♯8 中等部女子クラス
レナは答える。
「……ついてこられない人は、終わりってこと?」
「その通りです」
うなずくエイミ。レナの答えはずばり核心を突いていた。
「入学の年までに優れた才覚を示せない者は入学不可。進学までに優れた成績を修められない者は進学不可。卒業までに優秀な魔術師となれていない者は卒業不可。すべて、その時点でリィンベルとの関わりを一切絶つこととなります。例外はありません。常に結果を出し続けてきた選ばれし者だけが、晴れてリィンベルの卒業生となれるのです」
これこそが、リィンベルの明快で厳しいルール。
皆で足並みを揃える教育環境は一見優しく思えるものだが、実際はそうではない。求められる足並みが非常に高いレベルであれば、ついていくために走り続けるしかない。
聖都のアカデミーのように生徒たちの育つ環境や成長速度、習熟状況の違いが考慮されるようなことはなく、いかに明確な〝結果〟を示せるかだけが重要。この規則があるからこそ生徒たちは常に高みを目指して必死に学び続ける。
周りに置いていかれぬように。脱落しないように。家に恥ずかしくない成績を残せるように。
向上心と恐怖心の間で精神を研ぎ澄ませながら。
その若芽を大木にまで成長させるため、貪欲に栄養という名の知識を吸収し、それぞれが隣に負けじと大きく若芽を伸ばしていくのだ。
「我がリィンベルでトップに立つということ。それがいかに難しいことかこれでよく理解出来たのではないかと思います。自信という向上心を持つことは大切ですが、まずは自分を客観的に判断し、一歩ずつ――」
と、そこでエイミの言葉は止まった。
レナは、じっと真っ直ぐにエイミを見つめている。
その身体から、溢れ出る魔力を抑えきれないほどに高揚して。
「――面白そう。早く一番になりたい」
朱い瞳で微笑するレナに、エイミは思わず固唾を呑んで言葉を失っていた。
その瞬間、部屋の中にチャイム音が流れる。もうじき朝の授業が始まるという合図だ。
エイミはハッとして立ち上がる。
「そ、それではスプレンディッドさん。着替えてから教室へ行きましょう。外でお待ちしています」
「はい」
レナもまた立ち上がり、気付かぬうちに溢れていた魔力を落ち着けてからエイミよりリィンベルの女子制服を受け取り、その場で着替えを済ませる。
淑やかなシスター服のようなデザインの制服は上品で見栄え良く、自分では結構似合っているかな、という気がしたが、やはりまだまだ慣れないものだ。
応接室を出ると、待っていたエイミがレナの全身を軽く一瞥してからうなずいて歩き出す。レナが後に続いて歩き出すと、エイミが前を見たまま話し始めた。
「スプレンディッドさん。この学院で一番になりたいのでしたら、まずは今日から所属することになる中級魔術師過程クラス――中等部で一番の成績を修めることです。そうすれば、さらなる道が開けることでしょう」
「わかりました」
「ただし、首席で進学を決めた本年度の中等生トップの子は既に上級魔術師クラスの力を持っています。楽な道のりではないかと思いますが……」
「楽な道を歩いたことがないので、たぶん平気です」
思わず足を止めたエイミ。どこかワクワクとした横顔で進むレナを見て、エイミは眼鏡を抑えながら小さくつぶやいた。
「……モニカが推してくるわけ、ですね」
◇◆◇◆◇◆◇
中等部クラスに案内されたレナは、壇上で講師エイミの隣に立っていた。
「皆さん、中等部への進級おめでとうございます。そして本日より、聖都アカデミーからの留学生を一名このクラスに迎えることとなりました。スプレンディッドさん、どうぞ」
促されたレナは一歩だけ前に出て、特に緊張もなく口を開く。
「レナ・スプレンディッドです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げるレナ。すぐに拍手が返ってくる。
中等部の生徒は約80名ほどおり、クラスは寮と同じように性別で分かれている。こちらの女子クラスには54名が在籍していて、やはり心身共に成熟の早い女性の数が多いようであった。
ここで改めてクラスを見渡したレナは、「あ」と気がつく。
窓際後方でこちらを見ていた、目元の隠れた銀髪の少女。クロエだ。目が合った――ような気がしたのだが、クロエはすぐにうつむいてしまう。
そして最前列。すぐ近くではあの赤髪の少女レベッカが昨日とは別人のように姿勢よくお嬢様然とした淑やかさで座っており、他の二人の姿もある。どうやら全員同級生のクラスメイトであったらしい。
ここの全員がライバル。
そう思ったとき自然に力量を測ろうとしたレナは、クロエやレベッカ、そして眠たそうにボーッとしているとある一人のクラスメイトも意識したが、何よりもやはり目の前の彼女である。
エイミが眼鏡を直して言う。
「勝手知ったる内部生の皆さんは、彼女のサポートをお願いします。ひとまずは代表して……ヴィオールさん。新たなクラス長として、しばらくスプレンディッドさんのことをお願い出来ますか?」
「承知致しました」
エイミの声に応えて立ち上がったのは、目立つ金色の髪の少女。スタスタと歩いてくるその様子だけで、彼女の持つ生まれついての気品や育ちの良さがよくわかった。
少女はレナの前にやってくると、にこりと柔らかく微笑む。
「私は『ベアトリス・ブラン・ヴィオール』と申します。ベアとお呼びください。名家ヴィオールの娘としてこの街と学院のことはよく知っておりますので、困ったことがありましたらご遠慮なく。短い間かもしれませんが、宜しくお願いいたしますわね。レナさん」
「うん。ありがとうベア」
差し出された手に応えると、ベアトリスは優しく微笑する。
貴族子女らしい立ち居振る舞いと涼やかな美声、美しく整った顔立ちに白い肌、スレンダーな体型、溢れ出る自信は美貌と実力に裏付けられたものか。そしてそれに見合う品を纏っている。
そこでレナは握手したままの手に目を落とし、それからまたベアトリスの顔を見つめて言う。
「中等部で一番なのって、ベア?」
「はい?」
「なんとなく。あなたが一番成績良いのかなって」
そう尋ねると、ベアトリスは何度かまばたきをしてから「くすっ」と微笑む。
「確かな目をお持ちのようで。ええ。僭越ながら、基本過程、初等部より首席を務めさせていただいておりますわ。クラス長にご指名頂いた以上、本年度からもより励んでまいる所存です」
「そっか。じゃあベアに勝てばいいんだね」
「……はい?」
笑顔のまま固まるベアトリスに、レナは真正面から告げる。
「まずはあなたに勝って、このクラスで一番になる。そのままこの学院でトップになって帰る予定なので、みんなよろしくね」
握手をしたまま素直にそう言って笑ったレナに、ベアトリスも他のクラスメイトたちも言葉を失っていた。エイミだけが平然と事の成り行きを見守っている。
そこで、レナは自身の手に伝わる強い魔力の流れに気付く。
眼前のベアトリスが、微笑したまま全身に魔力をみなぎらせていた。
「……うふふふ。噂通り、面白い方ですのね」
ベアトリスの青い瞳の奥に宿るモノを察しても、レナは何ら怯むことはなかった。
間違いなく、彼女がこのクラスで最も魔術師としての実力が高い。そのことをわかっていて宣言したのだから。
そんな二人の様子に他のクラスメイトたちは――クロエはただただ驚いているしかなかったのだった。
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