♯6 レナとクロエ


「――ふぅん。こんな魔術見たことない」


 レナは両手でそれぞれの鞭を受け止め、興味深そうに凝視していた。レナと目のあった鞭先の蛇たちが口をパクパクさせて困惑している。

 困惑しているのは蛇だけでなく、いじめっ子たちも同じだった。


「ハ、ハ、ハァァァッ!? ウソっ! アタシの鞭を、うけとめっ!?」

「本物の鞭ならムリだろうけど、魔力で出来てるならカンタンだよ。それよりさ」


 そこで突如、空気が変わる。

 レナの放つ濃い紫色の魔力が可視化出来るほどに広がり、鞭を覆うように侵蝕していく。すると両手に掴まれた鞭の蛇たちが突然勝手に動き出してレベッカの手を離れ、懐くようにレナの顔に頬ずりをした。


「面白いね。それにカワイイし。ちょっと借りようかな」


 そう言って、レナはレベッカの鞭をその場で軽く振るってみる。蛇たちは地面や壁に鋭く噛みつき、魔力が弾けるような衝撃と共に深くえぐり取った。

 レナはその威力にちょっと驚いた後、鞭からいじめっ子たちへと視線を移し、流し目でつぶやく。



「生徒同士のちょっとしたケンカくらい、許してもらえるよね?」



 途端に、いじめっ子たち三人が声もなく青ざめていく。

 そしてレナがその鞭を振るい上げようとしたとき、


「あ、あのっ!」


 レナの手を掴んだのは、銀髪の少女だった。


「わ、わたしが悪いんですっ。みんなに、迷惑、かけて……だ、だから、あの、いいんです。わ、わたしが、試験で、負けるから……。ね?」


 銀髪の少女が弱々しい笑みをうかべてそうつぶやくと、レナが魔力を拡散させることで鞭は消失。レベッカたちは顔を見合わせてから歯ぎしりをして、逃げるように走り出してその場を去った。銀髪の少女はホッとしたように息を吐く。


 レナもまた軽く息をついてつぶやく。


「ちょっと驚かせようとしただけなのに……まぁいいけど。ねぇ、それより中等寮の場所教えてくれる?」

「ふぇ?」

「レナ、今日からこっちにきた留学生。レナ・スプレンディッド。13才です」


 簡単な自己紹介を済ませると、銀髪で片目が隠れている少女は呆然とレナを見つめた。前髪のせいで少し表情がわかりづらいが、おそらく内気な子なのだろうということは既にレナにもわかっていた。

 やがて銀髪の少女はハッとしてあわあわと手足を揃える。


「――あっ、わ、わたし、クロエっていいます! 『クロエ・シェフィーリア』ですっ。えっと、リィンベルの学生で、お、同い年です!」

「えっ?」

「えっ?」


 急にびっくりしたような顔をするレナに、クロエもつい同じような反応をした。

 レナの視線は……クロエの顔よりも下の方に向いている。


「……ふぅん…………同い年……」

「え、えっと……あ、あの?」

「なんでもない。ぐーぜんだね」

「そ、そうですね。あ、えっと、りょ、寮の場所、ですよね? ご、ご案内しますっ」

「ん、ありがと」


 こうしてレナは、銀髪の少女クロエと共に歩き出した。



 ――その頃にはもう、日が沈み始めてノルメルトの街は黄昏の時間となっていた。

 終始おどおどとした様子のクロエは、案内している立場にもかかわらずレナの斜め後ろを歩きながら話す。


「そうですか……レナさんは、聖都からたったお一人でいらしたんですね……。す、すごいです。やっぱり、とっても優秀な方なんですね……」

「あなたもすごいと思うけど」

「え?」

「それにしても、こっちの街にも塔があるんだね。なんか、聖都のに似てたからちょっと驚いた」


 二人が足を止めて見上げたのは、すぐ近くに鎮座する高き塔。ノルメルトの象徴たるタワーは、雲さえ貫くように天高く空へと伸びている。聖都のものはかつての騒動でフィオナが破壊してしまったことがあるが、今は立派に再建されている。


 クロエが少しだけ表情を和らげて話す。


「あ……聖都にある『聖究の塔』は、昔にこちらの『リィンベルパレス』を参考に造られたそうです。わたしは聖都に行ったことはありませんが、きっと、それで似ているように感じるのではないかな、と……」

「ふぅん、そうなんだ。詳しいね」

「い、いえそんな。この街に暮らしていれば、誰でも知っていることですから……」

「そっか」


 二人はまた歩き出す。

 会話がなくなって少々気まずくなりかけたところで、クロエが口を開いた。


「あ、あのう」

「なに?」

「えっと、さ、さっきは、ありがとうございました……」

「別に大したことしてないし。それより、さっきのいいの?」

「え?」

「なんか、試験でわざと負けてあげるみたいなこと言ってたじゃん」

「あ……」


 クロエは少しうつむき加減になって、自分の影を見つめるようにトボトボと歩きながら返事をする。


「……いいんです。わたしがグズなせいで、学院やクラスのみんなに迷惑をかけてしまっているので……。そ、それに……友達、ですから……」

「ふぅん。レナはあんなの友達じゃないと思うけど」

「え……」

「あ、寮ってここ?」

「え、あっ、そ、そうです」


 レナとクロエの足が止まる。目の前に現れた四階建ての立派な建物にレナは「お~」と感嘆する。入り口のところに『リィンベル魔術学院 中等部学生寮』の表札が掛けられていた。


「レナの部屋は……四階かな? 少し遅くなっちゃったから、早く明日の準備しなきゃ。案内してくれてありがと、クロエ」


 そのまま寮の階段を昇っていこうとしたレナは、最後に振り返って言った。


「あのさ。あの子たちもダサイけど、あなたもダサイよ」

「え……」

「言いたいこと、言った方がいいと思う。じゃあね」


 それだけ告げて、レナはさっさと階段を昇っていった。


「…………」


 寮の入り口に一人ぽつんと残されたクロエは、夕日に照らされるまま、しばらくその場で顔を伏せていた――。

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