『プディ・ルファラ・エクレーン』

 少女は緊張の最中にいた。


「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」


 目の前には、彼が一人で暮らす森の家。その扉の前に少女は立っていた。

 何度も深呼吸をして、高鳴り続ける胸の鼓動を抑える。

 ベルッチの家に初めて来たときも、貴族のパーティーに初めて参加したときも、アカデミー最難関の卒業試験を受けたときも、ここまで緊張することなんてなかった。


 顔が火照ってくる。

 ダメ、ダメ。落ち着こう。

 第一印象はとても大切だから。

 変な子だと思われないように、身嗜みもしっかりと整えなきゃいけない。


「前髪も……うん。制服も……うん。おかしいところ、ない、よね?」


 手元のコンパクトミラーで何度も何度も自身の姿をチェックし、確認した。

 よくとかした銀色の髪にも、義母に薄化粧を施してもらった顔にも、アカデミーの制服にもおかしなところはない。ないはずだ。ちょっぴり窮屈になってしまったその胸元には、首席卒業生の証たる『月の紋章』が光る。なんだか誇示しているようにも思えるため、これは外していこうかとも考えたが、少しでもアピールしたいという思いが勝った。


 あとは、この扉を叩くだけ。

 この日のために頑張ってきた。

 なのに、なかなか勇気が出ない。


(……やっぱり、わたしみたいな子じゃ、ダメかな……?)


(いきなり押しかけて、迷惑だよね……)


(もしも、それで嫌われちゃったら…………)


 さんざん身勝手に幸せな妄想ばかりしてきたはずなのに、いざとなるとよくない想像ばかりが頭に広がってしまう。少女はぶんぶんと頭を振ってそれを振り払い、それからまた鏡で髪を整えた。


 目を閉じて、少女は夢想する。


 大変なことは、きっといっぱいあるのだろう。


 それでも、最後にはすべて上手くいって、二人で、幸せな生活を手に入れて。


 一緒に笑っていられる最良の未来で、過去いまのことを思い出すんだ。

 

 ここでわたしが勇気を出せたから、二人の物語が始まったんだって。


 きっとそんな思い出話をしている。


 なんて幼稚な妄想なんだろう。十分変な子だって、おかしくなってきて笑い出す。緊張は、ずいぶん解けていた。


 おかしいけれど、それが、わたしの大切な夢。

 


「『逃げるな、プディ・前を向け、魂を燃やせルファラ・エクレーン』。……よし!」


 

 少女は、ついに目の前の扉をノックした。


 自らの心音と共に、彼の足音が聞こえる。


 扉は開き。


 二人を隔てるものはなくなる。


 もう、余計なことは考えない。


 素直に想いを伝える。



「――す、す、好きですっ! 小さい頃から! ずっと、大好きですっっっ!!」

 


 驚く彼の顔は、とても可愛らしく見えた。


 誰よりも頑張ってきたあなたのために。


 これからはわたしが頑張りたい。


 願うことは一つだけ。


 あなたを、幸せにしたい――!

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