に立ち、すべてをさらけ出していく。そして多くの生徒たちが、今のクロエと似たような表情をしていた。


 レナはつぶやく。


「そこまではわからないと思うけど」

「……え?」


 クロエがわずかに顔を上げた。その前髪から覗く瞳がレナを見る。


「今の自分のことがわかっても、未来の自分のことまではわからないでしょ。自分の将来を〝どうせ〟って決めつけちゃうことの方がレナは怖いよ」


 前を見てそう言ったレナの顔を、クロエはしばらくぼうっと見続けていた。



 ――そして、ついにレナの番が訪れる。


 レナ・スプレンディッド 13才 女性 夢魔リリス 吸血鬼ヴァンピール

 身長149トール 体重41ダイム

 スリーサイズ79・56・78

 魔力量『72000』

 魔力質『闇』


 頭からつま先まで、全身が映る姿見に次々と数値が表示されていく。身長や体重、スリーサイズといったものから筋肉量や体脂肪率、各部位のあらゆる数値に加え、全身に流れる魔力の代謝や質、〝色〟、そしてその量まですべてが明らかになる。


『星天鏡』に示されたレナの魔力量は――『72000』。

〝魔力量〟とは体内に留めておける魔力総量上限であり、かつ自ら生み出せる量のことでもある。大きければ大きいほど強力な魔術を多く扱える魔術師という証明であり、決して魔術師のレベルとイコールになるわけではないが、実力を計るために非常にわかりやすい目安の一つだ。

 そして、レナのその数値は中等生首席――上級魔術師レベルの魔力量を誇るベアトリスをも優に上回るものだった。


 当然のようにベアトリスは動揺する。


「こんなっ、な、何かの間違いですわ! 私の! 竜族の血を引くヴィオール家の末裔であるこの私の数値を上回るなんて、そんなことありえませんっ!! そ、そうです! きっと壊れているのですわ! こ、このっ! ガラクタッ!」


 手を振り上げて古代の魔道具を叩き壊そうとしたベアトリスを、講師エイミや赤髪の子たちが慌てて止めに入る。

 そんなベアトリスにレナは言った。


「魔術の世界は実力主義。よく聞くけどさ、魔術師にとって魔力量なんかよりもっと大事なことがあるの、知ってる?」

「……え?」


 呆然と聞き返すベアトリスに、レナは微笑む。


「おっぱいが大きい方が強いんだよ」 


 自信満々にそんなことを言って胸を張ったレナに、全員が呆然とするしかなかった。


 ――それはもちろん、思わず自身の胸元に触れたクロエも同じで。


 おそらくはその場にいた皆の脳裏に、ある可能性がよぎった。


 ひょっとしたら。


 わずか13才のこの留学生の少女が、リィンベルの歴史を変えてしまうのではないか、と。

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