♯4 名物焼きバナナ~アイミーの果蜜がけ~

 ノルメルトの一般居住区は聖都の街並みとそう変わりはない。大きな通りには商店が連なり、生活を営む人々からは活気が伝わってくる。


 その道中、花を求める蝶のようにレナが引き寄せられたのは名物『焼きバナナ』の出店。串に刺さったバナナの果肉にアイミーの花蜜をたっぷりとかけ、それをブリュレした物にチョコレートチップを振りかけたこのスイーツは、聖都よりも南の国に見られるスイーツである。

 レナがじっとバナナを見ていたら店主の女性が話しかけてきた。


「可愛らしいお嬢さん。その制服は聖都のアカデミーからですか?」

「え、わかるんですか?」

「この時期は各地からお嬢さんみたいな子達がきますから。ノルメルトは初めてですか? それではサービスにこちらを一本。どうぞ、召し上がってください」

「ありがとうございます。でも、お金はちゃんと払います」


 フィオナお手製のお小遣い袋から代金を渡して焼きバナナを購入し、ぱくりとかぶりつくレナ。程よい甘さとフルーティな香り、歯切れよいバナナとチョコチップの食感、抜群の相性に少し感動してしまい、パクパクとあっという間に完食してしまう。

 そんなレナを見て店主の女性はキョトンとして、それからくすくすと笑った


「うふふ、クールなお顔で愛らしいお嬢さんね。それでは今度こそ、もう一本サービス、いかがですか?」

「……そこまで言うなら」


 レナは店主の気遣いに感謝して追加のバナナを受け取り、またかぶりつく。

 頭巾で髪をまとめたエプロン姿の女性店主は嬉しそうに微笑んだ後、その表情が少しだけ寂しげに変わる。


「この時期は街がより賑やかになって嬉しいですが、うちの自慢のリィンベル魔術学院はお商売よりもずっと厳しいですから……お嬢さんにはどうか乗り越えてほしいものです」

「……んっ。そんなに厳しいんですか?」

「それはもう! 魔術師協会本部の置かれている我が国で伝説の魔術師が創立した最高学府ですから。魔術の世界は実力主義。あまりの厳しさに生え抜きの進学組さえついていけない子は多く、外部からの留学生などは最初の一月だけで半分ほどが辞めてしまうそうです」

「ふぅん……」


 人差し指を立てて語る店主に、しかしレナは動揺した様子もない。それよりも目の前の甘味に夢中、といったところだった。

 すぐに二本目のバナナもペロリと平らげたところで、レナは鞄を抱え直して言う。


「おいしかった。ごちそうさまでした。えっと……リィンベル魔術学院はこっちでいいのかな」

「あっ、学院でしたらこの大通りを真っ直ぐいけば着きますよ。高い塔が目印です」

「ありがとうございます。それじゃあ」


 しっかりとお辞儀をして歩き出すレナ。

 女性店員が少々心配そうな顔で見送っていると――レナが一度くるりと振り返った。


「平気だよ。一番になるから」

「え?」

「だってレナ、最強のお嫁さんの義娘だし」


 そう言って歩き出したレナの背中を、女性店員はしばらくポカンと見つめていた。



 ――この街の象徴たる塔は、街のどこにいても見上げることが出来る。そのためレナも道に迷うようなことはなく、目的地へとやってくることが出来た。


「近くまでくるとおっきいな……」


 高い塔を見上げながらつぶやくレナ。聖都にある『聖究の塔』を思い出すような作りで、かなり古いもののようだ。そして塔の足元に広がるリィンベル魔術学院校舎も相応の歴史を感じる重厚な佇まいをしていた。

 聖都のアカデミーで講師モニカからもらったリィンベル魔術学院のお手製パンフレットに目を落とすレナ。リィンベルのちょっとした歴史や案内はもちろん、学生寮やおすすめのお店の場所までもが記されている。先ほどの名物焼きバナナもこれで知った。

 しかし、可愛らしいイラスト付きの簡易的な地図は何度見てもなにがなにやらよくわからず、レナはしばらく地図とにらめっこした後にため息をついてそれをしまった。


「はぁ。他の人に書いてもらえばよかった。寮はどこだろ……」


 キョロキョロと辺りを見回してから再び歩き出すレナ。

 先ほどの一般居住区とは違い、こちらの学区は静かなもので人の姿も見当たらない。学院や寮にこもっている勤勉な生徒が多いのだろう。リィンベルは全寮制となっており、この街に家がある子供さえすべての生徒が親元を離れて暮らす。それも自立した魔術師になるためという学院側の理念だ。


 近辺にあるはずの寮を探し歩いていると、すぐそばの建物の影から突然「ごめんなさいっ!」と謝罪する声が聞こえてきた。さらに続けて怒鳴るような声まで響き、なんだか物々しい様子である。

 ケンカか何かだろうか。レナはそう思いながらそちらに近づき、そっと路地裏の方を覗いてみた。

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