♯378 星々の輝きあらんことを
少しして、ケーキを綺麗に包み終えたフィオナが店を出る。森の中は眩しい朝陽が差し込み、涼やかな風が流れる。
「お待たせしました。お約束のケーキになります。それから、こちらはおまけに『パフィ・ププラン』も。良かったら皆さんで召し上がってください。お試しの新フレーバーもありますよ」
「お待たせされたわ。当然のサービスだな、ふん」
メルティルが素っ気なくケーキの箱を取り、エリシアが「うちの子がワガママでごめんねぇ」と苦笑。
「いえいえ。こちらこそケーキの完成がギリギリになってしまってすみません。あ、今日はリィリィさんは……」
「うん、あの子はお屋敷でパーティーの準備中。せめてケーキ以外はって他の料理を頑張ってくれててさぁ。あ、そうだメル。フィオナちゃんたちも招待しちゃおっか?」
「なぁぜ妾がコイツらを招待して真っ赤なパーティー帽子をつけテーブルを囲み仲良くケーキを食べ合って馬鹿みたいにキャッキャせねばならんのだ阿呆か! くだらん話をしてないでさっさと帰るぞポンポコナス!」
「んもー素直じゃないなぁ。けどそういうとこも好きだよメル♥」
「こっちは嫌いじゃボケが! 近寄るな!!」
「ねぇねぇメル今夜は一緒にお風呂入ろうよ。ボクが全身綺麗にしてあげる。その後はぁ……キャッ♥ 祝祭の夜長は二人きりのラブラブタイムね♪」
「んがああああ話を聞けえええええええええええええ!!!!」
抱きつこうとするエリシアを手で押し返して抵抗するメルティル。レナが「なかいいね」と口を挟むとすごい勢いでメルティルに睨まれた。
「もうこんな場所に用はない! 妾は帰る! まずかったら
メルティルが空を裂き、ケーキを持ったまま闇の切れ目に足を踏み入れてさっさと帰ってしまった。エリシアが愉快そうに笑って言う。
「『光祭を楽しんでね』ってさ。それじゃあボクもそろそろ……ってああ! そうそう伝言があるんだった」
「エリシアさん? 伝言、ですか?」
一体誰からのものか。フィオナが首を傾げる。
するとエリシアがにこやかに答えた。
「うん、ラビちゃんから」
「え……ニ、ニーナさんからですか?」
予想外の人物の名前に、クレスたちは揃って驚く。その反応にエリシアが軽く笑ってから、店外カフェスペースの椅子を借りて腰掛け、フィオナたちも一緒に座る。
「本当は直接伝えたかったみたいなんだけど。実はね、ラビちゃん最近ちょっと無理しちゃってさ、今お屋敷でリィリィが看てあげてるの」
「え? ニーナさん、また何かあったんですか?」
「たいしたことじゃないんだけどねぇ。結界魔術を利用して未来の世界を覗きに行こうとしたみたいなんだけど、失敗して魔力スッカラカンなグロッキー状態になっちゃったの」
「ええっ!? た、たいしたことですよ~!」
思わぬ話に驚きを隠せないフィオナ。
魔力は魔術師にとって体力以上に重要とも言えるエネルギーでもあり、すべて消費尽くしてしまえばしばらく動くこともままならない状態に陥る。下手をすれば命を落とすこともあった。そして実生活において通常そこまで消費するようなことはありえない。そもそもニーナは人よりもずっと多くの魔力を持つ魔族なのだから。
「宿運の加護も弱まってるし、さすがに今のラビちゃんにはまだ過去や未来に時間を繋げるなんて厳しいよって言っておいたんだけどね。どうしてもチャレンジしたかったみたい。まー単純に魔力や経験が足りなかったのもあるんだけど」
「そ、そうなんですかぁ……でも、ニーナさんはどうして未来へ? それに、伝言っていうのは……」
「それなんだけどね。実はあの子、未来のクレスくんに会いに行きたかったんだって」
『!!』
先ほどから驚いてばかりで、三人は声も出せずに固まった。
エリシアは目をつむって軽く咳払いをしてから、声色を変えて話す。
「『未来のクレスに会えば記憶を取り戻してるかどうかもわかるし、その方法もわかるじゃーん!』ってね。失敗してそれは叶わなかったんだけど、でも、ちゃんと未来にクレスくんがいることだけはわかったって言ってたよ」
「未来に……」
「俺、が……」
フィオナとクレスのつぶやき。レナが二人の顔を見上げる。
エリシアは再び声の調子を整えた。
「こほんっ、それでは肝心の内容を伝えます。
『いつの未来かはわかんないけどぉ、ちゃんとクレスはいたよ。だからだいじょーぶ! そもそも未来のあたしがわざわざああいうことしたんだから、ラッキーな未来に繋がってるはずなの! これはもう決定事項! だから記憶なんて取り戻せなくても気にしなくてよーし! ホントはそっちに行ってラブラブイチャイチャなハッピーナイトの光祭にするつもりだったのにゴメンねクレス~~~いつでもカノジョとしてヨリ戻せるように早く元気になるね♥ 古い恋なんて忘れて新しい恋楽しもう! チュッチュ♥』
――だって。最後のは投げキッス。ちなみにこの後気絶しました」
「ニ、ニーナさん……」
「そ、そうか……」
「お姉さん、声のモノマネじょうず」
「ありがと~ボクもなかなかでしょ♪」
声だけでなく仕草までぶりっ娘のような真似をするエリシア。器用な彼女にレナはちょっと引いた。
それからエリシアは席から立ち上がり、軽く服を払う。
「さてさて、それじゃあメルが怒る前にボクも戻るね。ほんと急だったのに対応してくれてありがとっ。クレスくん、フィオナちゃん、それにレナちゃんも。“星々の輝きあらんことを”。素敵な夜を過ごしてね♪」
聖職女のように手を組み、最後はひらひらと振って、エリシアは長い三つ編みを揺らしながら闇の切れ目に飛び込んだ。彼女が入った後はすぐに切れ目は閉じ、元の空間に戻る。
レナが目をごしごしと拭った。
「ふぁ……レナ、まだちょっとねむいからおひるくらいまでやすむ。ベッドいい?」
「うん、もちろん。ケーキ作り、ずっと手伝ってくれてありがとうね。お昼になったら起こすから、一緒にごはん食べようね♪」
「ん」
あくびと共に家へ入っていくレナ。昼過ぎにはドロシーたち同級生のパーティーに向かう彼女がここまで手伝ってくれたことにフィオナは感謝し、同時に頼もしく成長しているのだと実感していた。
「クレスさん、わたしたちも少し休み――」
フィオナが振り返ると、クレスはまだメルティルやエリシアがいなくなった場所に立ち尽くしていた。
「……クレスさん? どうかしましたか?」
近づくフィオナ。
クレスはきゅっと軽く拳を握りしめる。
「……なんだか驚いてばかりだ。俺のために多くの人が、ひいては魔族まで、本当にたくさんの者が動いてくれていたんだな」
「……そうですね。とてもたくさんの人に助けられてきました」
「ああ」
クレスは、どこか遠くの方を見つめながらつぶやく。
「なのに……未だに俺は何も思い出せないでいる。それが、もどかしいな」
そんなクレスの方に近づき、フィオナは、彼の背中に身を寄せた。
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