♯379 プレゼントと、街の灯り
昼過ぎまでは家でのんびりと過ごし、ケーキ作りに没頭した疲れを癒やしたクレスたち。三人で軽めの昼食を取った後は、レナがドロシーたち同級生とのパーティーへ向かう。
「それじゃ、いってきます。レナのこときにしないで、ちゃんとデートしてきていいからね。朝帰りでもいいし」
「レ、レナちゃん、大人っぽいこと言うね……。あ、ちょっと待ってねっ」
見送りに外へ出ていたフィオナが、いったん家の中へ入る。クレスとレナは何事かと彼女を待った。
すぐに戻ってきたフィオナは、その手に薄桃色の小さな帽子とマフラーを持っていた。まずは帽子をかぶせ、それからマフラーを優しく巻いていく。
「フィオナママ? これ……」
「レナちゃんに。『光祭』の日のプレゼントです♪」
「え」
「実はね、こっそり用意してたの。レナちゃんはプレゼントなんて要らないよって言ってたけれど、頑張って作ってから、良かったら貰ってほしいな」
言葉の終わりに、ちょうどマフラーが見栄え良く整った。見た目からしても暖かそうで、何よりも可愛らしく似合っている。だからこそ素直なクレスが「似合っているな」と感想を述べた。
「わぁ~とっても可愛いよレナちゃん! 着けていってくれるかな?」
目線の高さを合わせたままそう尋ねるフィオナに、レナは少しの間ぼうっと黙って帽子とマフラーに触れていたが、やがてこくんとうなずいた。
「フィオナママ」
「うん?」
「…………ありがと」
「うん♪」
フィオナはレナよりも嬉しそうにニッコリと微笑み、レナのまたほんのりと頬を赤く染めていた。
そんな温かな光景にクレスもほっとしていると、
「じゃーん! そしてクレスさんにはこちらですっ」
「え? お、俺にもあるのかい?」
「もちろんです♪ 少し大きめになっちゃったかもしれませんが、セーターを編んでみました。どうぞ受け取ってください」
「あ、ありがとう……」
それは赤い糸で編んだ一枚のセーター。しっかりとした生地は、既に温もりを包んでくれているようだった。
「ふふ、実は以前にもちゃんとお話したんですよ。楽しみに待っていてくださいねって」
「そ、そうなのか。すまない、忘れていて……。あ、すぐに着てみてもいいだろうか!」
「はい、どうぞ。おば様に教えていただいて、それなりに上手く出来たと思うのですが……ど、どうでしょうか……!」
するとクレスはその場で上着を脱ぎ、フィオナとレナがちょっと驚いている横で早速セーターに腕を通した。その赤の暖色は少々派手ではあるが、この寒い季節にも、クレスの金髪にもよく合っていた。
「ふーん。けっこう似合ってるかも。よかったね、クレス」
「あ、ああ。ぴったりだ……。ありがとう、フィオナさん……」
「どういたしまして。よかったぁ、お似合いですよ♪」
三人とも、それぞれに笑みがこぼれる。
それからレナはすっかり気に入ったらしい帽子とマフラーを着けたまま、「ちゃんとデートしてきなよっ」と言い残して駆けていった。
レナを見送った二人は、振っていた手を下ろす。
「クレスさん」
「……約束、していたんだったね」
フィオナはニコッと微笑み、手を差し出す。
「デート、してくれますか?」
その優しいささやきに、クレスは手を取って答えた。
「“俺”でいいのなら」
こうして二人もまた、聖都の街へと向かうことにした。
――しかし、女性の身支度にはどうしても時間が必要である。それを待つのが男の役目だ。
「ご、ごめんなさいクレスさん! もう少しだけ待っていてもらえますかっ? お気に入りの髪留めが……あっ、そうだレナちゃんと一緒に遊んでいて」
家の中をパタパタと歩き回って何やら探し物をしていたフィオナ。ようやく思い出したらしく、目的の物を見つけてクレスにはにかむと、鏡の前で髪のセットを始めた。クレスはただでさえフィオナのことを美しい女性だと思っていたが、髪を整え、化粧をし、着飾ることでさらに綺麗になっていく彼女を見て驚き、感嘆としていた。
そんなクレスの視線に気付いたフィオナはまた笑い出す。一緒に暮らし始めたとき、同じようなことがあったからだ。
「ごめんなさい。すぐ済ませますね」
「ん、いや構わないよ。気にせずゆっくりとしてほしい」
「ありがとうございます♪」
そんな彼女に習い、自分ももっと何かした方がいいでのはないと辺りを探るクレス。
そのとき、ある物に気付いた。
「……そういえば、ずっと気になっていたが……」
部屋の片隅。ベッドサイドに置かれていたもの。
――クレスとフィオナの砕けた指輪。美しい宝石の耳飾り。
さらにもう一つ。その近くに、綺麗に折りたたまれた一枚の衣服があった。
「俺の物ではない、と思うが……」
手に取ってみるクレス。
清潔に洗われてはいるようだが、一部に落としきれなかったような汚れが残っている。おそらく子供用で、フィオナの物でもないだろう。彼女に着られるはずがない。クレスは服のサイズを見て冷静に判断した。
ならばレナの服なのか、と思い――
「だが、なぜこの服だけここに大事そうに置かれ…………ん?」
クレスは、服の汚れが“内側”にあることに気付いた。
手を入れ、裏返してみる。
「…………!」
クレスは大きく目を開いた。
――“フィオナお姉さんを守れ”
◇◆◇◆◇◆◇
聖都は大変に賑わっていた。
雪国エルンストンのように煌びやかに装飾されたメインの大通りは美しく、たくさんの人で溢れ、あちこちでイベント事が行われていた。かつてのフェスタのように出店も多く見かけられる。家族も、恋人同士も、独り身も、子供たちも、皆、暖かい格好をして思い思いに祝日を楽しんでいるようだ。もちろん、静かに家で過ごす人々も多い。聖都には毎年いくつかの祭りがあるが、その中でも最も美しい催しといえるだろう。
「クレスさん、何か食べたい物や気になるところがあれば言ってくださいね」
「ああ、わかった。君も遠慮なく言ってほしい」
「はい♪」
クレスとフィオナもまた、そんな人々の中に混じって雰囲気を楽しむ。クレスはフィオナからのプレゼントであるセーターではなくいつもの普段着姿になっていたが、それはせっかくのプレゼントを汚したくないという思いからであり、そんな配慮をフィオナは可愛らしく思ったものだった。
出会った頃に戻ったような、どこかぎこちなく、拙いデート。
フィオナはずっと笑顔を絶やさなかった。だからクレスも楽しむことが出来ていた。
途中からヴァーンやエステル、セリーヌ、リズリット、遊びに出ていたレナたちとも一時合流し、騒がしさがぐっと増す。実は、クレスを楽しませるためにフィオナがヴァーンたちと約束をしてくれていたのだった。
それからは皆で街を回り、あちこちで楽しい思い出を作る。
特別ゲストのルルロッテをメインとしたヴェインスの歌劇。
聖歌隊による合唱やミニコンサート。
力自慢による腕相撲バトルや大食い大会。
子供に人気のスライム釣り、バルーンアート、気球体験。
さらにはシャーレ教会(というかソフィア)主催による年忘れモノマネ大会まで、たくさんのイベントを楽しむことが出来た。
記憶を失っているクレスにとっては、このように聖都の祭りに参加することは初めてだった。
初めは戸惑うことも多かったが、次第に光祭の空気に馴染み、時には童心に帰っていくクレス。
そんなクレスの姿を、フィオナは隣でずっと優しく見守っていた。
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