外伝 最強のお嫁さんの義娘なので、世界最高の魔術学院で余裕でトップになります!

♯1 魔術師に大切なもの


「さぁ、最後は貴女の番ですわ。レナ・スプレンディッドさん」


 にこやかな淑女然とした同級生が、その手でレナを誘う。

 担当講師や他のクラスメイト達が見守る厳かな空気の中、レナは無言のまま歩き出し、その姿見の前に立つ。


 当然ながら、そこには13才になった己の姿が映っている。


 アメジストのような美しい紫色の髪はセミロングほどに伸び、サイドには星の意匠の髪留めが光る。同じ色の瞳は少々目尻が高く、上背もあの頃よりはだいぶ伸びた。その証たる『149トール』の数字が鏡の中に浮かび上がり、身長の他にも年齢や体重、さらにはスリーサイズまで事細かに示されている。


 中でもレナがもっとも気になっている数値は――思わず手を当ててしまう胸元のそれだ。


 ちょっとは大きくなったと思うし、見た目も少しは大人っぽくなったとも思う。でもこうして自分を見つめるたび、あとたった二年で出会った頃のフィオナのようになれているのかと疑問に思うものだった。ていうかムリじゃん?


「う~ん。やっぱり、もっとアイミーの実とか食べた方がいいのかな」

「……レナさん?」

「あ。うぅん、なんでもない。えっと、後は魔力を出せばいいんだよね? ていうか、なんでもわかっちゃうなんてすごいね、これ」


 レナがそう尋ねると、同級生の少女は「ええ」とどこか自慢げに答えて長い金髪を手で払った。


「この『星天鏡』は、かつてこの地に繁栄した伝説の〝古代都市リィンベル〟で造られたという失われた魔道具の一つ。姿見に映った者の真実をさらけ出す至宝ですわ。ゆえに、この学院にやってきた生徒は嫌でも隠し事など出来ません。そうですわよね、先生?」

「仰るとおりです、ヴィオールさん」


 眼鏡を上げ直して肯定する女性講師が、さらに補足するように話す。


「各都市にも『星天鏡』の模造品はありますが、魔術師のレベルや素質、そして魔力までもを視覚的に、完全に測定出来る物はこれを置いて他にありません。曖昧な物差しではないこの『星天鏡』を用いることで、我がリィンベルの生徒たちは定期的に己を見つめ直し、邁進することが出来るのです」


 講師の言葉に、既に〝測定〟を終えている他の生徒達が固唾を飲んで緊張の面持ちを浮かべていた。中には青ざめて下を向く者たちもいる。


 そんな中、レナの同級生でありクラスを率いる少女――ベアトリスは悠々綽々と言う。


「皆さんの測定をご覧になったかと思いますが、ご不安もあるでしょう。参考にもう一度、わたくしが手本をお見せ致しますわ」


 既に測定済みのベアトリスはレナの隣に立ち、再び『星天鏡』にその身を映す。彼女が魔力を放出すると、鏡の中に新たな数値が出現した。


「身体データはともかくとして、魔術師として何より重要なのは〝魔力量〟とその〝質〟ですわ。私の魔力量は『54000』。このクラスの平均魔力量は『8000』、といったところでしょうか。聖書によれば初代聖女ミレーニア様は『1000000』以上の魔力量を所持していたそうですから、私もこの程度の魔力量で満足せず、より一層励んでまいりませんと」


 と、言っている割には誇らしい顔で腕を組むベアトリス。彼女の魔力量はこのクラスどころか学院の中でも抜きん出ており、既に上級魔術師のレベルである。その由緒ある血筋と圧倒的な才覚に他の生徒達は自信を失いかけていた。


 ベアトリスは鏡からその身を引き、促す。


「魔術師の世界は実力主義。さぁ、レナさん。貴女も己を識るところから始めましょう。大丈夫。この私が導いて差し上げますから」


 柔和な笑みの奥に宿るのは、純粋な優しさか残酷な優越感か。


 世界最高魔術学府――『リィンベル魔術学院』。


 特別な才覚を持つ選ばれた子供のみが入学を許される学舎で、子供たちは常日頃から切磋琢磨し、競い合い、己の知恵と技術を磨いていく。すべては魔術師としての高みへ登りつめるため。


 この場所には種族も年齢も性別も関係はない。


 求められるものは唯一。



 だから――レナは笑った。



「そういうの、わかりやすくていいね」



「え?」とベアトリスが声を漏らしたとき、レナがその魔力を解放した。


 空気を震わす魔力の波動。ベアトリスや他の生徒達が悲鳴を上げて倒れ、驚愕する講師の眼鏡にパキッとヒビが入った。


 倒れ伏したベアトリスは、レナの姿を見て呆然とする。


「……ま、魔族の姿……!?」


 微笑するレナ。

 その頭部にはうねる魔族の角が生え、背中には黒き翼、臀部には長い尾が現れ、大きな瞳が血のように朱く光る。溢れる魔力は高貴なオーラのようにレナを包み込む。


 講師がゆっくりと鏡に近づき、そして眼鏡をかけ直してからつぶやいた。



「魔力量……『72000』!!』



 その声に皆が一斉にざわつき、尻もちをついていたベアトリスがハッと身を起こす。そして慌てて鏡に駆け寄り、目を疑った。


「な、な、72000……ッ!?」


 ベアトリスの困惑は当然のものだった。

 彼女たちの年代、中級魔術師クラスにおける生徒の魔力量は本来5000程度が基本で、50000を超えるなど立派な上級レベルである。ゆえにこのクラスの生徒達は皆が優秀で、中でもベアトリスは群を抜いた存在であったが、余所からの留学生があっさりとこれだけの数値をたたき出してしまったのだから。


 ベアトリスは激しく動揺し、その目を揺らす。


「こんな……っ、な、何かの間違いですわ! 私の! 竜族の血を引くヴィオール家の末裔であるこの私の数値を上回るなんて、そんなことありえませんっ!! そ、そうです! きっと壊れているのですわ! こ、このっ! ガラクタッ!」


 その手を振り上げ、至宝の古代魔道具を叩き割ろうとしたベアトリスを講師が慌てて止めに入る。他の生徒達はまだ身動きも取れず、ただその場に立ち尽くしているしかなかった。


 レナが魔力を静めるとその瞳の色は戻り、角や翼も消滅する。


「――ねぇ」


 そんなレナの呼びかけと視線に、ベアトリスがびくっと反応した。


「魔術の世界は実力主義。でもね、魔術師にとって魔力量なんかよりもっと大切なものがあるの、知ってる?」

「……え?」


 呆然と聞き返したベアトリスに。


 レナは、両手を自身の胸元に当てて小さく笑った。



「おっぱいが大きい方が強いんだよ」



 全員がポカンと言葉を失う中、やがてベアトリスは自らの胸元を見下ろした。


 彼女のそれは、レナのものより――クラスの誰よりも小ぶりだった。

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