♯377 光の祝祭日
◇◆◇◆◇◆◇
数々の反復体験を重ねるうちに、あっという間にその日が訪れた。
――『
始まりの聖女が生まれた清く尊い祝福の日。それを知らせるため、朝から聖城の方で魔術師たちによる光の花火が打ち上がっていた。
そんなおめでたい日の朝に、それは完成する。
「クレスさん、レナちゃん、お疲れ様でした。特製の『ルチア・ドルチェ』、完成です!」
フィオナの声で、クレスとレナが「おお~」と手を叩く。
「これが俺たちで作ったケーキか……」
「前よりかわいいね。おいしそう」
クレスたちの森の家。そこに併設された店舗の調理場で、昨晩からの苦労の末にようやく完成したケーキ。二人がテーブルの近くまで顔を近づけ、聖樹のカタチをした美しい『ルチア・ドルチェ』を凝視する。フィオナがおかしそうにくすっと笑いをもらした。
「以前の試作品よりもクリームやスポンジを滑らかに、口当たりを良くして、チョコレートやフルーツのデコレーション、色映えなどにもこだわりました。メルティルさんは甘い物が好きなようなので、フルーツは普段より甘めの蜜漬けで。三人で作った自信作ですから、これならきっとメルティルさんも満足してくれると思います」
「うーむ……確かに手応えはあるが、いまだにこれを魔王に贈るというのが不思議な気分だ……」
「魔王だとおもうからじゃないの? あのひと、めんどうくさいただのケーキ好きなおきゃくさんだよ。それよりフィオナママ、味見していい?」
「ふふ、こっちのをちょっとだけだよ。うちの分は、明日一緒に食べようね♪」
「うん。じゃあ一口…………――っ!」
「美味しい?」
「明日ドロシーたちにじまんする」
余ったケーキを一切れ食べたレナがうなずきながらそうつぶやいて、皿に残ったクリームまで綺麗に指で掬いとった。その愛らしさにフィオナは思わず抱きついてしまい、レナはため息ながらにされるがままである。
そんなレナの隣で少し難しい顔をしているクレスに、フィオナが話しかける。
「クレスさん? どうかしましたか? あっ、何かケーキに問題が――」
「ん、ああいやそんなことは。ただ……本当は今日、このケーキをたくさんの人が食べてくれるはずだったと思うと、複雑な気持ちになってしまって」
本来は、この『ルチア・ドルチェ』と『パフィ・ププラン』の看板メニューで『光祭』に間に合うように店をオープンする予定だった。しかし事情が事情であるし、今の状況で多くの量を用意することは不可能だ。予約したいと楽しみにしていた客らの願いにも応えることは出来ず、その事実にクレスは申し訳なさを感じているようだ。
だからフィオナは優しく話す。
「大丈夫ですよ、クレスさん。元々わたしの急な考えだったんです。それに、『光祭』は来年もありますから。気にしないでくださいね」
「フィオナさん……」
「ふふ。さぁ、早速出来上がったケーキを包んでお届けの準備をしましょう。メルティルさん、ひょっとしたらお腹を空かせて怒っているかもしれませんよ。くだらない話をしている暇があったら、さっさと持ってこーいって」
「よく妾の気持ちが解っているな魔性のフィオナ」
『!?』
突然の返答にびっくりして振り返る三人。
店舗の入り口。いつの間にか開いていた扉の前で小柄な元魔王――メルティルがひどいしかめっ面をしていた。
「メ、メルティルさんっ!? え? ど、どうしてっ」
「客が店に来るのがそんなにおかしいか」
「いえそんなっ。け、けれどまだ早朝ですし、あの、昼過ぎにお届けするために、リィリィさんかエリシアさんがお迎えにきてくれるというお話だったので……」
「妾には嫌いなことがある」
「え?」
「“待つ”ことだ。解ったらさっさとモノを用意しろ乳オバケ!」
それだけ言って、メルティルが少し乱暴に扉を閉める。ドアベルがリンリンと大きく揺れて鳴った。「ワガママすぎじゃない?」とレナが独りつぶやく。
直後、再びドアベルが鳴った。
「うちのメルが急にごめーん! 待ってって言ってるのに朝から聞かなくってさぁ。ああ慌てなくっていいからね! なんならまた後で取りにくるから!」
「こ、今度はエリシアさんっ? あ、いえ大丈夫ですよっ! 少しラッピングするのを待っていてもらえれば」
「ほんとー? よかったありがと! じゃあ外で待ってるね!」
手を合わせながら入ってきたの三つ編みの女性はパチンッと綺麗なウィンクをしてまた店を出て行く。扉の向こうから「もーメル! めっ!」「ふんっ」みたいなやりとりがかすかにだけ聞こえてきた。
クレスとレナが顔を見合わせて呆然とし、フィオナが口元に手を当てて笑った。
「予定よりだいぶ早くなってしまいましたけれど、気持ちを込めて準備しましょう。光祭は、どんな人にとっても素敵な日になってほしいですから♪」
フィオナの声に二人も応え、すぐにケーキを包んでいくのだった。
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