♯7 リィンベル魔術学院

 ――翌朝。

 慣れない土地でなかなか眠れないのではないかと思っていたレナだったが、旅疲れもあったのか、その心配はなくグッスリとベッドで眠ることが出来た。おかげで眩しい朝陽を浴びながら気持ち良く早起きをして、体調も万全だ。


「ん~~~…………部屋のもの、ちょっとは揃えた方がいいかな?」


 少々寝ぼけた顔で伸びをしたレナは、ベッドと机、クローゼットと、最低限のものしか用意されていない殺風景な部屋を見てつぶやく。

 短期留学生とはいえ、ある程度は快適に暮らせる環境を整えた方がいいだろう。一人暮らしには慣れているため、ホームシックなどにかかることもないと思っていたが――それでもやっぱりフィオナやクレスの顔が思い浮かんできてしまうのは、それだけレナにとって聖都が第二の〝故郷〟になっている証でもあった。


「……ん、平気」


 レナはベッドサイドに置いてあった髪留めに触れて微笑し、そのままベッドから出て朝の支度を始めた――。


 それから今日もまた聖都のアカデミーの制服に着替えたレナは、まだ誰もいなかった食堂で簡単な朝食を取り、他の生徒たちよりもだいぶ早めに学生寮を出た。まず学院で講師に挨拶をする必要があったからだ。



――そしてリィンベル魔術学院前に到着。

 聖都のアカデミーとはまた違う異質な雰囲気を持つ学院校舎に、さすがのレナも多少の緊張感を持っていた。しかしそれも、新たな土地で自分を成長させる糧になってくれると思えば悪くはない。むしろ高揚してくるくらいだ。


 強くなりたい。

 そのためにここへ来た。

 恐れているヒマなどない。だから、ただ前に進むだけだ。


「――よし。『逃げるな、プディ・前を向け、魂を燃やせルファラ・エクレーン』」


 フィオナから教わったまじないの言葉を胸に、レナは新たな学舎へと足を踏み入れた。



 まずクラス担当となる講師に会って挨拶を済ませたレナは、その応接室で学院の規則や注意点、授業のカリキュラムや仕組みなどを簡単に教わった。


「――説明は以上です。ようこそリィンベル魔術学院へ。マナの祝福を受けた同士を歓迎致します。スプレンディッドさん、何かご質問はありますか?」


 眼鏡を掛けた担当講師『エイミ』の言葉に、レナは悩むことなくこう尋ねた。


「どうやったらここで一番になれますか?」


 そのハッキリとした問いに、エイミは驚いたように目を丸くした。


「……スプレンディッドさんは、この学院で一番の成績を修めたいのですか?」

「はい」

「なぜ?」

「〝最強のお嫁さん〟と〝先生〟になりたいから」


 間髪入れずに返ってきた言葉に、エイミはまた呆然となる。それから彼女は手元の資料に目を落とした。

 リィンベルへの入学を許されるのは、優れた血統か才覚を持つ者のみ。事前に生徒一人一人の個人情報を洗いざらいチェックするのは当然のことであり、聖都から送られたその資料には、レナのすべてとも言える内容が記されている。


「スプレンディッドさんは……魔族の血が濃い方のようですね。故郷を離れて聖都に移住し、そこで現在のご両親の養子となった、と。そしてそのご両親は……」


 顔を上げたエイミの視線に、レナはただ目をそらさぬことで応えた。それだけで、エイミはレナの決意をよく理解したようであった。


「なるほど。若くして高い向上心を持つのは素晴らしいことです。ところでお一つ。ファミリーネームを変えていないのには、理由が?」

「二人が、無理に変えなくてもいいって。本当の両親との、大切な繋がりだからって。……それと」

「……それと?」

「……まだ、ちょっと恥ずかしいから……」


 ぼそっとつぶやいたレナを見て、エイミは少々呆然としてから眼鏡を直し、

 

「――よくわかりました。良いご両親ですね」


 わずかに微笑してそう言った。それがきっとどちらの両親にも向けた言葉だとレナは感じ、だから誇らしくうなずいた。


「さて、それでは先ほどの質問の答えですが――」


 少し穏やかになっていた空気は、そこから続くエイミの言葉で再び緊張を取り戻す。


「ご存じの通り、我がリィンベルは世界最高の魔術学府です。その格式はシャーレ教会が運営する聖女の庭たる『聖究魔術学院』を唯一上回ります。世界中から集まった優秀な血筋を持つ魔術師や貴族の子、そして類い稀な才能を持つ魔術師の卵のみが在籍し、世界中のどこよりも優れた授業を受けています。かくいう私もリィンベルの卒業生ですが、この学院に通った時間が人生のすべてを決めたと言っても過言でないと感じます。それほど濃密に学びと向き合う場所なのです」


 うなずくレナ。卒業生であるエイミの言葉には確かな重みがあったし、実際にレナのよく知る魔術師の先達たちもここが世界最高学府であると断言していた。


「ゆえに、自らの力で扉をこじ開けた卒業生たちは魔術師の世界を切り開く傑物ばかり。年齢もバラバラな生徒たちがそれぞれのレベルに見合ったクラスで学ぶ聖都のアカデミー方式とは異なり、リィンベルではすべての生徒が同じ年齢で入学し、同じ年齢で進級し、同じ年齢で卒業します。全員が、同じペースで学ぶのです」


 軽く持ち上げられたエイミの眼鏡が、窓からの光を反射して光る。


「――スプレンディッドさん。この意味がおわかりになりますか?」


 レナは、こくっと息を呑んだ。

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