♯10 お嬢様たちのアフタヌーンティー

 こうしてベアトリスたちとのティータイムで昼食を済ませることとなったレナは、校内カフェテリアの広さや清潔さ、和やかな雰囲気など、居心地良い空間をすぐに気に入った。そしてリィンベル特製だというスコーンやタルト、紅茶の味にちょっぴり感動。

 なおそれだけでは足りない思春期少女レナは、さらにビーフシチューを追加注文しあっという間に平らげる。他にも様々な食事メニューやドリンクなど充実していて、どれだけ食べようとすべてリィンベルの学生なら無料だというから驚きだ。


「お気に召したようでなによりですわ。他にも魔術の試験場やトレーニングルームにプール等、リィンベルの生徒なら放課後休日いつでも利用可能です。日頃精進のためお役立てくださいませ」

「うん、ありがと」


 説明を終えたベアトリスが優雅に紅茶へ口を付け、余裕の笑みを浮かべる。

 生徒たちが常日頃から授業や勉強にのみ集中出来るよう、リィンベルではこういった面でもサポートが充実しているようだ。それは多くの魔術師家系たる貴族から学院に寄付があるからだそうで、寮費や留学生待遇の旅費などもそこからまかなっているらしい。レナは心の中で名も知らぬ貴族たちにも感謝しておいた。


「ベアトリスさまっ、ごきげんよう」

「ベアトリスさん、またお手合わせをお願いしますね」

「ごきげんよう、ベアトリスさん。先日のパーティーではお世話になりました」


 レナが食欲を満たしている間にも、カフェテリアにやってきた年齢クラス様々な生徒たちがベアトリスを見つけるたび挨拶をしてくる。そのたびに挨拶を返すベアトリスは、どうやら学院内外を問わず注目を浴びている人物のようだ。

 そのときレナがベアトリスに抱いた印象は、クラスのカーストトップとして威厳と威圧を示していたときのものとは違って、柔らかく穏やかなものに見えた。


「――あら。少々失礼致しますわ」


 そこでベアトリスが席を立ち、ある人物の方へ歩いていった。生徒ではなく講師か学院関係者の大人のようだが、レナにはよくわからない。


 食後に化粧を直すためか、口紅を取り出していたレベッカに話しかけるレナ。


「ねぇ、あの人って誰?」

「…………」

「ベアってやっぱり有名人なんだね。あとこのスコーンって持ち帰りとか出来ないのかな?」

「…………」

「クリームも一緒に欲しいな。ていうかレベッカって普段はそういう感じなの?」

「…………」

「なんかお嬢様みたいでヘン。前のときと全然違うし。なんで猫被ってるの? ベアの前だとそういう感じなの? そういえばレベッカの魔術って口紅を使ってるの面白いよね。ねぇレベッカ」

「…………んんんんうざぁっ!! 気安く呼ぶな!」


 無視してもひたすら話しかけてくるレナに我慢しきれなくなったのか、レベッカがテーブルをバンと叩いて身を乗り出してくる。それで少々注目を浴びてしまったが、レベッカはすぐに「ウフフ」とお嬢様っぽい笑みで周囲をごまかし席に戻る。


 レベッカはニコニコ笑顔のまま、周りには聞こえないようささやくように話す。


「無視してんだから話しかけてこないでくださいますこと? こっちが今から手洗いにいくってわかんないの空気読めよ。馴れ馴れしいんだようざっつーかなんでレベッカ様がアンタなんかと食事とらなきゃいけないのよアンタみたいなのはぼっちでトイレでメシくってろバーカ」

「そうそう。そっちの方がレベッカって感じ」

「コイツ……」


 まったく動じないレナにイライラを隠せない様子で眉をぴくぴく動かすレベッカ。

 彼女はポーチを手に立ち上がるとレナを見下ろし、腰を折ってその顔をレナの耳元へ近づけてきた。


「――言っとくけど、アンタみたいな世間知らずのヨソ者なんて一月も持たないから。ベアにコテンパンにされて恥かく前にさっさと尻尾巻いて逃げたら? てゆーか今日の身体測定で絶望して帰りなよ笑って見送ったげるから。アハハ!」


 それだけ告げてよそいきお嬢様スマイルを浮かべると、レベッカはスタスタと化粧直しへと向かっていった。

 レナはスコーンをかぷっと食べて一人つぶやく。


「……ん。これ、やっぱりおいしい。フィオナママにも食べさせてあげたいな。そうだ、レシピとか教えてもらえるかな?」


 レベッカの脅し文句などまったく耳にも残っておらず、レナはお腹を満たして満足な時間を過ごしたのだった。



 やがてチャイムがなり、レナが再び教室へと戻ったところでクロエも姿を見せる。レナが話しかけようかとしたところで、講師エイミがやってきてしまった。


「それでは皆さん。明日からの授業に備えて、午後は例年通りに〝身体測定〟を受けていただくことになります。私の後についてきてください」


 その発言後に、レナはクラス全体の空気がキュッと引き締まったような気がしていた。

 こうして教室を出たエイミに続き、レナたちも順番に歩き始める。


「こっちの学校ってすごく厳しいって聞いてたから、なんか最初が身体測定でちょっと安心したかも。こっちでもこういうのするんだね」


 レナがそう話すと、隣を歩いていたクロエがぼそっとつぶやいた。


「……ある意味、身体測定が一番厳しい授業かもしれませんから……」

「え?」


 どういう意味か尋ようとしたレナだったが、クロエはそれ以上何も喋らずうつむいたままであった。同様に他のクラスメイトたちもなんだか浮かない顔をしている。唯一ベアトリスだけが悠々と胸を張って歩いていた。

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