♯3 魔術都市ノルメルト

 レナを乗せた巨大な飛行艇は、まるで大きな雲のように悠々と空を巡り、長い時間を掛けて大陸を移動していく。

 浮力を得るためのガスや動力たる潤沢な魔力を含有する魔鉱石が高価であるため、乗船するにもそれなりの運賃が必要となり、乗客はやはり貴族や富豪、豪商とその関係者がほとんどである。そんな乗客たちが退屈などしないよう、艇内にはダンスホールやバーなどが用意され、楽団による演奏会も行われる。レストランやシャワー設備のある客室など、まさに空飛ぶホテルといった豪奢さだ。

 ゆえに、レナのように子供一人で乗り込んでいる者は当然ながらほとんどいない。わずかにいたのもレナと同じ留学生たちであり、既に皆は別の街で降りていってしまった。

 そのため話が出来るような相手はおらず、少々寂しいような気持ちもあったが、退屈とは無縁だった。

 大空から眺める景色はどれだけ見ても飽きなかったし、自分が暮らす大陸はこんな形をしているのかと、山や川はこんなに大きいのかと、こんなところにもあんなところにも街や村があって、たくさんの人々が生活をしているのだという〝実感〟はレナの見識を深めてくれた。

 

 気付けばもう、目的地が近づいている。


『――次はノルメルト。魔術国家ノルメルトに到着致します。下船されるお客様は、お忘れ物のないようエントランスホールまでお越しください』


「ん……やっと着くんだ……」


 案内を聞いて、ソファでうとうとしていたレナは目を擦り、鞄を手に歩き出す。長い旅路だったような気もするが、あっという間だったような気もする。

 なにはともあれ、最新型の飛行艇に乗船するという貴重な体験をさせてもらえた留学者待遇に感謝している。クレスやフィオナに金銭的な迷惑を掛けたくなかったし、もしも特別待遇がなければこの船に乗ってはいないだろう。そんな二人はレナを心配して多くの小遣いを持たせようとしたが、レナは感謝しつつほどほどにだけ受け取っておいた。寮暮らしで勉強の毎日にそんなお金は必要ない。


 歩く途中、レナは窓から見える光景に思わず声を上げた。


「……わっ」


 窓に顔を近づけて眼下を見れば、巨大な〝塔〟を中心にして放射状に形作られた特徴的な街並みがよく見て取れた。


 ――魔術都市ノルメルト。


 そこは名前の通りに魔術によって発展した魔術師たちの街。

 巨塔の足元に世界最高学府たる『リィンベル魔術学院』が生まれたのは必然であり、その周囲は学院関連施設が立ち並ぶ特別学区となっており、学区を囲むように貴族や権力者、商人たちの屋敷や教会等が存在する。そのさらに外側に一般的な市民の暮らす居住区が広がり、ここがこの街の多くの面積を占める。魔術国家として有名なノルメルトの特徴的な街をこうして一望出来るのは、飛行艇で来訪した者の特権であろう。


「……そっか。今日からここで暮らすんだ……」


 じっと街を見下ろしながら、聖都のことを思いだしちょっぴり感慨にふけるレナ。

 徐々に街の景色が近づき、飛行艇は郊外の草原へと着船。貴族や商人、魔術師たちの中に混じってレナも見知らぬ土地に足をついた。


 ここで降りる留学生は、自分一人のみ。


 なぜなら、聖都のアカデミーに認められているリィンベルへの留学枠はたった一席。



『――ええ~~~っ!? レナちゃん、リィンベルに留学するの~~~!?』



 レナがその一席に立候補したとき、クラスメイトのドロシーたちは大変驚いたものだった。

 リィンベルは大変に厳しい学舎として知られ、そもそもが魔術師の名家に生まれた者や高貴な血筋を持つ者、才能の傑出した子供しか入学を許されず、外部からの留学生にいたってはほんの一握り。挫折して魔術師の道を諦める生徒も少なくない。かつて聖都からの留学生がボロボロになって帰ってきたこともあって、ここへの留学を希望する者はそう多くない。

 そんな話を聞いたレナは、周りに止められるかもと考えていたが――


『でも、レナちゃんなら大丈夫だよ~! 私、応援するねぇ~♪』

『ほんっとうに驚いたけれど……レナさんの向上心は見習わなくてはいけないわね』

『レナちーならやれるやれる! 聖都のアカデミー代表としてドーンとぶちかましてきてよ☆』

『私たちも置いていかれないよう励まなくては。レナさん、頑張ってくださいませ』


 ドロシーも、アイネも、ペールも、クラリスも、そんなところへ飛び込もうとしたレナを応援してくれた。


 そしてもちろん――


『そうか。レナの決めたことならば、俺たちはその背を全力で支えるだけだ』

『クレスさんの言う通り! クレスさんも私も、全力でレナちゃんを応援するからね!』


 籍を入れたことで本当の両親かぞくになってくれた二人は、なんだかレナ以上にやる気になって支えてくれた。

 その結果、レナは優等生としてたった一つの枠に見事選出され、こうしてノルメルトの街にやってきた。


「…………」


 ノルメルトの正門前に立つレナは、無言でそっと自身の髪飾りに手を触れた。

 知らない街、知らない人々、知らない風、知らない匂い。故郷の地から聖都へとやってきたあの日のことを思い出す。


 あの頃に感じていた、抱えきれないほどの不安や寂寥は今はない。


 むしろ、思い描く未来へ向けてレナの心は高揚に溢れていた。



 ――絶対に負けない!



 大きく息を吸って、吐いて。拳を握りしめ。

 レナは、新たな世界へと足を踏み入れた。

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